1 / 49
1.魔王様は落第寸前
1.魔王様は落第寸前らしい。
しおりを挟む
「このように、暖かい地域のコボルトと寒い地域のコボルトでは、被毛の生え方や体の大きさが異なることが分かっている。図を見てもらえれば分かるのだが――」
抑揚のない声。黒いローブに身を包んだ先生がコツコツと黒板を叩く。
「ふぁーあ」
思わず大きなあくびが出た。
ポカポカとした陽気、気怠《けだる》い昼前の空気。どうしてこんなにも座学というのは眠気を誘うのか。
「ねぇねぇ、聞いた? この学園に魔王がいるらしいっていう噂」
先生の板書をぼんやりと見つめていると、クラスの女子どもの話が耳に入ってくる。
「知ってる。十五年前に死んだのは影武者で、実は魔王は生きてたんでしょ?」
「えっ? 魔王には実は息子がいて、その子が次の魔王だって聞いたけど?」
名門魔法学園であるここアレスシア魔法学園には、最近こんな噂が頻繁に流れている。
どれも信憑性の無い噂ばかりだが、ついつい聞き耳を立ててしまう。
「仮に学園に魔王なんか居たら、無双できるんじゃない?」
「見るもの全てを魅了するっていうし、きっと凄いイケメンよ」
「羨ましい!」
都市伝説にも似た、いいかげんな噂話。だけれど注意はしなくてはならない。なぜならば――
「では次の問題を、マオ」
そんなことを考えていると、急に先生が当ててくる。
「は、はいっ」
ビクリと心臓が飛び跳ねた。
「えっと、えっと」
反射的に立ち上がり教科書をめくるも、どこまで進んだのか全く分からない。
「わ、分かりません」
先生はムッと片眉を上げる。
「授業中に欠伸《あくび》などしているからだ。もっと真面目に授業に取り組むように」
「はい、すみません」
クスクスと笑い声が上がる。
「『わ、分かりません』だって」
「か細い声」
「相変わらず女みてーな奴だな」
いけ好かないクラスのチャラい奴らが笑う。いわゆるスクールカースト上位というやつだ。
下等な人間どもを観察していて分かったのだが、どうやら不思議なことに、教室の中にも上下関係があるらしい。弱肉強食。まるで野生動物である。
ボス猿がいて、その取り巻きがいて、そしてその下に平民がいる。
そして奴らの言動から察するに、それよりも下、底辺の中の底辺、いわゆる最下層に俺がいる、という順位づけらしい。
例えるならば、猿の毛皮についているノミあたりだろうか。無論、俺はそれには納得していないのだが。
それもそのはず。何を隠そう俺は、この世の頂点にして、邪悪と悪徳と闇の力を統べる大悪魔――すなわち魔王であるからだ。
だが理想とする穏やかな学園青春生活のためには、自分の正体は意地でも隠し通さなくてはいけない。
この俺が本気を出せば、こんな奴ら一捻《ひね》りなのだが、ムカつくからといって魔王の力を発揮して正体がバレたら元も子もない。なんとも難しいものだ。
「はぁ」
それにしてもおかしい。
入学する前に読んだ人間どもの下等な書物《ラノベ》の中では、高校生たちは部活や恋愛に明け暮れ、それはそれは楽しそうにしていた。
だから俺も、高校に通いさえすれば、可愛い女の子が空から降ってきたり、彼女ができたりすると思っていたのに。
実際には人間どもの授業は魔法生物学だの魔法化学だの聞きなれないものばかりだし、彼女どころか友達もできない。
書物《ラノベ》で学んだことと全然違うではないか!
……いや落ち着け。落ち着くのだ。
まだ入学して二ヶ月だ。
今はまだ何も無くても、これから先、美少女が転校してきてラブコメ展開になるなんてこともありえる。まだ希望は捨てていない。
とりあえず魔王だということさえバレなければ何とでもなるだろう。
無理やり自分を納得させることにする。
ゴーン、ゴーン。
精霊が時計塔の鐘を鳴らす。苦痛だった授業もやっと終わりだ。
「マオ」
やれやれと立ち上がると、先生が俺を呼びつける。
「何ですか?」
「今から生徒指導室に来なさい」
一体何だろう。もしかして先生も俺がからかわれていることを気にかけているのだろうか。
「失礼します」
ゆっくりと生徒指導室のドアを開ける。
「よく来たな」
ほこりっぽい部屋。魔法書のぎっしり詰まった本棚。
窓の外を見つめていた先生は、逆光を背にゆっくりと振り返った。
「先生、用って何でしょうか?」
とりあえず適当にイスに腰掛ける。
「単刀直入に言う」
先生の眼が鋭く光った。ゾッとするような低い声。
「このままいけば、君は落第だ」
は?
この学園にはびこる噂は正しい。
アレスシア魔法学園には魔王がいる。
――ただし実際の魔王は、無双するどころか落第の危機に瀕していたのであるが。
抑揚のない声。黒いローブに身を包んだ先生がコツコツと黒板を叩く。
「ふぁーあ」
思わず大きなあくびが出た。
ポカポカとした陽気、気怠《けだる》い昼前の空気。どうしてこんなにも座学というのは眠気を誘うのか。
「ねぇねぇ、聞いた? この学園に魔王がいるらしいっていう噂」
先生の板書をぼんやりと見つめていると、クラスの女子どもの話が耳に入ってくる。
「知ってる。十五年前に死んだのは影武者で、実は魔王は生きてたんでしょ?」
「えっ? 魔王には実は息子がいて、その子が次の魔王だって聞いたけど?」
名門魔法学園であるここアレスシア魔法学園には、最近こんな噂が頻繁に流れている。
どれも信憑性の無い噂ばかりだが、ついつい聞き耳を立ててしまう。
「仮に学園に魔王なんか居たら、無双できるんじゃない?」
「見るもの全てを魅了するっていうし、きっと凄いイケメンよ」
「羨ましい!」
都市伝説にも似た、いいかげんな噂話。だけれど注意はしなくてはならない。なぜならば――
「では次の問題を、マオ」
そんなことを考えていると、急に先生が当ててくる。
「は、はいっ」
ビクリと心臓が飛び跳ねた。
「えっと、えっと」
反射的に立ち上がり教科書をめくるも、どこまで進んだのか全く分からない。
「わ、分かりません」
先生はムッと片眉を上げる。
「授業中に欠伸《あくび》などしているからだ。もっと真面目に授業に取り組むように」
「はい、すみません」
クスクスと笑い声が上がる。
「『わ、分かりません』だって」
「か細い声」
「相変わらず女みてーな奴だな」
いけ好かないクラスのチャラい奴らが笑う。いわゆるスクールカースト上位というやつだ。
下等な人間どもを観察していて分かったのだが、どうやら不思議なことに、教室の中にも上下関係があるらしい。弱肉強食。まるで野生動物である。
ボス猿がいて、その取り巻きがいて、そしてその下に平民がいる。
そして奴らの言動から察するに、それよりも下、底辺の中の底辺、いわゆる最下層に俺がいる、という順位づけらしい。
例えるならば、猿の毛皮についているノミあたりだろうか。無論、俺はそれには納得していないのだが。
それもそのはず。何を隠そう俺は、この世の頂点にして、邪悪と悪徳と闇の力を統べる大悪魔――すなわち魔王であるからだ。
だが理想とする穏やかな学園青春生活のためには、自分の正体は意地でも隠し通さなくてはいけない。
この俺が本気を出せば、こんな奴ら一捻《ひね》りなのだが、ムカつくからといって魔王の力を発揮して正体がバレたら元も子もない。なんとも難しいものだ。
「はぁ」
それにしてもおかしい。
入学する前に読んだ人間どもの下等な書物《ラノベ》の中では、高校生たちは部活や恋愛に明け暮れ、それはそれは楽しそうにしていた。
だから俺も、高校に通いさえすれば、可愛い女の子が空から降ってきたり、彼女ができたりすると思っていたのに。
実際には人間どもの授業は魔法生物学だの魔法化学だの聞きなれないものばかりだし、彼女どころか友達もできない。
書物《ラノベ》で学んだことと全然違うではないか!
……いや落ち着け。落ち着くのだ。
まだ入学して二ヶ月だ。
今はまだ何も無くても、これから先、美少女が転校してきてラブコメ展開になるなんてこともありえる。まだ希望は捨てていない。
とりあえず魔王だということさえバレなければ何とでもなるだろう。
無理やり自分を納得させることにする。
ゴーン、ゴーン。
精霊が時計塔の鐘を鳴らす。苦痛だった授業もやっと終わりだ。
「マオ」
やれやれと立ち上がると、先生が俺を呼びつける。
「何ですか?」
「今から生徒指導室に来なさい」
一体何だろう。もしかして先生も俺がからかわれていることを気にかけているのだろうか。
「失礼します」
ゆっくりと生徒指導室のドアを開ける。
「よく来たな」
ほこりっぽい部屋。魔法書のぎっしり詰まった本棚。
窓の外を見つめていた先生は、逆光を背にゆっくりと振り返った。
「先生、用って何でしょうか?」
とりあえず適当にイスに腰掛ける。
「単刀直入に言う」
先生の眼が鋭く光った。ゾッとするような低い声。
「このままいけば、君は落第だ」
は?
この学園にはびこる噂は正しい。
アレスシア魔法学園には魔王がいる。
――ただし実際の魔王は、無双するどころか落第の危機に瀕していたのであるが。
0
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する
平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。
しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。
だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。
そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる