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4.お姉様と水の都セシル
90.お姉様と男だらけの海賊団
しおりを挟む翌日、グレイスは神妙な顔で部下達を見回した。
「作戦は今日の午前十時からだ。この時間に、この海域を通る商船がある。そこを襲う、分かったな!?」
「おうよ!!!」
船員たちが勇ましく拳を突き上げる。
俺はその様子を真似しながらも、こっそりとため息をついた。
今日はいよいよ商船を襲う日か。何だかやる気が出ねーぜ。
「錨を上げろーー!!」
グレイスの号令で船は出発する。
俺は一気に巻き上げ機が回って仕舞わないように手加減しながらバーを押した。
「錨をあげろーヨーホーホー」
「面舵いっぱい」
「マストを上げろー」
女たちの歌声が響く。
「おっ、お姉様上手くなってきましたね!」
アンも上機嫌だ。
「なあ、今日の襲撃だけどさ」
「ああ、あたいも心配です。何せあの辺の海域はロレンツ海賊団と縄張りが被ってますし」
いや、そういう事じゃねーんだが。
「お姉様……」
モアが心配そうな顔で俺を見つめる。
俺はモアの頭を撫でた。
「大丈夫だ、心配いらない」
とはいえ、俺にも何も策はねーんだが。
俺がどう戦闘を回避しようか考えている間に時刻はもうすぐ十時になろうとしている。
すると、船の中で誰かが鐘を鳴らし始めた。
「商船か?」
「いや、敵襲です!」
アンが武器を持って奥から現れる。
「お姉様たちも準備をして下さい!」
「敵?」
「お姉様~」
モアが俺にしがみついてくる。全く、可愛いんだから。
「おーよしよし、俺の側から離れんなよ」
俺は船の外を見た。
途端、大きな音がして柱のような水しぶきが上がる。ぐらり、揺らぐ船内。
「クソッ、大砲か!?」
目を凝らすと、遠くに黒いドクロの旗をはためかせる大きな船が見えた。
「ロレンツ海賊団だー! みんな、戦闘準備!」
「おおっ!」
武器を構える船員たち。
「面舵いっぱーーい!!」
「わああああ」
大きく旋回する船。
「振り落とされんなよォ!」
グレイスの声が響く。
「急に方向転換したね。大砲撃たれたし、逃げるのかな?」
モアがキョトンとした顔をする。
「いや、違う」
大砲が立て続けに発射され水しぶきが上がるその中を、海賊船は真っ直ぐにロレンツ海賊船目掛けて走っていく。
「戦う気だ」
やがて、グレイス海賊団はぴったりとロレンツ海賊船に横付けした。
「ロレンツを出せ!」
グレイスが怒鳴る。
相変わらず迫力のある琥珀の瞳。
こえ~~!
すると髑髏のついた海賊帽を被り、長い赤毛を後ろで編み込んだ無精髭の男が前に進み出る。
「フン、相変わらず威勢だけはいいなァ、グレイス」
なるほど、こいつがロレンツか。思ったより若いな。
……って!
俺はロレンツよりもその横にいた人物に釘付けになる。
「ねぇ、お姉様」
モアが俺の腕を引っ張る。モアの言わんとしていることは分かった。
「ああ」
白いシャツに黒いズボンというシンプルな格好だけど、すぐに分かった。
銀色の髪に青い目。ベルくんとかいうあの男の娘だ。どうやらロレンツ海賊団に潜入しているというのは本当らしい。
アンの話によると、女装がバレ、捕まったベルくんは逆にスパイとしてロレンツ海賊団に送り込まれ、アンと情報のやり取りをしているのだという。
でもロレンツ海賊団でも盗まれたとされるその宝は見つかっておらず、途方に暮れていた所に俺たちがやってきた。ってことで良いんだよな?
俺たちにどうにかしてそのお宝を見つける手伝いをして欲しいのだとアンは言ったのだが、どうしたものか。
「ふざけるな!」
グレイスが吠える。
「ここはあたし達の縄張りだ! 勝手に入ってきて随分な言いようじゃないか」
ロレンツはふん、と鼻で笑う。
「ここは元々俺たちの縄張りやった。それをお前らが勝手に分裂して奪い取っていったんやろ?」
「そうだそうだ」
同意の声がロレンツ海賊団から上がる。
どうやらロレンツ海賊団とグレイス海賊団は元は同じ海賊団だったらしい。
「それにあの商船は俺たちがずっと向こうの海域から追ってきたんや。それを横取りするなんて」
「うるさーい!」
「そうだそうだ」
「屁理屈ばっか並べやがって」
女海賊の怒号がこだまする。
「五月蝿いのはてめぇらだ」
「すっこんでろ」
男海賊も応戦する。
そして口々に罵りあいが始まり、トマトやジャガイモを投げる者が現れ、ついにはナイフが飛び交うようになった。
「やったな、コノヤロウ!」
ロープを垂らし、次々に乗り込んでくる男海賊たち。
ついにロレンツ海賊団との乱闘が始まってしまった。
うーん、本意ではないが……
とりあえず、目の前のこの戦いを何とかするか!
俺はポキポキと腕を鳴らした。
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