上 下
24 / 34
5.対岸の町

23.恐怖の予防注射

しおりを挟む
 俺たちは、ヨルベの町にたどり着くと、シェードに案内され、町の中心部にある寺院にやって来ていた。

「ここがンダナ寺院か」

 白い大理石の大きな柱。
 草花や果物を彫った美しい彫刻にため息が出る。
 俺がその荘厳さに思わず圧倒されていると、シェードが促す。

「こっちです」

 シェードの後について中に入ると、そこにはズラリと獣人やイヌ科のような見た目のモンスターを連れた人間が並んでいる。

 実はこの寺院では毎年この季節に無料で予防接種を行っているのだという。

 俺たちは、鬼ヶ島に行く前に、何とかという異世界の伝染病を防ぐため予防接種を受けることにしたのだ。

 昔読んだ『世界の偉人』という本を思い出す。

 確か「向こうの世界」で初めて予防接種が誕生したのは1798年のこと。

 牛の乳絞りをしている女性は天然痘にかからないということから、天然痘によく似ているがより毒性の弱い牛痘のウイルスを使い予め免疫をつける方法が考案されたのが始まりとされている。

 しかし、さらに遡ると、紀元前1000年頃のインドではすでに、軽度の天然痘患者の膿を健康な人に移植し予め病気にかからせ免疫をつけさせるという療法もあったという話もある。

 近代的な医学のように思えて、意外と古くからある療法なのかもしれない。


「とりあえず並んでおくか」

 列の最後尾に並ぶと、そこから「予防接種」の立て看板が見えた。

「何かサブローさんビクビクしてるな」

 トゥリンが俺の足の間に隠れているサブローさんの頭を撫でた。

「注射だってことが分かるのかな」

 俺が「注射」という言葉を口に出した途端、サブローさんの体がビクリと震えた。オドオドと目が泳ぐ。

 行列は案外早く進み、予防接種を受けている様子が後から見える位置まで進んだ。

 ひょい、と身を乗り出して行列の先頭を見ると二本足で立つネコの獣人・ケットシーがすました顔で予防接種を受けていた。

「案外痛くなさそうです!」

 モモが胸をなでおろす。

「ああ。それにこの行列の進む速さからしてすぐ終わりそうだ」

「次の方どうぞ」

 予防接種をしているシスターさんが俺たちの前に並んでいるシェードに声をかける。

「は、はい」

 ぎこちない足取りで歩いていくとシェードはドスンと椅子に腰掛け腕を台に乗せた。

「シェード、緊張してるみたいだ」

 見ると、体がブルブル震え、尻尾がくるんと股の間に入っている。

「はい、少しチクリとしますよー」

 修道女が言うと、シェードは片手で目を覆い顔を逸らした。

 ぷすっ。

「キャイン!」

「はい、終わりましたよー、次の方ー」

「はい!」

 緊張した様子でモモが駆けていく。
 俺はシェードに声をかけた。

「お疲れ様」

 返事はない。放心状態になっているようだ。

「目が点になってる」

 トゥリンが俺の耳元で囁く。
 シェードみたいに頭が良くて大きなコボルトでも、やはり注射は怖いのだろうか。

 モモは必死に目をつぶり注射を受けている。

「次の方、どうぞ」

 いよいよサブローさんの番だ。呼ばれた途端、サブローさんがギクリとした顔になり、逃げようとする。

「アウ、アウ」

「サブローさん、注射しないとダメだぞ」

 俺はサブローさんをひょいと抱き上げた。

「そのままこちらにお尻を向けてください」

 一回転しシスターさんにお尻を向ける。
 ブルブル震えるサブローさん。

「アウ……アウ……」

「すぐ終わりますからねー。抑えててください

 注射を取り出す20代前半のシスター。どうやらシスターさんは獣人ではなくただの人間らしい。

 白っぽい法衣から除く艶やかなブルネットのロングヘアー。

 透き通るような肌。切れ長の目に美しい鼻筋。法衣の上からでも分かる整ったスタイル。

 まるでコリーのように優美な美人だ。

 サブローさんの体を強く抑えて動かないようにすると、大きな鳴き声が響いた。

「きゃおおおん、きゃうぅぅーきゃうううーん、ううぅーガルル」

 サブローさんには翻訳機能が発動しないので何を言ってるのかさっぱり分からないが、不満なのは分かる。

 シスターさんが太ももにチクリと注射を刺す。

「ヒン!」

 サブローさんは大げさに騒いだが、蓋を開けてみれば、一瞬で予防接種は終わった。

「はい、終わりましたよー。次の方!」

 コリー似のシスターがニッコリと笑う。

 俺はグッタリと放心状態のサブローさんを抱えてトゥリンたちの元へと戻った。


 シェードとはそこで別れ、俺たちは「使い魔、獣人同伴可」の宿に向かう。

「ペットOKのホテルやレストランがあるなんて、やっぱこの町は都会だな」

 部屋に入るとすぐに、サブローさんはベットの上で丸くなった。

 俺はサブローさんを無理矢理どかすと、ベットに倒れ込んだ。

「サブローさん、苦手な注射をして疲れたかな」

 無理矢理どかしたにも関わらずスヤスヤと寝息を立てるサブローさんを見てクスリと笑う。

 そして俺も、間もなく眠りに落ちてしまった。


◇◆◇



「おはようシバタ」
「おはようですー朝ですよー」

 朝、隣の部屋で寝ていたトゥリンとモモが部屋をノックする音で目が覚める。

「おはよう」

 寝ぼけ眼を擦りながらドアを開ける。

「この宿、朝食もついてくるみたいですよ!」

 皆で朝食をとりに宿の隣にある酒場に向かう。

 サブローさんが暴れないか不安だったが、サブローさんは昨日の疲れが残っているのか酒場の床で丸くなって寝ている。

「モモは体調何ともない?」

「へいきですよー」

 元気そうにするモモ。良かった。

 朝食のサンドイッチが運ばれてくる。

「そっか、サブローさんが何か元気無さそうだったから予防接種のせいかと思ったけど違うのか」

 実は俺も昔インフルエンザの予防接種で体調を崩したことがあるので不安だったのだ。

「サブローさんが何だって?」

 見ると、サブローさんはいつの間にか起きて、トゥリンの持ってるサンドイッチをじっと見つめながらヨダレをボタボタ落としている。

「……元気そうだな」

 俺はため息をついて味のついていないパンの端っこをサブローさんにあげた。

「そう言えばボク、予防接種の時に変なこと言われたですよ」

 モモがトマトサンドにかぶりつきながら言う。

「変なこと?」

「はい。ボクに注射してくれたシスターさんが『あなたは耳とか尻尾を切らないのね』って」

 それを聞き、俺は少し考え込んだ。

「もしかして、モモと同じ種類の獣人がこの近所に他にもいて、その人たちは耳や尻尾を切って人間に紛れて暮らしてるってことか?」

「分からないですけど、そういう風に聞こえました」

 だとしたら、今までモモと同じような獣人が見つからなかったとしてもおかしくない。

「耳や尻尾を切るのか……痛そうだな」

 トゥリンが渋い顔をする。
 確かに。でもでもドーベルマンなんかは耳や尻尾を切ったりすることもあるし、ありえない話では無いのかもしれない。

「その話、昨日のシスターさんにもっと聞けないかな」

 モモはブンブンと頭を振った。

「でもシスターさんたち注射で忙しそうですし、モモのことは魔王退治が終わってからで大丈夫ですから!」

 トゥリンが袖を引っ張る。

「シバタ、あれ」

 トゥリンが指先す方向を見ると、昨日サブローさんに注射をしてくれたコリーに似たシスターさんが朝食をとっていた。

 あの人に聞けば、何か分かるだろうか。


------------------------

◇柴田のわんわんメモ🐾


◼犬の予防接種の種類

犬を飼っている人は、犬が生後91日を過ぎたら必ず狂犬病のワクチンを接種するよう法律で定められている。その他にも混合ワクチンと言われるジステンパー、アデノウイルス、パルボウイルス、レプトスピラなどを予防する予防接種やフィラリアの予防接種を任意で受けることができる。

◼ラフ・コリー(コリー)

・鼻筋の通った細面の顔、首周りの豊かな飾り毛が特長の大型犬。穏やかで気品溢れる姿が人気。元々は牧羊犬。『名犬ラッシー』の犬として有名。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜

橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...