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時は少し遡る。
場所は南の国境にあるオルトワの砦。
騎士団が王都より到着して十日が過ぎていた。
国王が代替わりをしたことで政策が変わり、住む土地を失った少数部族バルケスからの襲撃は騎士団が来てから一度もない。
それどころか、実は攻め込んで来ること自体が一回として無かったのだ。
アルゲニア王国の領地にギリギリ入らない山の中で、必要最低限の広さだけの土地を切り開き、質素な小屋を建てて、彼らはとても静かに暮らしていた。事前に土地の領主及び国王に許可を求め、様々な条件付きではあるが許されてそこに住んでいるのだ。
襲って来るはずがない。
では何故、大々的に騎士団が動いたかというと――。
「あ~。あのぬるま湯につかって育ってきたボンボン共の顔見てると腹立ってくるんですよぉ」
「ふっ。あまり大きな声で言うな。聞こえるぞ」
「いいですよぉ、少しくらい。本当だったらあいつらの親に直接言いたい」
「不敬罪で捕まるやつだな」
「なんであんなヤツらを敬わなければいけないのか、全然分からないですねぇ」
「お前も同じ貴族だろ」
「いやいや。国の政治に関わる人間は実力主義にすべきだと思いますよぉ。いくら家格が高い貴族でも、ぼんくらがそれをやったら国が滅ぶ」
長椅子にだらしなく転がったディランはぶつぶつと文句をこぼす。その向かいに座るジェラルドは手の中にある数枚の紙に視線を落としていた。
「なんだってあの坊ちゃん達に『戦地の経験』が必要なんですかぁ。てかここ、戦地じゃないしぃ」
「直近で何かしらの変化があったのが、ここだけだったからな」
「どーせ王都に戻ったら戦いに貢献したとかで顕彰されるんでしょう?」
「おそらくな。今回の行軍で家の跡取りばかりが参加してるから、箔をつけさせるためだろう」
「本当にどこかの誰かが襲ってこないかなぁ。あいつらの慌てふためく姿が見たい」
「もしそうなったら、こっちも慌てふためくだろ」
「そこは普段の訓練の見せ所でしょう。一緒になって慌ててたら指さして笑……いや、騎士団の存在意義に関わる」
「もしも令息達に何かあったら、処罰を受けるのは俺とお前だぞ?」
ジェラルドはからかうように片眉を上げてディランを見る。
「怪我しなきゃいいんですよぉ。怖い思いだけさせてぇ」
「くくっ。そう拗ねるな。三ヶ月の辛抱だ」
「ここの三ヶ月は長いぃぃ」
最初から最後まで作られたものだった。
将来、国の中枢を担うであろう大貴族の子息達の護衛が騎士団の任務であり、戦闘の予定など全く無い。
この砦は農村からは遠く離れているので実際に戦った証拠を周囲に見せる必要もなく、在中している兵士と王都の騎士とで二手に分かれて模擬戦をやるくらいで、いたって平和だった。
外からの人間が多少出入りすることもあるが、それは食料や日用品を運んでくる輜重部隊だ。荷物を届けに来た日に一泊して帰って行く。
「そういえば荷物のチェックはするのに、人間の方は代表者の確認しかやってなかったですねぇ。ひとりひとり許可証と照らし合わせましょうかぁ。暇だから」
「いくら暇だからって、それはちょっと……。やられる方が気の毒になる」
「じゃあどーするんですかぁ。こんなに時間があまってしかたないのにぃ。砦の周りには山、森、草原、川、ずいぶん離れて畑と村。ここで何をしろとぉ? 土地切り開いて畑作ればいいんですかねぇ? 自給自足できる騎士団目指してみますぅ?」
「ふはは。落ち着けって」
最初は苦笑しながらディランの話を聞いていたジェラルドだったが、だんだんと笑みが深くなった。
「貴方はいいですよねぇ。そうやってエリオット君への手紙を書いては燃やし、書いては燃やして燃料の足しにしてるんですからぁ。いつになったら納得のいく内容になるんですかぁ? それともずっと出さないで、ひたすら書いては燃やし続けるんですかぁ? 呪いかけてますぅ? 怖い!!」
「誰に呪いかけるんだよ」
「どうせなら、このふざけた任務の案を出したあの公爵様を呪ってくださいよぅ。王都に戻ったら見合いでしょぅ?」
「――ああ、まあ」
ばつが悪そうに、ジェラルドは窓の外を見やる。
開け放っている窓からは暮れていく空が見える。ゆるゆると入ってくる風はどことなく、ひんやりとしていた。そこに混じる匂いから、夕飯の準備をしていることが分かる。
「そういえば今日は荷物が届いたんだったな」
「そうですよぅ。だから今夜は輜重部隊の面々をお接待します」
「ふっ。じゃあ献立には新鮮なものが出るかな」
「どうでしょうねぇ。基本的に保存がきく食材ばかり届きますから、期待しないほうがいいです」
食事以外の楽しみがなく、表には出さないが団員達に不満がたまっているのはジェラルドも分かっていた。とはいえ、任が下ればそれがどんなに馬鹿げた内容でも遂行しなければならない。
ジェラルドは考える。
団員の気持ちを和らげるために数匹の犬を送ってもらうか、それとも逆に、危機意識を常に持てと発破をかけるか。
犬は訓練すれば警備にも使えて一石二鳥だ。
騎士たるもの、いついかなる時でも迅速に対応できる心構えが必要不可欠だ。
さて……。
「犬はどうだ?」
「へ? 犬?」
がばりとディランは体を起こした。全く気の抜けてしまった表情で、口はだらしなく開いている。
「そう。犬だ。警備にも使えて団員の癒しにもなるだろう。順番で面倒を見させるといい」
「良いですね!! さっそく依頼書を作って輜重部隊に持って帰ってもらいましょう!」
言うが早いか、ディランは慌ただしく部屋を出て行った。
ひとつ息を吐くと、ジェラルドは再び手元の紙に視線を落とす。そして数枚の中から一枚だけ抜き取り封筒に入れる。その封筒にはあらかじめ愛用している香水を一滴垂らしてある。
開けたときに香ることを願いながら封をした。
残った紙は暖炉の熾火となっている炭へと投じて燃やす。
もうしばらくすれば、食事ができたと誰かが呼びに来るだろう。
場所は南の国境にあるオルトワの砦。
騎士団が王都より到着して十日が過ぎていた。
国王が代替わりをしたことで政策が変わり、住む土地を失った少数部族バルケスからの襲撃は騎士団が来てから一度もない。
それどころか、実は攻め込んで来ること自体が一回として無かったのだ。
アルゲニア王国の領地にギリギリ入らない山の中で、必要最低限の広さだけの土地を切り開き、質素な小屋を建てて、彼らはとても静かに暮らしていた。事前に土地の領主及び国王に許可を求め、様々な条件付きではあるが許されてそこに住んでいるのだ。
襲って来るはずがない。
では何故、大々的に騎士団が動いたかというと――。
「あ~。あのぬるま湯につかって育ってきたボンボン共の顔見てると腹立ってくるんですよぉ」
「ふっ。あまり大きな声で言うな。聞こえるぞ」
「いいですよぉ、少しくらい。本当だったらあいつらの親に直接言いたい」
「不敬罪で捕まるやつだな」
「なんであんなヤツらを敬わなければいけないのか、全然分からないですねぇ」
「お前も同じ貴族だろ」
「いやいや。国の政治に関わる人間は実力主義にすべきだと思いますよぉ。いくら家格が高い貴族でも、ぼんくらがそれをやったら国が滅ぶ」
長椅子にだらしなく転がったディランはぶつぶつと文句をこぼす。その向かいに座るジェラルドは手の中にある数枚の紙に視線を落としていた。
「なんだってあの坊ちゃん達に『戦地の経験』が必要なんですかぁ。てかここ、戦地じゃないしぃ」
「直近で何かしらの変化があったのが、ここだけだったからな」
「どーせ王都に戻ったら戦いに貢献したとかで顕彰されるんでしょう?」
「おそらくな。今回の行軍で家の跡取りばかりが参加してるから、箔をつけさせるためだろう」
「本当にどこかの誰かが襲ってこないかなぁ。あいつらの慌てふためく姿が見たい」
「もしそうなったら、こっちも慌てふためくだろ」
「そこは普段の訓練の見せ所でしょう。一緒になって慌ててたら指さして笑……いや、騎士団の存在意義に関わる」
「もしも令息達に何かあったら、処罰を受けるのは俺とお前だぞ?」
ジェラルドはからかうように片眉を上げてディランを見る。
「怪我しなきゃいいんですよぉ。怖い思いだけさせてぇ」
「くくっ。そう拗ねるな。三ヶ月の辛抱だ」
「ここの三ヶ月は長いぃぃ」
最初から最後まで作られたものだった。
将来、国の中枢を担うであろう大貴族の子息達の護衛が騎士団の任務であり、戦闘の予定など全く無い。
この砦は農村からは遠く離れているので実際に戦った証拠を周囲に見せる必要もなく、在中している兵士と王都の騎士とで二手に分かれて模擬戦をやるくらいで、いたって平和だった。
外からの人間が多少出入りすることもあるが、それは食料や日用品を運んでくる輜重部隊だ。荷物を届けに来た日に一泊して帰って行く。
「そういえば荷物のチェックはするのに、人間の方は代表者の確認しかやってなかったですねぇ。ひとりひとり許可証と照らし合わせましょうかぁ。暇だから」
「いくら暇だからって、それはちょっと……。やられる方が気の毒になる」
「じゃあどーするんですかぁ。こんなに時間があまってしかたないのにぃ。砦の周りには山、森、草原、川、ずいぶん離れて畑と村。ここで何をしろとぉ? 土地切り開いて畑作ればいいんですかねぇ? 自給自足できる騎士団目指してみますぅ?」
「ふはは。落ち着けって」
最初は苦笑しながらディランの話を聞いていたジェラルドだったが、だんだんと笑みが深くなった。
「貴方はいいですよねぇ。そうやってエリオット君への手紙を書いては燃やし、書いては燃やして燃料の足しにしてるんですからぁ。いつになったら納得のいく内容になるんですかぁ? それともずっと出さないで、ひたすら書いては燃やし続けるんですかぁ? 呪いかけてますぅ? 怖い!!」
「誰に呪いかけるんだよ」
「どうせなら、このふざけた任務の案を出したあの公爵様を呪ってくださいよぅ。王都に戻ったら見合いでしょぅ?」
「――ああ、まあ」
ばつが悪そうに、ジェラルドは窓の外を見やる。
開け放っている窓からは暮れていく空が見える。ゆるゆると入ってくる風はどことなく、ひんやりとしていた。そこに混じる匂いから、夕飯の準備をしていることが分かる。
「そういえば今日は荷物が届いたんだったな」
「そうですよぅ。だから今夜は輜重部隊の面々をお接待します」
「ふっ。じゃあ献立には新鮮なものが出るかな」
「どうでしょうねぇ。基本的に保存がきく食材ばかり届きますから、期待しないほうがいいです」
食事以外の楽しみがなく、表には出さないが団員達に不満がたまっているのはジェラルドも分かっていた。とはいえ、任が下ればそれがどんなに馬鹿げた内容でも遂行しなければならない。
ジェラルドは考える。
団員の気持ちを和らげるために数匹の犬を送ってもらうか、それとも逆に、危機意識を常に持てと発破をかけるか。
犬は訓練すれば警備にも使えて一石二鳥だ。
騎士たるもの、いついかなる時でも迅速に対応できる心構えが必要不可欠だ。
さて……。
「犬はどうだ?」
「へ? 犬?」
がばりとディランは体を起こした。全く気の抜けてしまった表情で、口はだらしなく開いている。
「そう。犬だ。警備にも使えて団員の癒しにもなるだろう。順番で面倒を見させるといい」
「良いですね!! さっそく依頼書を作って輜重部隊に持って帰ってもらいましょう!」
言うが早いか、ディランは慌ただしく部屋を出て行った。
ひとつ息を吐くと、ジェラルドは再び手元の紙に視線を落とす。そして数枚の中から一枚だけ抜き取り封筒に入れる。その封筒にはあらかじめ愛用している香水を一滴垂らしてある。
開けたときに香ることを願いながら封をした。
残った紙は暖炉の熾火となっている炭へと投じて燃やす。
もうしばらくすれば、食事ができたと誰かが呼びに来るだろう。
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