上 下
17 / 34
3.犬耳の奴隷少女

16.最初の刺客

しおりを挟む
 翌朝早くに、俺たちは大家さんに挨拶をし、町を出た。

「そうなのか、もうここを立つのか」

「ええ」

 名残惜しそうにした大家さんだったが、ふとその顔が険しくなる。

「もしかして、お前さんたち、誰かに追われているのか?」

「え?」

 大家さんの思わぬ言葉に思わず聞きかえすと、大家さんはポリポリと頭をかく。

「いや、昨日か一昨日だったかな、妙な奴がこの辺りを歩いていてな」

「妙な奴?」

「ああ。全身黒いローブに身を包んだ怪しげな男が『このあたりで勇者の噂を聞かなかったか』『黄金色の妙な獣を連れてるやつは居なかったか』と聞いて回ってたんだ」

「何?」

 誰かが俺たちの事を探し回ってる?

 一体誰が――

 考え込んでいると、大家さんはポンと肩を叩いた。

「俺はそんな妙な獣は見たことが無いと言っておいたが、あんたの連れてるそいつは目立つ。狙われてんなら早いうちにここを発った方がいい」

「そう……ですね。ありがとうございます」

 大家さんと別れた後、モモが心配そうに俺を見上げる。

「ご主人……」

 俺はモモの頭を撫でた。

「大丈夫だ」

 トゥリンは視線を落とす。

「もしかして、魔王の手先かもしれないな」

 ごくり、唾を飲み込む。
 エルフの村にも魔王一味に操られていたらしいドラゴンが襲ってきていたし、ありえる話だ。

「とりあえず、急ごう」

 南の大国に続く大街道ではなく、旧街道と呼ばれる寂れた山道を目指して歩く。

「こっちだ」

 落ち葉を踏みしめ、陽の当たらない暗い山道に入っていく。

 日向はまだ暖かかったが、日陰はひんやりとしていて、山道に入った途端ゾクリと寒気が襲う。

「熊よけの鈴は付けた?」

 トゥリンがカゴを振って鈴をチリンチリンと揺らす。

「でも前回付けてたけどグリズリーに会ったし、あんまり意味無いんじゃないか?」

 俺が言うと、トゥリンは頬を膨らませてむくれる。

「そんなことは無い。前回はたまたまだ。普段なら鈴を鳴らしていれば熊に出くわすことは無いはずだ!」

 力説するトゥリン。

 トゥリンの言う通り、鈴を付けたまましばらく山道を歩く。

「ギャース!」

 と、目の前に現れたのは足の生えた人間程の大きさの巨大な蛾。

「うわ、気持ち悪い」
「不味そうです!」
「わぉーん」

「チッ、モスマンか」

 トゥリンが舌打ちする。

 どうやらこの気持ち悪いのはモスマンという名前らしい。

「アイス!!」

 氷魔法を唱えるトゥリン。
 ピキピキと音を立てて凍っていくモスマン。俺はほっと息を吐いた。

「ギャース!!」

 だが往生際の悪いモスマンは、凍る直前バタバタともがきながら鱗粉《りんぷん》を出した。

「まずい、あれを吸うな!!」

 トゥリンに言われ慌てて口と鼻を覆うも、時すでに遅し、俺はわずかだが鱗粉《りんぷん》を吸い込んでしまった。

「はっくしゅん!」

 吸い込んだ瞬間に襲う猛烈なくしゃみと目のかゆみ、鼻水。ヤバい。吸い込むな と言われていたのに吸い込んでしまった。

「トゥリン、これは吸い込んだらまずいのか? 毒か? 幻覚でも見るのか?」

「いや、ただ目や鼻が物凄く痒くなってクシャミが止まらなくなるだけだ」

 しれっと言うトゥリン。それ、一番嫌なんだが。

「クソ、花粉症になったみたいだ」

「クシュッ、ブシュッ」

 見ると、サブローさんまでクシャミをしている。たらり。真っ黒な鼻から鼻水が垂れる。

「モモは平気なのか?」

「ボクは一番後ろを歩いてて少し離れてたから」

 モモは平気そうな顔でカチカチに凍りついたモスマンを見ている。

「とりあえず、先に進もう」

 トゥリンが鼻水をすすりながら促した。


◇◆◇


 気を取り直して山道を歩くこと数時間
 やがて日が高くなって来て、山道に入った時よりも気温もだいぶ上がってきた。
 
 ぐー、とモモのお腹が鳴る。

「そろそろ昼飯の時間じゃないか?」

 俺はトゥリンに尋ねた。

「ああ」

 だがトゥリンは曖昧に返事をするとキョロキョロと辺りを見回している。

 サブローさんもピタリと足を止め、耳をピクピクと左右に動かしている。

「どうした?」

「誰かいるんです?」

 モモも険しい顔をする。

 風が吹く。木の葉がざぁっと揺れた。

「フフフフフフ」

 空に怪しい声がこだまする。

「誰だ!!」

 声のした方に視線をやると、木の葉の間から、不気味な黒いローブの男が現れた。

「お前は!?」

 サブローさんも歯をむきだしにして低い唸り声を上げる。

「黒いローブ……まさか、町で私たちの事を尋ねていたというのは」

 クックック、と男が低い声を漏らす。

「そうだ。探したぞ、伝説の勇者」

 やはりそうか。

 風で不気味に揺れる黒いローブ。フードを目深に被っているため、その表情は見えない。

「勇者?」

 モモがトゥリンに尋ねる。

「シバタの事だ」

「ご主人を探してどうする気です!」

 フッ、とローブの男の口元が緩む。

「……殺す!」

「なっ!!」

 トゥリンが弓矢を構える。

「させるかぁ!」

 ヒュン!

 空を切り裂き飛んだ矢は、黒いローブの男に命中する。が――

 パサリ。

 男の身にまとっていたローブが地面に落ちるものの、男の姿はどこにもない。

「あいつ、どこにいった!?」

 モモが鼻をヒクヒクさせる。

「ここにいるさ」

 目の前に現れたのは黒い霧。

「まさかあいつ、実態が無いのか!?」

「何っ!?」

「ククククク。我が力はまだ復活途中。今日は代わりにこいつにお前らの相手をしてもらおう」

 そう言って、黒い霧は消えた。そして現れたのは――

 グルルルル……

 現れたのは、見覚えのある三ツ目の熊。
 黒い霧に操られているのか、その目は赤く充血し、涎をボタボタこぼしている。

「なんだテルティウス・グリズリーか」

 流石に見るのは三回目なので少しは冷静に身構える。

「ふふふ、よく知ってるな。鋭い爪と牙を持つこいつは『森の王者』とも呼ばれる凶暴な獣よ。いかに勇者と言えど」

「サブローさん」

 俺は黒い霧の言葉を遮り言った。

「ワン」

「サブローさん、ファイア

 俺が命令《コマンド》を出すとサブローさんは大きく息を吸い込むと、真っ赤な炎を吹いた。

「何っ!?」

 ゴオオオオオオオ!!

 竜をも焼き尽くす高温の炎がグリズリーを襲う。

「グオオオオ」

 たちまち丸焦げになるグリズリー。

 実は前にドラゴンを倒してから、ひっそりと炎《ファイア》をどうにかしてお座りシット待てステイのように命令《コマンド》化できないか訓練を続けていたのだ。

「オラッ!」

 仕上げに、俺は黒焦げになったグリズリーの第三の目にサブローさんのウ〇チシャベルを突き立てた。

 ガキッ。

 目玉ではない何かに当たる感触。
 見ると、黒い水晶玉だ。
 あの時の、ドラゴンの体に入っていたものと同じ。

「まさか」

 砕け散る黒水晶。そこから黒い霧が吹き出し空へと向かっていく。

「ふふ、少しはやるようだな。だがそいつは魔族の中でも下っ端。これからはさらに強力な魔物がお前を襲うことだろう! ふははは……ハハハハハハハ!!」

 響き渡る声。

「我が名は魔王軍四天王が一人ゾーラ。覚えておけ」

「四天王……」

 水魔法で木に燃え移った火を消していたトゥリンが声を上げる。

「つよそうですね」

 尻尾を下げしゅんとなるモモ。

「ああ」

 魔王軍四天王。一体どんな奴らなんだ?


◇◆◇


 四天王の一人に遭遇してからしばらく歩いていると、急に道が開けた。

「村だ!」

モモが飛び跳ねる。

「イクベの村ですか!?」

 ブンブンと尻尾を振るモモ。

 目の前に広がる緑色に広がる畑と、崖沿いの洞窟に穴を掘って作った家。

「ああ、たぶん」
「良かった、日が暮れる前に村に着きそうだ」

 オレンジ色の光を落とし始めた太陽。トゥリンはため息をつく。

「しかし、宿屋なんかあるのかな」

 シロツメクサが一面に生えた田舎道を歩きながら村へと向かっていると、農民風の服を着た第一村人を発見した。

「お、丁度いいところに」

 俺は村人に駆け寄った。

 が、何だか様子がおかしい。まず身長が小さい。130cmくらいだろうか。それから帽子で覆われた頭は大きいし、手足の様子も何か変だ。

「ん? まさかコボルトか?」
 
 トゥリンが顔を引きつらせる。

「コボルト?」

「あのーすみませんっ!」

 モモが声をかけると、村人はビクッと身を震わせ振り返った。

「は、はい?」

 俺は振り返った村人を見て息を飲んだ。

 ……こ、これがコボルト??

 確かに犬の顔だ。大きな丸い瞳に、毛色は薄茶色《フォーン》で黒い垂れ耳。
 そして潰れた鼻にゲンコツみたいに皺の寄った特徴的な顔。

「フガッフガッ」

 鼻を鳴らすコボルト。

「パグだ……」

 俺は思わず呟いた。
 振り返った村人の顔は、パグそっくりだった。


--------------------------

◇柴田のわんわんメモ🐾


◼パグ

鼻が低く、ギュッと真ん中に寄ったシワの多い顔に、垂れ耳が特徴。毛色はフォーン(薄茶色)かブラックが多い。チベットの僧院で飼育されていたものが交配の結果小型化し、その後中国に入り飼われるようになった。人気犬種16位。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

猫アレルギーだったアラサーが異世界転生して猫カフェやったら大繁盛でもふもふスローライフ満喫中です

真霜ナオ
ファンタジー
主人公の市村 陽は、どこにでもいるごく普通のサラリーマンだ。 部屋中が猫グッズで溢れるほどの猫好きな陽だが、重度の猫アレルギーであるために、猫に近づくことすら叶わない。 そんな陽の数少ない楽しみのひとつは、仕事帰りに公園で会う、鍵尻尾の黒猫・ヨルとの他愛もない時間だった。 ある時、いつものように仕事帰りに公園へと立ち寄った陽は、不良グループに絡まれるヨルの姿を見つける。 咄嗟にヨルを庇った陽だったが、不良たちから暴行を受けた挙句、アレルギー症状により呼吸ができなくなり意識を失ってしまう。 気がつくと、陽は見知らぬ森の中にいた。そこにはヨルの姿もあった。 懐いてくるヨルに慌てる陽は、ヨルに触れても症状が出ないことに気がつく。 ヨルと共に見知らぬ町に辿り着いた陽だが、その姿を見た住人たちは怯えながら一斉に逃げ出していった。 そこは、猫が「魔獣」として恐れられている世界だったのだ。 この物語は、猫が恐れられる世界の中で猫カフェを開店した主人公が、時に猫のために奔走しながら、猫たちと、そして人々と交流を深めていくお話です。 他サイト様にも同作品を投稿しています。

ワタシ悪役令嬢、いま無人島にいるの。……と思ったけどチート王子住んでた。

ぷり
ファンタジー
私の名前はアナスタシア。公爵令嬢でいわゆる悪役令嬢という役回りで異世界転生した。 ――その日、我が学園の卒業パーティーは、豪華客船にて行われていた。 ――ですが。  もうこの時点でお察しですよね。ええもう、沈みましたとも。  沈む直前、ここにいるヒロイン、クソ王子withその他攻略対象の皆さんに私は船上で婚約破棄イベントで断罪されていた。 その最中にタコの魔物に襲われて。これ乙女ゲームですよね? そして気がつけば見知らぬ無人島。  私はそこで一人の青年に出会うのです。 ネタバレすると10年前に行方不明になった第一王子だったんですけどね!!  ※※※  15Rですが品がない方面に舵を切ってますので、何でも許せる方向け予定です。  下品系が許せない方はご注意ください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

処理中です...