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第4話:怨みと友達(後編)

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 多逗根さんが提示した『子供が車を運転した可能性』。この可能性が挙げられた事によって、傍聴人席はざわめいていた。正直僕も信じられない。でも、可能性の一つだ。一応、それも視野に入れとかないと……。
「探偵。貴様、本当に気でも狂ったか?」
「ううん? ボクとしては大真面目だよ」
 僕は縁ちゃんに尋ねる。
「縁ちゃん、ちょっといいかな?」
「……何?」
「今、お財布持ってる?」
「持ってない」
 すると、賽ちゃんが少し驚いた顔をした。
「え、でも……ここに来る時、タクシーで来たよね……? 縁ちゃん、持ってたよね……?」
「っ!」
 今、財布を持ってる事を隠そうとした? 何か、やましい事でもあるのか……?
「黄泉川さん。提出してもらえるかな?」
「何で? 別にあんた達に出す必要性は無いよね?」
 やっぱり、何かを隠そうとしている! いったい、何を隠そうとしているんだ!?
「縁ちゃん。お願いだから、出してくれないかな? すぐに返すから」
「ユカリちゃん……」
 賽ちゃんが縁ちゃんの服を摘まむ。
「…………………………分かったよ」
 よし、出してくれるみたいだ。
「係官。証人から財布を預かってきて下さい」
 裁判長の指示により、係官が縁ちゃんから財布を預かる。あれに何かある筈だ。
 僕は係官が持ってきた財布を開け、中身を確認する。
 中には小銭やお札、他にはポイントカードも入っている。そして、中には僕達の疑念を確信に変える物が入っていた。
「縁ちゃん。いえ、黄泉川さん」
「…………何、かな」
「あなたは、成人してますね?」
 裁判場がどよめく。あの琴割検事までも動揺している様だった。
「…………弁護士さんは目がおかしいのかな? 私は小学生。どう見てもそうでしょ?」
 そう。見た目だけなら小学生にしか見えない。でも、あくまで見た目だけだ。
 多逗根さんが話し始める。
「どうしてそこまで嘘をつくのかな? これは実際に存在してる病気だよ? キミみたいな症例の人間は今までも確認されてる」
「……理解が出来ない。何でそこまで私を疑うの?」
「ユカリちゃん……?」
 黄泉川さんが賽ちゃんの手を握る。
「心配しなくていいよ。前に言ったでしょ? 私は、サエに嘘をついたりしない」
 黄泉川さんがこちらを睨む。
「で? 私を犯人にしたい訳? 私が殺したっていう証拠も無いのに?」
 そこだ。事件からまだ数日経っただけだ。もし返り血を浴びた服を始末するとしたら、目立ってしまう筈だ。そこが突ければ……。
 多逗根さんが黄泉川さんに話す。
「じゃあさ、凶器の話でもしようか? キミが三木さんを殺した凶器の話をさ」
「止めてよ。私はやってない。そこの教師がやったんでしょ?」
「ボクはキミが怪しいと思うな。で、凶器の話なんだけどさ。ボクは折りたたみナイフだと思うんだよね」
 え? 多逗根さん、もう分かってるのか? まだ凶器も断定されてないのに……。
 琴割検事が睨む。
「……探偵。いい加減な事を言うな」
「いい加減じゃないよ。もし黄泉川さんが三木さんを殺して車で運んだのだとしたら、その時に少なくとも少しは返り血が付いてる筈だよね? そんな人間がいたら、怪しく思う筈でしょ?」
「目撃者が偶然いなかっただけだろう」
「まあ、その可能性もあるよ? でも、このご時世だ。夜遅くても、出歩いてる人が多少なりともいるよね」
 確かに僕も気になっていた。刺して殺したなら、多少なりとも返り血がある筈だ。もし犯人が返り血を浴びていたら、明らかに怪しい筈だ。そんな犯人が怪しまれずに遺体を運ぶ事が出来るだろうか?
「……それで? 折りたたみナイフが凶器だと何故思う?」
「もし折りたたみナイフで刺したとしたら、毛細管現象が発生するんだよね。刃を収める隙間に血が入り込んで、ほとんど返り血が飛ばないと思うんだ」
 毛細管現象……学校の授業でやった覚えがある。確かにあれなら返り血を浴びないか……?
「探偵さん。お話にならないよ。そんなのただの憶測だよね?」
「そうだね。でも、もしもの可能性を考えるのは大事だよ? 特に、ボクみたいな仕事をしてるとね」
 黄泉川さんはこちらを睨む。どうやら僕の事も警戒してるみたいだ。
「黄泉川さん。僕からも気になる事があります。あの車の事です」
「あくまで、私が運転したって体で進むんだね……」
 僕は資料を見て疑問をぶつける。
「あの車、サイドミラーにロープが結んであった様です。そして、ロープの反対側には折れた木の枝があったそうです」
「……だから何?」
「まだあります。あの車のサイドブレーキ、引かれていなかったそうです」
「何が言いたいの……?」
「あの車が見つかった場所は山の中です。しかも結構な傾斜でした。あの場所で車を停めたとしたら、サイドブレーキを入れておく必要があります。なのに、引かれていなかった」
 黄泉川さんの額に汗が見える。
「これはつまり、犯人によって車が崖下に隠されたという事です!」
 賽ちゃんは不安そうな顔で黄泉川さんを見ている。正直、僕も心苦しい。子供のあんな表情、見たくない……。
「ふ、ふふっ……だから何だって言うのさ……? 全部、憶測じゃん……そんなの、あなた達の戯言じゃん……!」
 黄泉川さんは動揺を隠そうとしてか、顔を引きつらせながら笑っている。後、少しだ。どうやって認めさせるか……。
「ほら……証明出来ない! 私が車を運転したなんて! 私が殺したなんて! 全部、あなた達の憶測なんだよ!」
「じゃあ証明しようか?」
 黄泉川さんの言葉を遮ったのは多逗根さんだった。何……? 証明、出来るのか……?
「……え?」
「いやぁ、警察から情報が入ってくるまで待ってて良かったよ。たった今、情報が入ってきた」
 そう言うと多逗根さんはタブレットを証人席に向けた。さっきからタブレットを見てたのは警察からの情報を待っていたからなのか。
「あの車、低身長の人向けの座席になってたみたいだよ? これって、キミがあの車に乗ってたっていう証拠じゃない?」
「ば、馬鹿な事言わないで! そんなの、他の人だって当てはまる! 別に私に限った話じゃ……!」
「シートの下から髪の毛が見つかったそうだよ。それを調べれば……」
 多逗根さんがそう言った瞬間、黄泉川さんは証言台に手を叩きつけ、俯いた。
 これで、終わりかな……。


「では、詳しく話してください」
 裁判長の指示により、黄泉川さんは俯いたまま話し始めた。
「……私は、話にも挙がってた通り、小学生じゃない……本当は、20歳。免許も取ってる」
 やっと、認めてくれたか……。
「私は病気だった。ハイランダー症候群……体が成長しない病気……10歳の頃から、何も変わってない」
「そうだね。キミと似た症状の子は他にも前例がある」
「私はこの体のせいで、ずっと苛められてきた。この体のせいで、まともな職にも就けない……」
 僕も、テレビで見た事がある。黄泉川さんの様に、子供の姿から変わらない人達だった。
「だから私は、姿を隠して、イラストレーターとして仕事をしてた。絵は見た目に左右されないから」
「サエと出会ったのは数ヶ月前。私が、ちょっとした休憩をするために公園に行った時だった」
 ここに嘘は無いだろうな。さっき言ってた事とも合ってるし。
「サエはあいつらに苛められてた。いつもの私だったら、関わらなかったと思う。でも……泣いてるサエを見て、動かざるをえなかった。かつての私の姿が、重なって見えてしまった」
「そこから私はサエと仲良くなった。自分が、同じ小学生だって嘘を付いて」
 賽ちゃんは未だに黄泉川さんの服を摘まんだままだ。しかし、今にも泣きそうになっている。
「そこから私は、サエに時々会う様になった。あの時の私を助けるかの様な気持ちで。自分の心を癒したい一心で……」
 法廷内には黄泉川さんの声しか響いていなかった。雑音も咳払いさえも聞こえなかった。
「いつしか私は、サエの事が好きになってた。私が出会ってきた今までの人間とは違う……どこまでも、優しくて純粋で……」
 そう、だろうな……実際、そういう子が苛めの被害に遭う事が多いらしい。
「どうせあんた達は、私の事を気持ち悪いって言うだろうね」
「ボクは言わないよ?」
「! 僕もです!」
「……私もだ」
「あっ! 私もですよ!?」
 裁判長何でちょっと遅れたんだよ……。
「……所詮は口だけだよ。世間は同性愛なんて気持ち悪いものとして扱う。表向きどんなに取り繕ってもね」
「もう私はうんざりなんだよ。年齢だとか、性別だとか、出身地だとか、人種だとか……そんなのに縛られるなんてうんざりなんだ」
「私はサエを愛してる。恋慕だとか友愛だとか、同情から来る愛だとか、そんなものじゃ括れない。ただ、サエの事が好きなんだ」
 どうなんだろうか……彼女は周囲に恵まれていなかったみたいだ。その感情は、本当に愛なんだろうか……。
「だからこそ、あいつが許せなかった。私の大切なサエに危害を加えるあいつらが。もう、殺すしかなかった」
 裁判長が口を開く。
「どうやって犯行を行ったのですか?」
「まずは学校に忍び込んで、あいつの机に手紙を仕込んだ。夜に学校の校庭に来るようにって」
 何かおかしいな……。
「あの、そんなに簡単に来るものですか? そんな夜に子供が……」
「来るよ。少なくともあいつは来た。知ってたんだよ、私。あいつが読んでる恋愛小説の事。あいつがあれに書かれてる様な、吐き気がする様なロマンチックな告白に憧れてる事に」
「では……」
「そう。男子を装って手紙を出したらまんまと来たよ。馬鹿だよね。あいつも、あいつの親も馬鹿だ。そんな都合の良い展開ある訳ないのに。娘が夜に一人で出て行こうとしてるのに止めもしない」
 確かに、何故三木さんの親御さんは止めなかったんだろう。
「知ってる弁護士さん? クズの子供はクズなんだよ。どんなに抗っても、血には逆らえない」
 黄泉川さんはクスクスと笑う。
「それであいつを呼び出した私は、校門を乗り越えてのこのことやって来たあいつの胸にナイフを突き立てた。そこの探偵さんが言ったように、折りたたみナイフでね」
「おや、当たってた? もしかして、毛細管現象の事知っててやった?」
「うん。それを狙ってわざと折りたたみナイフにした。まあ、あんな奴のために高い凶器用意したくないってのもあったけどね」
 黄泉川さんの隣で賽ちゃんが涙を流し始めた。そんな賽ちゃんを黄泉川さんが優しく撫でる。
「あいつは驚いた様な顔で死んでいったよ。本当に傑作だった。まさか自分がそうなるなんて思ってなかったんだろうね?」
「それで私はあいつの体をブルーシートに包んで近くに停めてた車のトランクに運んだ。私の体じゃ一苦労だったよ」
 黄泉川さんは自嘲的に笑う。
「後はあの三隅山に運んで、そこに死体を置いた。ナイフとブルーシートはスコップで掘った穴に埋めた。随分時間掛かっちゃったけどね」
「係官! 警察に現場を掘り返すように伝えてください!」
 裁判長の指示を聞き、係官は外へと小走りに出て行った。
「続きいいかな? その後私は車のサイドミラーにロープを結んで、反対側を近くの細い枝に結んだ。後は斜面に車を停めて、サイドブレーキをオフにして車から出た。しばらくしたら、枝が折れて車は勝手に斜面を走って崖に落ちていったよ」
 どうやら、僕の推理は合っていた様だ。ただ、人が死んでるからな……喜んでいいものか……。
「あれで完全に証拠隠滅出来たと思ったのに……まさか髪の毛が見つかるなんてね。指紋を残さないように手袋もしてたのに意味無かったなぁ……」
 まずい。彼女はこのまま終わらせようとしてる! まだ、解明してない謎もある!
「黄泉川さん。聞いてもいいですか?」
「何? もう隠す必要は無くなったし、答えるよ」
「木之路さんの家で見つかった被害者の隠し撮り写真。あれは、あなたがやったんですか?」
「……あぁ、そういえば、まだそれ言ってなかったっけ? そうだよ。私がやった」
 木之路さんが驚いた様子で顔を上げる。
「あのね。人間って意外と鈍感なんだよ。知らない人間が学校に居ても、意外と気付かない」
「それでは、学校に不法侵入したと?」
「法律上はそうだね。見た目的には問題無いけど」
 しかし、あの写真を撮ったのが彼女だとして、それをどうやって木之路さんの部屋に貼ったんだ……?
 すると、琴割検事が口を開いた。
「……それに関してはまた別件で逮捕する事になるだろう。だが、被告人の部屋にはどうやって入った?」
「しっかり調べたんだよ。その先生は田舎出身でしょ? そうだよね?」
「え、ええ。そうですが……何で私の事……」
「あいつを殺すって決めた時から、あなたもターゲットだったんだよ。ずっと、監視してた」
 僕は鳥肌が立った。僕が思っていた以上に、彼女の心はどす黒い闇に包まれている様だった。
「あなたは、時々家の鍵を掛け忘れるよね。地元じゃそうしてたのかな?」
「ま、まさか……!」
「気付いた? 事件が発覚した時、あなたの所にも連絡が行ったでしょ? あの時あなたは動揺して家を飛び出していった。無用心に、鍵も掛けずに、ね?」
 その隙に侵入したって事か……。
「部屋には簡単に入れたよ。勿論、手袋を付けて、帽子を被って、証拠を残さない様に細心の注意を払った。後は写真を部屋の壁に貼るだけ。ごめんね? 勝手に画鋲で穴開けて。大家さんに怒られちゃうかな?」
 何故だ? 何故彼女はここまで悪意を持てる? 三木さんに対してならまだ分かる。でも、木之路さんは関係ない筈……。
 僕が疑問に思っていると多逗根さんが質問した。
「疑問だなぁ。何でキミは木之路さんにそこまでしたの? 別に彼に罪を擦り付けなくても、三木さんを殺して終わりで良かったんじゃないかい?」
 すると、黄泉川さんは泣いている賽ちゃんを抱き締めながら木之路さんを睨んだ。
「良い訳ないでしょ……? 無能教師が……!」
「え……? な、何を……」
「サエが苛められてるのに気付かなかった癖に……サエを守る事も出来なかった癖に……!」
 そういう事か……木之路さんも、憎悪の対象になってたって事か……。
「その点じゃ、私の方が上。お前も、サエの家族も、サエの事守れなかった。守らなかった。この子を愛してるのは私だけ。私だけが、サエの事を愛してる」
 賽ちゃんはまだ泣いている。その涙は黄泉川さんへの申し訳なさから来るものか、それとも……。
「さて、と……私もここで終わりかな。今までついてきた嘘も、全部ばれちゃったし……。いいよ。捕まえなよ。もう、抵抗しないよ」
 法廷内に重苦しい空気が漂う。彼女が振りまいた悪意と闇は、凄まじいものだった。
 そんな空気の中、口を開いたのは裁判長だった。
「……係官。黄泉川さんを連れて行ってください」
 係官は黄泉川さんの腕を掴み、控え室の方へと引っ張っていった。しかし、係官の足は、賽ちゃんの声で止まった。
「待って……!!」
「サエ……?」
「ユカリちゃん……また、戻ってきてくれるよね?」
「ねえサエ。私は、ずっと嘘ついてたんだよ。君には嘘ついちゃ駄目って言ってたのに、私は君にずっと嘘ついてた」
「気にしてないよ……そんな事……」
 黄泉川さんの声が震え始める。
「……ごめん。最後まで、守れなかった。サエの事……」
 どういう事だ? まだ何かあるのか?
「サエ……私は多分、出て来れないと思う。これだけの事やったんだ。きっと許されない。だから、さ……これからは…………守れない。……ごめん」
 黄泉川さんの目から涙が零れ落ちる。今までクールに見えていた彼女は、その時ばかりは見た目相応に見えた。
 黄泉川さんは係官を引っ張るように歩き出し、奥へと消えていった。

 証人席には木之路さんが立っている。今回の事件も、何とかなったか……。
「それでは、判決を言い渡す」
「無罪!」
 木之路さんの表情から緊張が解ける。僕もホッとする。良かった……。
「何とかなりましたね。多逗根さん」
「この事件はね。まだ問題は残ってるよ」
 そうだよな。黄泉川さんが言ってた、『最後まで守れなかった』って言葉。あれがどうも引っ掛かる。


 控え室に戻った僕達の所に、賽ちゃんがやって来た。目元は赤くなっており、ずっと泣いていたためか、少しぐったりしている。
「賽ちゃん……」
「あ、弁護士さん……ありがとう、ございます……」
 この子は、気遣いが上手い子だ。自分の親友があんな事になったというのに、何とか平静を保とうとしている。
「ごめん、三瀬川さん……私がもっと早く気付けていれば……」
「せ、先生のせいじゃないです……私が、悪いんです……ちゃんと言わなかったから……」
 多逗根さんが僕に話し掛ける。
「守部クン。ここはボクがいるから、留置所に向かいなよ。気になってるんでしょ?」
「……ありがとうございます。ちょっと行ってきます」
 僕は裁判所から出ると、留置所へ向かった。あの言葉の意味を教えてもらわないと……。



 留置所に着いた僕が面会室で待っていると、職員に連れられ黄泉川さんが入ってきた。留置所に子供が入っているかのようで、少し異様な光景に見えた。
「……どうしたの? まだ何か?」
「あなたが最後に言っていたあの言葉……守れなかったってどういう事ですか?」
 黄泉川さんは少し目線を泳がせると、ガラス越しに顔を近づけてきた。
「約束守るって約束してくれる?」
「約束によります」
「……サエは、親から虐待を受けてるんだ」
 僕は想像もしてなかった事実に、一瞬凍りついてしまう。
「それは、警察には?」
「言ってない。最終的にはあいつみたいに殺すつもりだったから」
「賽ちゃんから聞いたんですか?」
「あの子は優しいから言わないよ。あんなゴミみたいな奴でも、あの子は庇ってしまう」
「じゃあ、何で……」
「あのね、分かるんだよ。あの子の体に触った時、一度だけ、あの子が痛そうな顔をした事があったんだ。あの時には、あの子は苛められている事を隠さなくなっていた。それなのに、あの子は必死に取り繕っていた。だとしたら、考えられるのは一つだけだった」
 そうだろうな……きっとあの子にとっては、どんなに酷い事をされても、家族なんだろうな……。
「……分かりました。それでお願いとは?」
「あの子を保護して欲しい。養護施設でも、あなた達の所でもいい。とにかく、守ってあげて欲しい……」
 黄泉川さんは元通り席に座ると、手で顔を覆い、喋らなくなってしまった。その肩は、小さく震えていた。
「分かりました。約束します」
 僕は立ち上がり、留置所を後にした。約束を果たそう。彼女達の心がそれで少しでも晴れてくれるなら、安い物だ。

 その後、賽ちゃんは養護施設に入る事になった。時々僕たちが様子を見に出向くようにしている。木之路さんも時々見に行ってくれているようだ。
 賽ちゃんが大きくなった時、黄泉川さんに会えたらいいな……。
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