平民男子と騎士団長の行く末

きわ

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 俺の父親は大工だった。
 わりと評判もよくて、近いうちに親方になって自分の店が持てるだろうと言われるくらいだった。
 その当時はまだ、そろそろ引退間近の年配の親方の元で働いていた。

 ある日、とある貴族から注文が入った。
 家の敷地内に、その貴族がデザインした四阿を建てろと。
 設計図を見て、父親始め仲間の工人達は口をそろえて無理だと言った。
 独創的過ぎるその四阿は、柱はうねうねと波打って、しかも細かった。にもかかわらず、屋根にはこれでもかというほど装飾が施されていた。
 こんな細い柱では屋根を支えられない。
 柱を太くするか本数を増やすか、装飾をほとんどなくすかにしてほしいと、親方は貴族に頼んだ。
 しかし、聞き入れられなかった。
 親方は昔、この貴族に世話になったことがあったようで強く出られず、結局は設計図通りに建てることになった。
 分からないくらいこっそりと柱を太くして、見えないところの装飾はなくそうと、親方がそう言って工人達を納得させたらしい。
 そして工事は進んでいき、だいたいの形ができたところで、ある意味予想通りの事故が起きた。

 柱が折れて屋根が崩れた。

 俺の父親はそれの下敷きになって、帰らぬ人となった。
 他にも怪我人がいて、中にはもう仕事ができない体になった人もいた。
 親方は責任を取る形で引退し、工人達は組合を通じて貴族に抗議し賠償を求めた。
 しかし貴族は工人達の力量不足が原因だと、逆に四阿を建てるのに使った金を返せと言ってきた。
 裁判を行ったが柱や装飾に手を加えて設計図通りにしなかった工人側に責任があるとして、貴族の圧勝だった。
 工人側が金を払わなければならなくなり、引退した親方が全財産を投げ打ち、組合も協力したが足りなかった。なので工事に携わった大工も皆、借金をして払った。それは父親が亡くなったうちも例外ではなかった。
 親方の家はこれが原因で一家離散し、親方自身はその半年後に亡くなったらしい。
 正直言って同情する気持ちはさらさらない。
 うちは、父親を亡くしたのだから。

 あの日知らせを受けて、俺は走って現場に行った。
 すでに貴族の敷地からは運び出され、道の端に置かれた縦長の板の上に父親は乗せられていた。
 血で滲んだ荒布を震える手でめくる。
 そこには無残な姿に変わり果てた父親がいた。
 目の前の光景がとても現実とは思えなくて、俺はただ茫然としていた。
 誰かに肩を叩かれて、共同墓地に運ぶからと言われて、やっと離れた。
 数人で板を抱えて進んで行く。
 俺はぼんやりと、その後をついて歩いた。
 共同墓地は自分たちの墓が持てない平民が利用する空き地みたいなところで、目印のない場所だったら掘って埋めていいことになっている。
 空き地の、わりと奥まった辺りに隙間を見つけて、数人がかりで穴を掘る。その頃には母親も兄貴もいて、二人とも人目もはばからずわんわん泣いていた。俺はその様子を無言で見てた。
 やがて父親は穴に入れられて、上から土をかけられて、本当にいなくなってしまった。
 目印の木の杭が打ち込まれる。これが朽ちて倒れた頃が合図で、次の誰かがまたここに埋められる。

 この後から記憶が曖昧で、いつの間にか家にいたし、いつの間にか数日が立っていた。
 その間に考えていたのは、土の中は冷たくないだろうかということ。
 
 あの貴族があちこちの工人に断られて、最終的にうちの父親が務める店に依頼を出したというのをずっと後になって知った。
 無理だって、建てられないって実は分かっていただろうに、貴族のわがままで事故は起き、あまつさえ権力を使って裁判に無理矢理勝った。


 だから、俺は貴族が嫌いだ。
 平民のことは使い捨てがきく駒としか思っていない。


 だから。
 家族のためにも。
 俺自身のためにも。
 別れたほうがいいんだ。
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