俺が嫁になるなんて

ワンコ

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日常

訪問客(2)

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 土曜日、遂に引っ越し当日。
 九条は一夜寝たことにより、だいぶ心は楽になったが、それでも後味の悪さが残っていた。一ノ瀬はこのボロアパートに泊まってくれていた。朝起きてから一言も話していない。

「陽向、おはよう」

「おはよう」

 2人の間に距離を感じる。

「昨日はありがと、助かった。迷惑かけてごめん」

「いや、全然大丈夫。もうあんな奴らの事なんか忘れな」

「うん」

 一ノ瀬が優しく声をかけてくれる。忘れかけていたトラウマを思い出さされて辛かったが、再び前を向がなければならなかった。



 一ノ瀬のマンションに荷物を全て移し、引っ越しを終えた。
 日照りが強く、夏に戻ったかのような暑さだったが、作業は午前中には終わったため、時間と心に余裕ができていた。

「こんな豪華なところ一生住めないと思ってたわ」

「ベッド一つしかないからここで2人ね」

「なんでこんな広いのになんで2人で寝なきゃいけないんだよ」

 他愛もない会話を交わすうちに2人は普段の日常の感覚を取り戻してきた。昼ご飯は家の近くの美味しい豚骨ラーメン屋で済ませて、家に戻った。

『今日寝落ちするまでゲームしようぜ、マリ才カートとか、スマフラとかあるよ』

 テレビにゲーム機器を接続する。一ノ瀬の家のとんでもない大画面に九条の心が踊る。家電製品店でよく見るザ・金持ちというような薄型超大型テレビに繋いでゲームしたいと子供の頃から思っていた。
 お菓子やジュースを用意して2人はゲームをし続けた。この2人は生粋のゲーマーで休憩もなく画面を見続けていた。


 気づけば外は暗くなり、月が神々しく輝いていた。

『げ、もう夜じゃん、なんか今日ゲームしかしてない感じするわ』

「こういう時ってえげつない罪悪感に襲われるよね」

『俺、コンビニでビールとかアイス買ってくるわ。次鉄道のやつやるから準備しといて』

 外に出ると蒸し暑い空気が肌に触れる。初めて鳥取にきて空港から出た時の感覚と同じだ。コンビニは輝かしいこのマンションから少し離れて外れたところにある。
 コンビニで買い物を済ませてビニール袋を手に提げて暗い夜道を歩く。建物の間の暗がりからは人ならざるものが出てきそうで怖かった。幽霊を信じていないはずなのに、歩みは早歩きになる。
 後ろに人の気配を感じて少し小走りになる。自分の足音がまるで後ろから追いかけられているように感じる。ドキドキと鼓動する心臓にイラつき足を止める。

「俺は幽霊なんて信じてないぞ!」

 そう叫んで後ろを振り向く。後ろには何もいない。はずだった。

「響、ごめん。なんでそんなに避けるの?」

 小平だった。幽霊よりも酷いものを見た。すぐさま目を逸らす。

「浮気はしたのは認める。もう大誠とも縁切ってきたから。だから、ね?より戻そう?」

 声や姿形の全てが気持ち悪いと感じる。既に好きではないし、許す気も無かった。憎しみの対象に残る感情は恨みだけだ。

「俺の転勤も喜んでただろ。俺が鳥取に行ってから野田と小平、お前ら2人はイチャラブ生活さぞ楽しかっただろ。毎日の交わりは気持ちよかったですか?」

 自分で発言すればするほど怒りの感情が湧き出てくる。同時に浮気された悔しさ、親友を失った虚しさで胸と喉が締め付けられる。声を絞り出し、泣き出したい気持ちを抑えていた。

「そんなことしてない!そもそも響が出世ばっかり求めて仕事して、私は寂しかったんだよ!それに元々大誠が誘ってきたが始まりだし。私は嫌だって言ったんだよ?!」

 まるで自分は一切悪くないというような発言に吐き気がする。心の底から小平という人間を嫌った。

「ふざけるなよ、気持ち悪い。被害者面やめろよ、。もうお前と関わりたくないから。あと、東京もう戻る気ない、陽向と生きてくから。」

「はぁ?陽向って昼のあの男?ゲイなの?あんな男の何がいいの?どうせ鳥取の貧乏人じゃないの」

 パチンッという高い音が暗闇に響く。
 九条が小平の頬を引っ叩いた。小平は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「人間として嫌いです」

 そう言い放って走って家に戻る。早く一ノ瀬に会いたいという一心で走った。目から溢れた雫が玉となって月明かりを反射する。
 家に着くと一ノ瀬が迎えてくれる。

「おかえり♪早かったね」

 九条の異様な雰囲気に一ノ瀬は真面目な表情になる。
 九条は一ノ瀬に抱きついた。

「なんかあった?」

 心配そうに声をかけてくれる。

「なんにも」

 一ノ瀬は何かあった事に気づいていたが、優しく抱きしめる。結局2人は徹夜でゲームをすることはやめて、早めにベッドに入る。
 九条は一ノ瀬の胸の中で声を漏らして泣き、一ノ瀬は何も言わずに九条の背中をさする。大丈夫、大丈夫と落ち着いた声をかけてあげる。
 彼らは2人で寝るには少し狭いベッドの上で身を寄せ合いながら眠りに落ちた。








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