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第二章 女官考試
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「雨雨飯店、雨雨飯店――あった、ここね」
明琳は目の前の赤い看板のお店を見上げた。
雨雨飯店は、一階が酒場兼食堂、二階が経営者夫婦の住居となっている小さなお店だ。
戸を開けると、香辛料の美味しそうな匂いがふわりと漂ってきた。
「すみません、そこの食堂で教えてもらったんですけど、空いてる部屋はありますか?」
受付のおばちゃんに声をかけるとおばちゃんは心配そうな顔で明琳を見つめた。
「あると言えばけど、お嬢ちゃんみたいな若い子が一人でかい?」
「はい。私、女官考試を受ける予定なんです」
明琳が言うと、おじさんとおばさんは驚いたように目を丸くした。
「そう、それは凄いわね!」
「女官だなんて大したもんだ。頑張っておくれ」
「ありがとうございます」
明琳勢いよく頭を下げた。
どうやらここの経営者夫婦はいい人たちのようだ。
「空き部屋はこっちだよ」
明琳の荷物を一つ持ってくれるおばさん。
「すみません、ありがとうございます」
と、荷物を二階に運びかけて気づく。
あ、そうだ。
「あの、実は染め粉を使いたいんですが、浴室を使っても良いですか?」
恐る恐る尋ねると、おばさんはにっこりと微笑んだ。
「ええ、もちろん。でもまたどうして? 綺麗な髪なのに」
「え、ええと、黒髪のほうがきちんとしていて真面目に見えるかなって。ほら、面接とかもありますし」
明琳がしどろもどろになりながら答えると、おばさんは納得したように頷いた。
「まあ、確かに今の髪は派手だしね。よし分かったわ。染めむらがないように手伝ってあげるよ」
「ありがとうございます!」
二階に荷物を置くと、明琳はさっそくおばさんと一緒に染め粉で髪を染めてみることにした。
おばさんが染め粉を慣れた手つきで手に取る。
「動くんじゃないよ」
染め粉を水で練り、髪に満遍なく広げていくおばさん。
「おばさん、上手ですね」
「ええ、娘が髪をよく染めていてね、手伝ったことがあるから」
「そうなんですね」
「さ、できた。しばらくすると髪色が落ちることもあるから、定期的に染めるんだよ」
「はい」
どうやら一回染めたらそのままなのではなく、定期的に染め直さなくてはいけないらしい。
これは思っていたより面倒かもしれない。
「物によっては水に濡れただけで髪色が落ちることもあるから気をつけるんだよ」
「えっ、そんなこともあるんですか?」
びっくりして明琳が尋ねると、おばさんはうなずいた。
「ああ。明琳ちゃんみたいに赤から黒ならそんなことはないだろうけど、暗い色から明るい色に染めるのは難しいから、材料によってはそうなるね」
「そうなんですか」
明琳は染め上がった自分の髪を見た。
黒と言うよりは赤茶色に近い。これは失敗かもしれない。
「あらま。意外と明るい色になってしまったわね。もう一度染めるかい?」
おばさんが明琳の髪を梳かしながら言う。
「いえ、これでいいです」
明琳は自分の髪をちょいとつまんだ。
黒ではないけれど染め上がった髪は自然な茶色で、元の色の真っ赤よりは目立たないし、少しましかもしれない。
明琳は夫婦から貸してもらった部屋女官女孝試に向けての勉強をし、来たる日に備えることにした。
***
その夜、明琳が勉強をしていると、部屋の戸が軽やかに鳴らされる。
コンコンコン。
「はい?」
明琳が戸を開けると、立っていたのは飯店のおばさんだった。
「勉強は進んでるかい? これ、お夜食だよ」
美味しそうな水餃子を差し入れてくれるおばさん。
「ありがとうございます、わざわざすみません」
「いえいえ、なんだか明琳ちゃんは我が子のように応援したくなるからね」
そう言って餃子だけでなく、毛布も用意してくれるおばさん。
ここのおじさんもおばさんもとてもいい人だ。
だけれど良い人と出会うたびに、大切な人が増えるたびに、明琳は胸が締め付けられるような気持になった。
明琳が炎巫になれなければ、国が傾き、この人たちにも災難が降りかかるかもしれない。
明琳が暗い顔でため息をついていると、叔母さんが明琳の肩をそっと撫でた。
「あんまり根を詰めちゃいけないよ。そうだ。たまには息抜きに外に出るといい。近くに文仙廟があるから散歩してくるといいよ」
「ありがとうございます。そうします」
明琳はおばさんにお礼を言いつつ考えた。
そういえば、もうすぐ一度目の生で皇后が文仙廟で大蛇に襲われた日だ。
もしかしたらその日に文仙廟に行けば皇后を救えるかもしれない。
明琳は文仙廟に行き、自らの手で皇后を助けようと決意した。
明琳は目の前の赤い看板のお店を見上げた。
雨雨飯店は、一階が酒場兼食堂、二階が経営者夫婦の住居となっている小さなお店だ。
戸を開けると、香辛料の美味しそうな匂いがふわりと漂ってきた。
「すみません、そこの食堂で教えてもらったんですけど、空いてる部屋はありますか?」
受付のおばちゃんに声をかけるとおばちゃんは心配そうな顔で明琳を見つめた。
「あると言えばけど、お嬢ちゃんみたいな若い子が一人でかい?」
「はい。私、女官考試を受ける予定なんです」
明琳が言うと、おじさんとおばさんは驚いたように目を丸くした。
「そう、それは凄いわね!」
「女官だなんて大したもんだ。頑張っておくれ」
「ありがとうございます」
明琳勢いよく頭を下げた。
どうやらここの経営者夫婦はいい人たちのようだ。
「空き部屋はこっちだよ」
明琳の荷物を一つ持ってくれるおばさん。
「すみません、ありがとうございます」
と、荷物を二階に運びかけて気づく。
あ、そうだ。
「あの、実は染め粉を使いたいんですが、浴室を使っても良いですか?」
恐る恐る尋ねると、おばさんはにっこりと微笑んだ。
「ええ、もちろん。でもまたどうして? 綺麗な髪なのに」
「え、ええと、黒髪のほうがきちんとしていて真面目に見えるかなって。ほら、面接とかもありますし」
明琳がしどろもどろになりながら答えると、おばさんは納得したように頷いた。
「まあ、確かに今の髪は派手だしね。よし分かったわ。染めむらがないように手伝ってあげるよ」
「ありがとうございます!」
二階に荷物を置くと、明琳はさっそくおばさんと一緒に染め粉で髪を染めてみることにした。
おばさんが染め粉を慣れた手つきで手に取る。
「動くんじゃないよ」
染め粉を水で練り、髪に満遍なく広げていくおばさん。
「おばさん、上手ですね」
「ええ、娘が髪をよく染めていてね、手伝ったことがあるから」
「そうなんですね」
「さ、できた。しばらくすると髪色が落ちることもあるから、定期的に染めるんだよ」
「はい」
どうやら一回染めたらそのままなのではなく、定期的に染め直さなくてはいけないらしい。
これは思っていたより面倒かもしれない。
「物によっては水に濡れただけで髪色が落ちることもあるから気をつけるんだよ」
「えっ、そんなこともあるんですか?」
びっくりして明琳が尋ねると、おばさんはうなずいた。
「ああ。明琳ちゃんみたいに赤から黒ならそんなことはないだろうけど、暗い色から明るい色に染めるのは難しいから、材料によってはそうなるね」
「そうなんですか」
明琳は染め上がった自分の髪を見た。
黒と言うよりは赤茶色に近い。これは失敗かもしれない。
「あらま。意外と明るい色になってしまったわね。もう一度染めるかい?」
おばさんが明琳の髪を梳かしながら言う。
「いえ、これでいいです」
明琳は自分の髪をちょいとつまんだ。
黒ではないけれど染め上がった髪は自然な茶色で、元の色の真っ赤よりは目立たないし、少しましかもしれない。
明琳は夫婦から貸してもらった部屋女官女孝試に向けての勉強をし、来たる日に備えることにした。
***
その夜、明琳が勉強をしていると、部屋の戸が軽やかに鳴らされる。
コンコンコン。
「はい?」
明琳が戸を開けると、立っていたのは飯店のおばさんだった。
「勉強は進んでるかい? これ、お夜食だよ」
美味しそうな水餃子を差し入れてくれるおばさん。
「ありがとうございます、わざわざすみません」
「いえいえ、なんだか明琳ちゃんは我が子のように応援したくなるからね」
そう言って餃子だけでなく、毛布も用意してくれるおばさん。
ここのおじさんもおばさんもとてもいい人だ。
だけれど良い人と出会うたびに、大切な人が増えるたびに、明琳は胸が締め付けられるような気持になった。
明琳が炎巫になれなければ、国が傾き、この人たちにも災難が降りかかるかもしれない。
明琳が暗い顔でため息をついていると、叔母さんが明琳の肩をそっと撫でた。
「あんまり根を詰めちゃいけないよ。そうだ。たまには息抜きに外に出るといい。近くに文仙廟があるから散歩してくるといいよ」
「ありがとうございます。そうします」
明琳はおばさんにお礼を言いつつ考えた。
そういえば、もうすぐ一度目の生で皇后が文仙廟で大蛇に襲われた日だ。
もしかしたらその日に文仙廟に行けば皇后を救えるかもしれない。
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