無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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番外篇

クラスメイトside 後編 非情な現実

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◇神聖国家イ・サント陣営、第二師団臨設テント◇

「チッ…」

爪を噛みながら盛大な舌打ちを響かせる美少女が一人、禍々しいオーラを放ちながら鎮座していた。

「相変わらずイラついてるな。そんなに無能くんに会いたいのか?」

そんな彼女――九重ここのえしずく――を茶化すように話しかけたのは話題に出た無能ことシノアを特に嫌っていた黒瀬くろせ海翔かいとだった。

「はぁ?なにを言っているの。私はただストレスのはけ口が―」
「それ何回目だよ。いい加減認めろよなー」

嫌らしい笑みを浮かべながら九重をいじる黒瀬だったが、だんだんと濃くなっていく九重の負のオーラと射貫くような視線を受け思わず口をつぐむ。

(こいつの言うとおりね。このままだと周りにシノア君への想いがバレてしまうわ。二度と会えないわけじゃないんだし、落ち着かなくちゃ。まったく…ほんと盗撮しといた写真を持ち歩いていてよかった。一週間顔も見れないとかだったら発狂してたわ)

そんなストーカーじみたことを考えながら気を落ち着かせる九重。
一週間前にメリギトスにシノアの居場所を尋ねた九重だったが、メリギトスから彼は戦う力もないし治癒の心得もなかったため、元の世界へ帰した・・・・・・・・といわれたのだ。

戦争が終わればメリギトスから元の世界へ帰すといわれているとはいえ、シノアがいない世界になど一秒たりともいたくないと考えていた九重だった。今すぐにでもこの戦争を終わらせたいと思っており、さっさと開戦しろと思っていた。

「雫、黒瀬、ここにいたのか。戦が始まるから集まれだってよ」

非常に険悪な雰囲気を打開する声を発したのはテントからやってきた榊原さかきばら天馬てんまだった。

開戦の合図に魔法を相手陣営に向けて放つことをメリギトスが考案したため、魔法を高いレベルで習得した雫はもちろん、召喚者組の中では並みでも、一般軍人とはかけ離れた実力を持った黒瀬も開始の合図に選ばれた。急いで準備し、集合場所へと向かう一行。

「すみません、お待たせしました」

集合場所にはすでに、別名魔術師団と呼ばれる神聖騎士団ディヴァインナイツ第二師団から選ばれた精鋭たちと朱雀すざく政宗まさむね水無瀬みなせ奈々ななが整列していた。その先頭にはいつもより豪華な外套を纏い、胸のところから鎖帷子を覗かせるメリギトスが若干光を放つ錫杖を持って立っていた。

ちなみにここに今井いまい有紀ゆき田中たなかまさし佐藤さとう健一けんいちの三人は来ていない。今回の作戦は殲滅力が求められるため、治癒に秀でた今井やそもそも戦闘能力を持たない佐藤などは来ていない。田中に関しては体調が悪いため、部屋で休養中ということ・・・・・になっている・・・・・

「おぉ、榊原様に黒瀬様、それに九重様も、お待ちしておりましたぞ」

榊原たちが来たことを確認すると好々爺然とした表情を見せたメリギトスだったが、すぐに表情を改め周囲を睥睨する。団長の雰囲気の変化にその場にピリピリとした空気が流れ始める。

「では、これより作戦内容を発表する。まず我らが第二師団が開戦の合図として特大の魔法を放つ。それから第一師団が特攻する。そこに第三師団が加わり、一気に畳みかける。我らの役目は開戦の合図と前衛へ強化魔法をかけることだ。考えるべきは唯一つ。勝つ!ただ、それだけを考えて行動しろ。それでは持ち場に着け!」

メリギトスの命令にそれぞれ行動を開始する一同。
偵察兵の案内で敵陣を視認し、魔法の射程範囲まで近づく。

「よし、それでは詠唱を開始しろ」

その言葉を合図トリガーにしてそれぞれ詠唱を開始する。
榊原たち召喚者一行も得意な魔法を選び詠唱をし始める。

「“聖なる力、闇を穿つ光、全能の神よ、我に敵を蹴散らす刃を”」

「“氷神の加護、全てを氷原と化す、力を秘めた霙を、我が命に応じ、発現させよ”」

「“暗黒の闇、深淵に眠りし邪悪、封印を破りし災厄、この手に宿り、敵を葬り去れ”」

「“聖なる焔の光、神の名を冠する、超常の力、我が求めに応え、敵を焼き尽くせ”」

榊原、黒瀬、九重、朱雀がそれぞれ詠唱を終え、発動待機状態になる。それぞれ、上級の魔法を詠唱省略かつ無魔法陣で発動しようとしている。

常人ではまず不可能な芸当だ。朱雀に至っては適性のない炎属性に加え光属性を組み合わせた複合魔法を発動させようとしていた。彼の厨二に対する情熱は称賛に値する。

水無瀬は詠唱を行っていない。水無瀬は勉強のの字が出た瞬間から魔法を意識からシャットアウトした。そのため、感覚で放てる魔法しか使うことができない。感覚で中級魔法を無詠唱無魔法陣で発動できるあたりが、さすがは召喚者といったところだったが。

そして、全員の詠唱が完了したことを確認するとメリギトスが号令を発する。

「放て!」

その声を皮切りにそれぞれが魔法を放つ。そして榊原たちも―

「“聖刃神聖波ディヴァイン・ショックウェーブ”!」

「“永久凍結撃エターナル・ブリザード”」

「“堕天使の終焉エンド・オブ・ルシファー”」

「“聖焔の神罰ホーリーフレイム・ジャッジメント”!」

待機させておいた強力な魔法を発動させる。それらの魔法は休憩中だったと思われる魔人族たちに壊滅的な被害を与えた。既に半数近い数の魔人族が原型を留めずに死んでおり、大量のけが人も出ている。通常なら降伏勧告を行うのだろう。通常ならば・・・・・

「よくやったぞ!もうじき第一師団が来る!対軍用の強化魔法、軍団魔法レギオンマジックを用意せよ!」

一人たりとも逃さない、とでも言いたげな表情でメリギトスが猛々しく告げる。

「よし!俺たちも第一師団に続こう!」

榊原が召喚者一行を促す。

「おう!暴れてやるぜ」

「無茶しすぎて怪我しないでよ?」

「フッ…俺の動きについてこれるかな」

それぞれやる気のようだった。

「行くぞ!俺に続けぇぇぇ!」

「「「「うおおぉぉぉぉ!!」」」」

召喚者を引き連れ、光り輝く鎧を纏った榊原を先頭に第一師団が戦場を駆ける。

この時榊原たちは気づかなかった。

自分たちを見るメリギトスの目に憐れみが含まれていたことを。

この時榊原たちは気づこうともしなかった。

魔人族たちが殺傷能力を持った魔法を一切発動させようとしていないことに。

彼らは知らなかった。魔人族というものを。

彼らは知ろうともしなかった。
自分たちが相手取っているのは紛れもないひと・・であるということを。

自分たちは人殺し・・・であるということを。
それを認めるには彼らの精神は幼過ぎた。

この日、魔人族の国が巨大な人族国家の軍門に下った。それは300年に渡って国の安全を護り続け、人民に愛された優しき国王の尊い命と莫大な戦争賠償によって国家間に結ばれた不平等な条約の下に可決された。その条約はたった1年という短い期間で破られることになるのだが、彼らの知るところではなかった。

◇◇◇

時は遡り、戦争出発前メリギトスの部屋にて。

「つまり、田中様は戦争への参加は控えたいということですかな?」

優しげな表情でメリギトスが目の前の少年、田中たなかまさしに問い掛ける。

「はい…ゲームっぽいとはいえ人を殺すのは怖いので…」

榊原たちと違い田中は異世界で、いくらゲームのような世界観だとしても人殺しは怖いと戦争への参加を辞退した。榊原たちの世界では、とある戦争ゲームが大流行しており、それはR18仕様のかなり描写がグロテスクなものだ。

そのゲームに慣れていた榊原や黒瀬はゲームの世界に入ったようだと、逆に張り切っていた。九重は淡泊で元の世界でもシノアのためなら殺人すら容易くやってのけそうなレベルのヤンデレのため人を殺すことに躊躇いはなく、朱雀も周りに合わせるために平気なふりをしていた。だが、田中はもともとグロテスクなものが苦手でそのゲームを触ってもおらず、そもそも争いごと自体苦手だった。

「そうですか…まぁ、仕方ありますまい。それでは戦争が終わるまでご休憩されてはいかがですか?いい部屋がありますので案内します」

メリギトスの少し残念そうな、しかし無理強いするつもりはない言葉に胸をなでおろす田中。そしてメリギトスに案内されるままついていく。かなりの距離を歩き、大きな扉の前で止まるメリギトス。

「つきましたぞ。この中です」

メリギトスの笑顔に若干悪寒のようなものを覚えながらも扉の近くに控えていた兵士が開いた扉から中へ入る田中。中は真っ暗な空間で何も見えなかった。

「あの…真っ暗でなにも―」

バタンッ!

田中が部屋に足を踏み入れた途端、扉が閉まり辺り一面が暗闇に包まれた。

「なっ、なにをしてるんですか!あ、あけてくださいっ!!」

暗闇恐怖症を持つ田中は必死で扉をたたくが返事がない
諦めて何か光源はないか探して歩き回っていた田中だったが突如足元から光が放たれ眼が眩む。光が収まると、身体が宙に浮いており、身動きが取れなくなっていた。
目の前にはいつもの好々翁とした表情ではなく深い皺が刻み込まれた険しい表情を浮かべたメリギトスがいた。

(な、なにをするんですか?!)

声が出ないため、目で訴えかける田中。

「さしずめ状況が飲み込めず、呆けているといったところか?」

憐れむような視線を田中に浴びせながらメリギトスが吐き捨てるように言った。

「貴様のように能力はあるくせに戦争に参加する気のない無意味な木偶もいつかは使い道が来るかもしれん。故に封印を施し、必要になったら解放して使い、必要なくなったら捨てる、ただそれだけのことよ。今この場で殺されないだけありがたく思え。あの小僧のように死にたくはあるまい?」

メリギトスの言葉にシノアが元の世界に帰されたのではなく殺されていたのだと悟る田中。
段々と薄れゆく意識の中にメリギトスの言葉が響く。

「安心するといい。すぐにお前の仲間も同じことになる。戦争が終わり次第残りの木偶共も封印して――」

段々と聞こえなくなっていくメリギトスの声、そんな中彼は―

(くそう…死ぬ前に一度、つるぺたロリッ子をこの手に抱いてみたかったぜ…)

…シリアスな場面にも関わらず締まらない田中であった。

◇◇◇

時は進み、戦争終結後メリギトスの部屋にて。

「いやー皆様、お疲れさまでした。皆様の活躍のおかげで無事に戦争を終わらせることができました」
「いえ、俺たちも貴重な体験ができました」
「すげー楽しかったっす」

若干興奮気味の榊原と黒瀬がメリギトスの感謝の言葉にこたえる。

「ええ、二人の言うとおり貴重な体験でした。それでいつ元の世界に戻れるんでしょうか?」

榊原と黒瀬の言葉に食い気味に同調すると同時に、メリギトスに質問したのは九重だ。
シノアに一秒でも早く会いたいため、かなり焦っている。

「えーもう帰るのかよ。結構楽しいし、もっといようぜ?」
「馬鹿ね。もう何週間ここにいたと思ってるの?親が心配してるわよ」

黒瀬をもっともらしい理由をつけ、説得する九重。かなり必死だ。

「そうですな。今すぐにでも可能ですぞ」

メリギトスの言葉に思わず喜色を浮かべる九重。

「ぜひ、お願いします」
「皆様はよろしいですかな?」
「雫がそういうなら俺は構わないよ」
「ちぇ~。まぁしゃーねぇか」
「フッ…天の定めに俺は従うまで」
「海翔がいいならそれでおけまる~」

それぞれリーダーである榊原が下した決定に異論はないようだ。

「それではご案内いたします」

さっさと歩き始めるメリギトス。その背を追うようにして九重を先頭についていった。
かなりの距離を歩いたと思われるころ、巨大な扉を目の前にしてメリギトスが止まる。

「さぁ、着きましたぞ。この中に返還用の魔法陣がありますので、どうぞ」

兵士に扉を開けさせながら榊原たちを中へと促すメリギトス。そして―

「なんかここ真っ暗なんですが…」
「つかなんも見えねぇ」
「あの魔法陣ってどこにあるんですか?」

榊原たちが中に足を踏み入れたことを確認すると魔法を使い一瞬で扉を閉めた。

「ちょ!なにして―」
「おいこら!なに閉めてんの?!」
「ちょっと開けてください!」

そして部屋の隙間から眩い光が漏れ始め、境原たちの叫びがだんだんと小さくなっていった。

「メリギトス様、終わられましたか」
「うむ、ちょうどな。まったく煩わしいガキどもだったわい。そちらのほうはどうだ?」
「はっ、今井有紀のほうはすでに封印済みです。佐藤健一のほうは部屋で眠っております」
「そうか。佐藤健一はスキルはレアだからな。必ず封印しろ。まったく…他人のスキルを奪えれば無駄に骨を折ることもなかったものを…」
「ははっ、それこそ夢物語ですよ。そんな力があれば今頃そいつは神にでもなっているでしょう」
「それもそうじゃな。まったく、歳をとるとないものねだりばかリしてしまう。歳は取りたくないものよ」

こうしてシノアを除く、榊原たち召喚者一行は永い眠りにつくこととなった。いつ目覚める事ができるのかもわからぬまま、クリスタル状の不思議な物体の中で元の世界の夢を見ながら…
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