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2巻
2-2
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❖ ◇ ❖
俺――フィル・クレイトンは、巻き戻る前と同じタイミングで騎士団へ入ることにした。
もう十三歳だし、さすがに従者生活は飽きた。いい加減、レイの護衛として認められたかったから。
もっと早く入団することもできたが……そうすると、騎士団の同期のメンツも変わっちまう。
逆行する前と人間関係を変えて、イレギュラーな事態を起こしたくない。そういう事情もあって、あえてこの時期を選んだんだ。
だから当然、かつての俺が『悪女マグノリア』を憎んでいた一番の理由――あいつによって、人生を狂わされてしまった騎士団所属の友人、カイリとも顔を合わせることになった。
騎士団の入団試験から一か月が過ぎた頃。
俺は一番の成績で試験に合格し、入団式の日を迎えていた。
これでようやくスタートラインだ。これからは宿舎に泊まり、同期や先輩騎士と共に訓練に勤しむことになる。
入団式では団長の訓示を聞くんだよな。団長が到着するまで、俺たち訓練生は外で待機だ。
時を遡る前のことを思い出していると、後ろから軽く肩を叩かれた。
「よっ、入団試験でトップだったやつだろ? ……って、あれ? お前……」
振り向くと、カイリが手を挙げて固まっていた。
「……よ。あの時は世話になったな」
しばらく前、マグノリアとロッティが何者かによって攫われた。行方を追う際、下町で暮らしていたカイリと愛犬の力を借りたのだ。
その話を持ち出すと、カイリは目を丸くしてあんぐりと口を開けた。
「おー! こんな偶然ってあるんだな!? いや、試験の時からどっかで見た顔だな……とは思ってたんだけど、まさかお前だったとは! ……えーっと、名前なんだっけ?」
「フィルだ。フィル・クレイトン」
「フィルな……覚えてるだろうけど、俺はカイリだ。改めてよろしくな!」
青い髪を掻き上げ、カイリがこちらに手を差し出す。俺はそれに応え、握手を交わした。
「てか、あの時お前と一緒にいたのって、王太子殿下だったんだな? さっき騎士団長と話してるとこ見かけてさ、びっくりしたぞ」
「レイ……殿下とは幼なじみなんだよ。俺はあいつの従者なんだけど、専属の護衛騎士になりてえんだ」
「へえ! そりゃ大層なもんだなあ! でもお前の腕ならいけそうだよな!」
カイリが手を叩くが、これは逆行前の経験があってこそだ。
俺の剣技はもともと自己流だった。形にすらなっていないような、ひどい剣さばき……思い出すのも恥ずかしいくらいだ。
騎士団で団長にしごかれたおかげで、王太子の護衛騎士に任ぜられるほどの力をつけたんだ。
巻き戻る前は、入団試験をトップの成績で通過するなんて夢のまた夢だったしな。
「サンキュ」
礼を言うと、カイリはニカッと歯を見せて笑った。
その笑顔に、懐かしさと切なさを覚える。
『悪女マグノリア』にはめられたカイリを助けられなかった悔しさは、逆行した今でも鮮明に思い出せる。俺にできることはなかったのかと、ずっと考えてきた。
もともと、カイリとはとても馬が合った。俺はキッチリするのとか苦手だったから、上手く手を抜いて器用に世渡りするこいつとは気楽に付き合えた。
いろいろと一緒に悪さもしたんだよな……作戦を練って、くだらないイタズラを仕掛けたっけ。
訓練生をしごくのが趣味の嫌な教官の剣を玩具とすり替えてやったりとか、同期をいじめた先輩騎士を模擬戦で叩きのめしたりとか……
今考えたらめちゃくちゃなことばっかりやってたけど、どれもいい思い出だ。カイリとは悪友でもあり、親友だった。
またこの笑顔が見られたんだ。今度こそ絶対にカイリを破滅なんてさせねえ。
まあ、心配せずとも今のマグノリアならこいつをはめるような真似はしないだろう。このままあいつの『悪女化の芽』を摘み続けていれば、同時にカイリも救われるはずだ。
……なあ、そうだろ? カイリ。
「カイリはなんで騎士団に入ろうと思ったんだ? 下町からずいぶん這い上がったな」
本当はカイリの入団理由は知っている。逆行前のこいつから直接聞いたからな。
ただ、俺がこの先ポロッと口にする可能性がある。「なんで話してないのに、俺の入団動機を知ってるんだ?」なんて聞かれたら厄介だ。早いとこ、ある程度の事情を聞いちまおう。
「あ、気になるか? へへ、まあ単純な話だ。女だよ、女」
「女?」
案の定、以前聞いた時と同じ経緯みたいだ。
俺があえて尋ね返すと、カイリは鼻の下を指でこする。
「実はさ、城下町で暮らしてる女の子に恋しちゃったんだ。下町で燻ぶってたら一生相手にしてもらえないだろ? だから騎士団に入って振り向いてもらおうと思ってさ……引いたか?」
「ま、高尚な理由持ってるやつばっかじゃねえだろ。別に引かねえよ……よく合格したな」
わざとらしくならないように答えながら、話の続きを待つ。俺の記憶が正しければ、こいつはある裏技で入団試験を突破したはずだ。
カイリが周りを見回し、こそっと耳打ちしてくる。
「へへ。誰にも言うなよ。ちっとばかし、試験官に金を握らせたんだ」
「おい」
やっぱり……カイリは下町で稼いだ貯金を使い、騎士団に不正入団したのだ。
試験官の中に買収できるやつがいたのは、こいつにとってこのうえない幸運だっただろう。後にその試験官は別件での汚職がバレ、退団させられることになるのだが。
『人生を変えるためには、どんな汚い手段でも使うしかなかった』
時が巻き戻る前のカイリは、よくそう口にしていた。
確かに入団方法は褒められたものではない。しかしカイリは騎士団へ入ったあと、人一倍努力して力を身につけた。
最初こそ「なんだこいつ」といい感情を持っていなかった俺も、実際に研鑽を積んでいるのを見て、だんだん認めざるを得なくなった。
ちなみに、まだ先の話になるが……カイリは将来、念願叶って恋した女と結婚の約束をすることになる。
俺はカイリと適当に雑談し、時間を潰すことにした。
不意に、周りで駄弁っていた騎士たちに緊張が走る。それに気付き、俺とカイリは会話を途中で切り上げた。
皆がビシッと姿勢を正して整列する。俺たちもそれに倣い、まっすぐに前を見た。
視線の先には騎士団長――アレクシスがいた。
ダークブラウンの髪を逆立て、相変わらず眉根を寄せている。凛々しい顔つきは、厳しさを匂わせる。ああ、記憶の中と変わりない姿だ。
かつて、俺が「レイ専属の護衛騎士になりたい」と言った時、周りのやつは「無理だ」と馬鹿にするばかりだった。
でも団長だけは真剣に聞いてくれた。一度だって無理だと決めつけたりしなかった。
俺に正しい剣術を教え、何度も何度も個人的に稽古を付けてくれた。
少し厳しかったけど、目標を叶えるために支えてくれた恩人だ。
俺は、団長には一生頭が上がらねえ。
そもそも俺が逆行することになったのは、女神とやらが『悪女マグノリア』が断罪されるきっかけ……ロッティの毒殺未遂事件において、団長が虚偽の証言をしていると言ってきたからだ。俺はその疑惑を払拭するべく、こうしてやってきた。
団長は『悪女マグノリア』がロッティのワイングラスに毒を入れたところを見たという……つまり、重要な目撃者の一人だ。ところが、女神はそれが嘘だと言い切った。
きっと何かの間違いだ。団長はそんなことをする人じゃない。
万が一、女神の指摘が事実だとしても、故意に嘘を言うはずがない。もしかしたら、別の誰かとあの悪女を見間違えた可能性だって……!
自然と拳に力が入る。
「今日からお前たちはカルヴァンセイル国を守護する騎士の一員だ。国を守り、民を守れ。騎士たるもの、卑劣を許してはならない。各々、立派な騎士道精神を持て!」
団長の激励に、俺たちは大声で「はい!」と応えた。
入団式が終わると、すぐに訓練が始まった。
基本の体力向上トレーニングから剣の素振り、模擬戦闘と、初っ端からハードだ。
巻き戻ってから結構時間が経っている。個人練習こそしていたが、身体は鈍っていた。
努力して身につけた体力と筋肉がすべて無に帰している……虚しくて、心が折れそうだ。
俺がヘトヘトになった頃、初日の訓練が終わった。カイリと一緒に宿舎へ帰ろうとしたのだが――
「フィル・クレイトン、少しいいか」
意外なことに、団長に声をかけられた。
「? はい」
カイリに目配せする。あいつは軽く頷き、一足先に宿舎の方へ消えていった。
姿が見えなくなると、団長が口を開く。
「こうして話すのは初めてだな」
俺はレイの従者として共に行動していたから、団長と顔を合わせる機会も何度かあった。
ただ会話をしたことはない。逆行してから今の今まで、互いに顔見知り程度の間柄だ。
「王太子殿下の従者が入団試験で一位を取るとは。なかなかやるじゃないか」
おお! 団長、なかなか褒めてくれないタイプなのに。称賛されて、こそばゆい気持ちになりながら頭を下げる。
「お褒めにあずかり、光栄です」
「何、そう硬くならなくていい。ただお前の剣筋が俺に似ていたもんでな。ちょっと気になったんだ」
「それは……」
そりゃ、団長直伝だからな。剣筋が似ているどころか本人と一緒だ。喉まで出かかった言葉をなんとか呑み込み、適当に笑っておく。
「自己流ではないだろう。剣術は誰から学んだ?」
予期していなかった質問に、口の端が思い切り引きつった。
げ。そう来るか……やべえ、なんて答えたらいいんだ?
確かに自分の剣筋とそっくりだったら気にもなるよな。そんなこと全然考えてなかった。くそ、アホか俺。
団長を納得させられる答えが浮かばず、微妙な沈黙が下りる。
必死に言い訳を考えるも、もともと頭が回る方じゃない。これ以上黙っていると、不審に思われそうだ。
「……あなたです」
「え?」
「俺はずっとアレクシス団長に憧れていましたから。団長の剣さばきを観察して、真似してたんです」
結局、馬鹿正直に答えるしかなかった。
……嘘は言ってねえぞ、嘘は。逆行する前に団長の剣さばきは嫌というほど見たし、尊敬してるのも事実だ。
観察しただけでこうも剣筋が似るか? という突っ込みはしないでほしい。そこを突かれたらごまかしきれる気がしない。
「そうだったか……いや、嬉しい話だな。自主的に剣の練習をしていたと言うなら、お前はもともと騎士を目指していたのか?」
俺の願いが届いたのか、なんとか団長を納得させられたみたいだ。
「はい。俺はレイ――王太子殿下の専属護衛騎士になりたいんです」
「そうか、王太子殿下の……簡単なことではないが、お前の腕なら叶うだろう。日々の訓練を怠るなよ」
「はい。ありがとうございます」
時が巻き戻る前に俺が同じことを言った時は、「その目標が本気なら人一倍……いや、百倍努力しろ」と返された。
それが今や、あっさり受け入れられるとは。
今までの努力を認めてもらえて嬉しいような……でも少し寂しいような、複雑な気持ちになる。
「話はそれだけだ。戻っていいぞ」
団長に頭を下げて、宿舎へ向かう。
「気に入られたなあ、フィル」
しばらく歩いたところで、背後からカイリの声が聞こえてきた。
ガバッと俺の肩に腕を回してのしかかり、隣に並んでくる。
「……なんだよ、宿舎に行ったんじゃねえのか?」
どうやら話を盗み聞きしていたようだ。こういう要領がいいところがこいつらしいが。
「未来のエース候補筆頭だな、こりゃ。仲良くしておいた方がよさそうだなあ!」
「そういうの面と向かって言うか? 普通。お前にいいように使われるつもりはねえぞ」
「冗談だって、冗談! 殿下の護衛騎士になった暁には、俺の出世を口添えしてくれるだけでいいからよ!」
「ばーか」
なんてことのない軽口の叩き合いが、心地いい。
……カイリとも、団長とも、ずっとこうして付き合えますように。二人ともただ平和に過ごしてくれたらいい。
そう願いながら、俺はカイリを肘で小突いた。
❖ ◇ ❖
しばらく忙しない日々が続いていた。
最近は貴族会議や国内で開催される行事への参加など、王太子としての公務が増えた。
父上の代理として駆り出されることも多く、次期国王としての期待が高まっているのを肌で感じる。
フィルはまだ訓練生の身でありながら、抜きん出た実力で騎士団の中で一目置かれているようだ。私の護衛騎士になるのだから、認められるのは当然だが。
私たちが忙しくなるのと比例して、マグノリアと会う時間は減る一方だった。
イライザの登場で出現した『悪女化の芽』以来、マグノリアのペンダントには新たな葉が芽吹いていない。
ただ、彼女への嫌がらせそのものがやんだわけではない。それが『悪女化の芽』と認識されなくなったようだ。
おそらく……マグノリア自身が、長年にわたって何者かから悪意を向けられていると知ったことが原因だろう。フィルによれば、彼女は嫌がらせを受けていることを知らされた際、明るく微笑んでみせたそうだ。
いまだに続く悪意に満ちた攻撃に、不安があるだろうに……彼女は、自分の力で乗り越えた。
つまり、私が思うよりもマグノリアは強かった。
今後芽吹く『悪女化の芽』は、これまで以上に一筋縄ではいかないものになるはずだ。
業務を切り上げた昼下がり。私はキャリントン伯爵家を訪ねた。
屋敷に着くと、ちょうどマグノリア付きのメイド……メアが玄関前に出ていた。
何やら大きめの箱を抱えている。
「メア、大丈夫か?」
「えっ? あっ、王太子殿下……!」
近づいて声をかけると、メアは慌ててこちらにお辞儀をした。そのせいで手を滑らせ、箱を取り落としてしまう。
バサバサと音を立て、箱の中身――手紙が地面に散らばった。
「すまない……運ぶのを手伝おうと思ったのだが、裏目に出たな」
「いえいえ! 私が驚いて落としてしまっただけですので」
私とメアはしゃがんで手紙を拾っていく。見るつもりはまったくなかったが……宛名が目に入ってしまった。
ほとんどの手紙はマグノリア宛だ。差出人にご令嬢方の名前が書かれていることから推察するに、おそらく茶会の誘いか。
キャリントン伯爵が静養していたため、マグノリアは他の貴族家と交流する機会が無に等しかった。
しかし先日、私の婚約者候補としてロッティと共に選ばれたことが公にされた。伯爵も快復したことで、今がチャンスだと一斉に各所から連絡がきたのだろう。
勝敗に関係なく、国王からじきじきに婚約者候補として指名された箔付けは大きい。
候補として名が出てからというもの、情報は瞬く間に拡散された。最近では城内でもマグノリアの名前を耳にする。
たいていは、マグノリアの容姿や婚約者争いの勝敗を気にする者ばかりだったが……マグノリアを見かけたらしい兵士が『明るくてとても可愛らしいお方だ』と、妙に頬を赤くして話しているのを目撃したこともある。
「……」
ぐしゃっという音がして、我に返った。
いけない。無意識に手紙を握り潰してしまった。同じく手紙を拾っていたメアが、私を見て唖然としている。
「すまない……手に力が入りすぎた」
……なぜ、私はこんなことを?
マグノリアを褒める兵士の姿を思い出し、怒りを覚えた。仮にも王太子の婚約者候補に対して下心を覗かせるなど、不届き者には違いないが……
メアは微笑ましいものでも見たかのように、柔らかい眼差しでふふっと笑った。
「ご心配なさらずとも、お嬢様はすべての誘いをお断りしておりますよ。殿下とお会いする時間が減ることはないかと」
私の様子を、メアはマグノリアと会いにくくなることを懸念していると解釈したらしい。
「ん……そ、そうか」
変に否定してもこじれそうだ。曖昧に返事をしておく。
「お嬢様はあまり勉強が得意ではないのですが、毎日懸命に机に向かっていらっしゃいます。『絶対にロッティ様に勝つのよ!』っておっしゃっているんですよ。殿下の婚約者になるために……愛の力って素晴らしいですね」
「……」
愛の力……などではまったくない。マグノリアが努力してくれているのは、私に対する愛情ではなく友情のためだ。
信頼しているメアにさえ、マグノリアは私との取り決めを伝えていないのか……きっと話せないんだろう。
婚約者の権利を勝ち取って放棄するつもりだなんて知ったら、主思いのメアは大反対するに違いない。
マグノリアが私との結婚を望んでいるなんて……多くの人に誤解されている現状を、申し訳なく思う。
すべてが終わったら、彼女の名誉回復に努めよう。もちろん、キャリントン伯爵家が不利益を被ることのないように配慮しなければ。
「手紙を拾ってくださり、ありがとうございました。お嬢様は庭園にいらっしゃいますよ」
手紙を箱の中に戻すと、メアは会釈し屋敷の中へ入っていった。
騙している罪悪感を抱きつつ、庭園を目指す。
花の匂いが風に乗ってふわりと香った。この香りを嗅ぐたびに、笑顔のマグノリアが脳裏に浮かぶ。
しばらくすると、パチン、パチンという音が聞こえてきた。これまでの付き合いで聞きなれた、花々を剪定する音だ。
視線をやると、予想通りマグノリアの姿を見つけた。私は後ろから声をかける。
「マグノリア」
「レイ!」
マグノリアは花の手入れを止めて振り向く。先ほど思い浮かべた通りの笑みを浮かべ、こちらを歓迎する。
つい頬が緩んだ。
「いらっしゃい……あら、今日は一人?」
いつもはフィルを伴って伯爵家を訪ねる。その姿が見えないことに、マグノリアはすぐに気付いたようだ。
「フィルは先日から騎士団へ入ったからな。しばらく忙しいと思う」
「へえ……本当に入団したのね」
あらかじめ、マグノリアにはフィルが騎士団入りすることを伝えていた。
しかし、普段のあいつの適当さを知っているため、半信半疑だったようだ。
「まあ、フィルは正義感が強いものね。正義感は」
「マグノリアの言いたいこともわかるが……一応フィルは真面目にやっているぞ」
フィルに騎士が務まるのかと懐疑的なマグノリアに、軽くフォローを入れておく。
「ふふ、冗談よ」
マグノリアは笑ってみせたが、まだ疑いを持っていることは目を見ればわかる。
日頃の行いのせいだ。フィルの自業自得だな。
「ところで、マグノリア。さっきメアから聞いたが、勉学に励んでいるそうだな」
「ああ……そうね。婚約者争いではアピールだけでなく、教養やマナーも審査されるでしょう? 少しでもロッティ様との差を埋めたくて」
私の我儘のせいでマグノリアに負担をかけている……どうしようもなく、心が痛んだ。
そんな後ろめたさを見抜いたのだろう。マグノリアは明るく声を上げる。
「大丈夫よ、レイ! 私がレイの政略結婚は絶対に阻止するわ! 友人代表として、全力で頑張るからね!」
自らの胸を叩き、マグノリアは任せて! と強調した。
なぜか複雑な気分になり、私は曖昧に笑みを返す。
友人代表、という言葉がやけに重くのしかかった。紛うことなき事実であるというのに、私は何を不満に思っているんだ……?
一体、彼女にどんな答えを求めていたんだろう。自分でも訳がわからない。
頭を振り、雑念を振り払う。
……思考をクリアにしたら、マグノリアの目の下にうっすらと隈の痕があることに気付いた。
私のためにどれだけの努力を……明るく振る舞って疲労を隠すマグノリアに、石を詰め込まれたように胸のあたりが重くなる。
俺――フィル・クレイトンは、巻き戻る前と同じタイミングで騎士団へ入ることにした。
もう十三歳だし、さすがに従者生活は飽きた。いい加減、レイの護衛として認められたかったから。
もっと早く入団することもできたが……そうすると、騎士団の同期のメンツも変わっちまう。
逆行する前と人間関係を変えて、イレギュラーな事態を起こしたくない。そういう事情もあって、あえてこの時期を選んだんだ。
だから当然、かつての俺が『悪女マグノリア』を憎んでいた一番の理由――あいつによって、人生を狂わされてしまった騎士団所属の友人、カイリとも顔を合わせることになった。
騎士団の入団試験から一か月が過ぎた頃。
俺は一番の成績で試験に合格し、入団式の日を迎えていた。
これでようやくスタートラインだ。これからは宿舎に泊まり、同期や先輩騎士と共に訓練に勤しむことになる。
入団式では団長の訓示を聞くんだよな。団長が到着するまで、俺たち訓練生は外で待機だ。
時を遡る前のことを思い出していると、後ろから軽く肩を叩かれた。
「よっ、入団試験でトップだったやつだろ? ……って、あれ? お前……」
振り向くと、カイリが手を挙げて固まっていた。
「……よ。あの時は世話になったな」
しばらく前、マグノリアとロッティが何者かによって攫われた。行方を追う際、下町で暮らしていたカイリと愛犬の力を借りたのだ。
その話を持ち出すと、カイリは目を丸くしてあんぐりと口を開けた。
「おー! こんな偶然ってあるんだな!? いや、試験の時からどっかで見た顔だな……とは思ってたんだけど、まさかお前だったとは! ……えーっと、名前なんだっけ?」
「フィルだ。フィル・クレイトン」
「フィルな……覚えてるだろうけど、俺はカイリだ。改めてよろしくな!」
青い髪を掻き上げ、カイリがこちらに手を差し出す。俺はそれに応え、握手を交わした。
「てか、あの時お前と一緒にいたのって、王太子殿下だったんだな? さっき騎士団長と話してるとこ見かけてさ、びっくりしたぞ」
「レイ……殿下とは幼なじみなんだよ。俺はあいつの従者なんだけど、専属の護衛騎士になりてえんだ」
「へえ! そりゃ大層なもんだなあ! でもお前の腕ならいけそうだよな!」
カイリが手を叩くが、これは逆行前の経験があってこそだ。
俺の剣技はもともと自己流だった。形にすらなっていないような、ひどい剣さばき……思い出すのも恥ずかしいくらいだ。
騎士団で団長にしごかれたおかげで、王太子の護衛騎士に任ぜられるほどの力をつけたんだ。
巻き戻る前は、入団試験をトップの成績で通過するなんて夢のまた夢だったしな。
「サンキュ」
礼を言うと、カイリはニカッと歯を見せて笑った。
その笑顔に、懐かしさと切なさを覚える。
『悪女マグノリア』にはめられたカイリを助けられなかった悔しさは、逆行した今でも鮮明に思い出せる。俺にできることはなかったのかと、ずっと考えてきた。
もともと、カイリとはとても馬が合った。俺はキッチリするのとか苦手だったから、上手く手を抜いて器用に世渡りするこいつとは気楽に付き合えた。
いろいろと一緒に悪さもしたんだよな……作戦を練って、くだらないイタズラを仕掛けたっけ。
訓練生をしごくのが趣味の嫌な教官の剣を玩具とすり替えてやったりとか、同期をいじめた先輩騎士を模擬戦で叩きのめしたりとか……
今考えたらめちゃくちゃなことばっかりやってたけど、どれもいい思い出だ。カイリとは悪友でもあり、親友だった。
またこの笑顔が見られたんだ。今度こそ絶対にカイリを破滅なんてさせねえ。
まあ、心配せずとも今のマグノリアならこいつをはめるような真似はしないだろう。このままあいつの『悪女化の芽』を摘み続けていれば、同時にカイリも救われるはずだ。
……なあ、そうだろ? カイリ。
「カイリはなんで騎士団に入ろうと思ったんだ? 下町からずいぶん這い上がったな」
本当はカイリの入団理由は知っている。逆行前のこいつから直接聞いたからな。
ただ、俺がこの先ポロッと口にする可能性がある。「なんで話してないのに、俺の入団動機を知ってるんだ?」なんて聞かれたら厄介だ。早いとこ、ある程度の事情を聞いちまおう。
「あ、気になるか? へへ、まあ単純な話だ。女だよ、女」
「女?」
案の定、以前聞いた時と同じ経緯みたいだ。
俺があえて尋ね返すと、カイリは鼻の下を指でこする。
「実はさ、城下町で暮らしてる女の子に恋しちゃったんだ。下町で燻ぶってたら一生相手にしてもらえないだろ? だから騎士団に入って振り向いてもらおうと思ってさ……引いたか?」
「ま、高尚な理由持ってるやつばっかじゃねえだろ。別に引かねえよ……よく合格したな」
わざとらしくならないように答えながら、話の続きを待つ。俺の記憶が正しければ、こいつはある裏技で入団試験を突破したはずだ。
カイリが周りを見回し、こそっと耳打ちしてくる。
「へへ。誰にも言うなよ。ちっとばかし、試験官に金を握らせたんだ」
「おい」
やっぱり……カイリは下町で稼いだ貯金を使い、騎士団に不正入団したのだ。
試験官の中に買収できるやつがいたのは、こいつにとってこのうえない幸運だっただろう。後にその試験官は別件での汚職がバレ、退団させられることになるのだが。
『人生を変えるためには、どんな汚い手段でも使うしかなかった』
時が巻き戻る前のカイリは、よくそう口にしていた。
確かに入団方法は褒められたものではない。しかしカイリは騎士団へ入ったあと、人一倍努力して力を身につけた。
最初こそ「なんだこいつ」といい感情を持っていなかった俺も、実際に研鑽を積んでいるのを見て、だんだん認めざるを得なくなった。
ちなみに、まだ先の話になるが……カイリは将来、念願叶って恋した女と結婚の約束をすることになる。
俺はカイリと適当に雑談し、時間を潰すことにした。
不意に、周りで駄弁っていた騎士たちに緊張が走る。それに気付き、俺とカイリは会話を途中で切り上げた。
皆がビシッと姿勢を正して整列する。俺たちもそれに倣い、まっすぐに前を見た。
視線の先には騎士団長――アレクシスがいた。
ダークブラウンの髪を逆立て、相変わらず眉根を寄せている。凛々しい顔つきは、厳しさを匂わせる。ああ、記憶の中と変わりない姿だ。
かつて、俺が「レイ専属の護衛騎士になりたい」と言った時、周りのやつは「無理だ」と馬鹿にするばかりだった。
でも団長だけは真剣に聞いてくれた。一度だって無理だと決めつけたりしなかった。
俺に正しい剣術を教え、何度も何度も個人的に稽古を付けてくれた。
少し厳しかったけど、目標を叶えるために支えてくれた恩人だ。
俺は、団長には一生頭が上がらねえ。
そもそも俺が逆行することになったのは、女神とやらが『悪女マグノリア』が断罪されるきっかけ……ロッティの毒殺未遂事件において、団長が虚偽の証言をしていると言ってきたからだ。俺はその疑惑を払拭するべく、こうしてやってきた。
団長は『悪女マグノリア』がロッティのワイングラスに毒を入れたところを見たという……つまり、重要な目撃者の一人だ。ところが、女神はそれが嘘だと言い切った。
きっと何かの間違いだ。団長はそんなことをする人じゃない。
万が一、女神の指摘が事実だとしても、故意に嘘を言うはずがない。もしかしたら、別の誰かとあの悪女を見間違えた可能性だって……!
自然と拳に力が入る。
「今日からお前たちはカルヴァンセイル国を守護する騎士の一員だ。国を守り、民を守れ。騎士たるもの、卑劣を許してはならない。各々、立派な騎士道精神を持て!」
団長の激励に、俺たちは大声で「はい!」と応えた。
入団式が終わると、すぐに訓練が始まった。
基本の体力向上トレーニングから剣の素振り、模擬戦闘と、初っ端からハードだ。
巻き戻ってから結構時間が経っている。個人練習こそしていたが、身体は鈍っていた。
努力して身につけた体力と筋肉がすべて無に帰している……虚しくて、心が折れそうだ。
俺がヘトヘトになった頃、初日の訓練が終わった。カイリと一緒に宿舎へ帰ろうとしたのだが――
「フィル・クレイトン、少しいいか」
意外なことに、団長に声をかけられた。
「? はい」
カイリに目配せする。あいつは軽く頷き、一足先に宿舎の方へ消えていった。
姿が見えなくなると、団長が口を開く。
「こうして話すのは初めてだな」
俺はレイの従者として共に行動していたから、団長と顔を合わせる機会も何度かあった。
ただ会話をしたことはない。逆行してから今の今まで、互いに顔見知り程度の間柄だ。
「王太子殿下の従者が入団試験で一位を取るとは。なかなかやるじゃないか」
おお! 団長、なかなか褒めてくれないタイプなのに。称賛されて、こそばゆい気持ちになりながら頭を下げる。
「お褒めにあずかり、光栄です」
「何、そう硬くならなくていい。ただお前の剣筋が俺に似ていたもんでな。ちょっと気になったんだ」
「それは……」
そりゃ、団長直伝だからな。剣筋が似ているどころか本人と一緒だ。喉まで出かかった言葉をなんとか呑み込み、適当に笑っておく。
「自己流ではないだろう。剣術は誰から学んだ?」
予期していなかった質問に、口の端が思い切り引きつった。
げ。そう来るか……やべえ、なんて答えたらいいんだ?
確かに自分の剣筋とそっくりだったら気にもなるよな。そんなこと全然考えてなかった。くそ、アホか俺。
団長を納得させられる答えが浮かばず、微妙な沈黙が下りる。
必死に言い訳を考えるも、もともと頭が回る方じゃない。これ以上黙っていると、不審に思われそうだ。
「……あなたです」
「え?」
「俺はずっとアレクシス団長に憧れていましたから。団長の剣さばきを観察して、真似してたんです」
結局、馬鹿正直に答えるしかなかった。
……嘘は言ってねえぞ、嘘は。逆行する前に団長の剣さばきは嫌というほど見たし、尊敬してるのも事実だ。
観察しただけでこうも剣筋が似るか? という突っ込みはしないでほしい。そこを突かれたらごまかしきれる気がしない。
「そうだったか……いや、嬉しい話だな。自主的に剣の練習をしていたと言うなら、お前はもともと騎士を目指していたのか?」
俺の願いが届いたのか、なんとか団長を納得させられたみたいだ。
「はい。俺はレイ――王太子殿下の専属護衛騎士になりたいんです」
「そうか、王太子殿下の……簡単なことではないが、お前の腕なら叶うだろう。日々の訓練を怠るなよ」
「はい。ありがとうございます」
時が巻き戻る前に俺が同じことを言った時は、「その目標が本気なら人一倍……いや、百倍努力しろ」と返された。
それが今や、あっさり受け入れられるとは。
今までの努力を認めてもらえて嬉しいような……でも少し寂しいような、複雑な気持ちになる。
「話はそれだけだ。戻っていいぞ」
団長に頭を下げて、宿舎へ向かう。
「気に入られたなあ、フィル」
しばらく歩いたところで、背後からカイリの声が聞こえてきた。
ガバッと俺の肩に腕を回してのしかかり、隣に並んでくる。
「……なんだよ、宿舎に行ったんじゃねえのか?」
どうやら話を盗み聞きしていたようだ。こういう要領がいいところがこいつらしいが。
「未来のエース候補筆頭だな、こりゃ。仲良くしておいた方がよさそうだなあ!」
「そういうの面と向かって言うか? 普通。お前にいいように使われるつもりはねえぞ」
「冗談だって、冗談! 殿下の護衛騎士になった暁には、俺の出世を口添えしてくれるだけでいいからよ!」
「ばーか」
なんてことのない軽口の叩き合いが、心地いい。
……カイリとも、団長とも、ずっとこうして付き合えますように。二人ともただ平和に過ごしてくれたらいい。
そう願いながら、俺はカイリを肘で小突いた。
❖ ◇ ❖
しばらく忙しない日々が続いていた。
最近は貴族会議や国内で開催される行事への参加など、王太子としての公務が増えた。
父上の代理として駆り出されることも多く、次期国王としての期待が高まっているのを肌で感じる。
フィルはまだ訓練生の身でありながら、抜きん出た実力で騎士団の中で一目置かれているようだ。私の護衛騎士になるのだから、認められるのは当然だが。
私たちが忙しくなるのと比例して、マグノリアと会う時間は減る一方だった。
イライザの登場で出現した『悪女化の芽』以来、マグノリアのペンダントには新たな葉が芽吹いていない。
ただ、彼女への嫌がらせそのものがやんだわけではない。それが『悪女化の芽』と認識されなくなったようだ。
おそらく……マグノリア自身が、長年にわたって何者かから悪意を向けられていると知ったことが原因だろう。フィルによれば、彼女は嫌がらせを受けていることを知らされた際、明るく微笑んでみせたそうだ。
いまだに続く悪意に満ちた攻撃に、不安があるだろうに……彼女は、自分の力で乗り越えた。
つまり、私が思うよりもマグノリアは強かった。
今後芽吹く『悪女化の芽』は、これまで以上に一筋縄ではいかないものになるはずだ。
業務を切り上げた昼下がり。私はキャリントン伯爵家を訪ねた。
屋敷に着くと、ちょうどマグノリア付きのメイド……メアが玄関前に出ていた。
何やら大きめの箱を抱えている。
「メア、大丈夫か?」
「えっ? あっ、王太子殿下……!」
近づいて声をかけると、メアは慌ててこちらにお辞儀をした。そのせいで手を滑らせ、箱を取り落としてしまう。
バサバサと音を立て、箱の中身――手紙が地面に散らばった。
「すまない……運ぶのを手伝おうと思ったのだが、裏目に出たな」
「いえいえ! 私が驚いて落としてしまっただけですので」
私とメアはしゃがんで手紙を拾っていく。見るつもりはまったくなかったが……宛名が目に入ってしまった。
ほとんどの手紙はマグノリア宛だ。差出人にご令嬢方の名前が書かれていることから推察するに、おそらく茶会の誘いか。
キャリントン伯爵が静養していたため、マグノリアは他の貴族家と交流する機会が無に等しかった。
しかし先日、私の婚約者候補としてロッティと共に選ばれたことが公にされた。伯爵も快復したことで、今がチャンスだと一斉に各所から連絡がきたのだろう。
勝敗に関係なく、国王からじきじきに婚約者候補として指名された箔付けは大きい。
候補として名が出てからというもの、情報は瞬く間に拡散された。最近では城内でもマグノリアの名前を耳にする。
たいていは、マグノリアの容姿や婚約者争いの勝敗を気にする者ばかりだったが……マグノリアを見かけたらしい兵士が『明るくてとても可愛らしいお方だ』と、妙に頬を赤くして話しているのを目撃したこともある。
「……」
ぐしゃっという音がして、我に返った。
いけない。無意識に手紙を握り潰してしまった。同じく手紙を拾っていたメアが、私を見て唖然としている。
「すまない……手に力が入りすぎた」
……なぜ、私はこんなことを?
マグノリアを褒める兵士の姿を思い出し、怒りを覚えた。仮にも王太子の婚約者候補に対して下心を覗かせるなど、不届き者には違いないが……
メアは微笑ましいものでも見たかのように、柔らかい眼差しでふふっと笑った。
「ご心配なさらずとも、お嬢様はすべての誘いをお断りしておりますよ。殿下とお会いする時間が減ることはないかと」
私の様子を、メアはマグノリアと会いにくくなることを懸念していると解釈したらしい。
「ん……そ、そうか」
変に否定してもこじれそうだ。曖昧に返事をしておく。
「お嬢様はあまり勉強が得意ではないのですが、毎日懸命に机に向かっていらっしゃいます。『絶対にロッティ様に勝つのよ!』っておっしゃっているんですよ。殿下の婚約者になるために……愛の力って素晴らしいですね」
「……」
愛の力……などではまったくない。マグノリアが努力してくれているのは、私に対する愛情ではなく友情のためだ。
信頼しているメアにさえ、マグノリアは私との取り決めを伝えていないのか……きっと話せないんだろう。
婚約者の権利を勝ち取って放棄するつもりだなんて知ったら、主思いのメアは大反対するに違いない。
マグノリアが私との結婚を望んでいるなんて……多くの人に誤解されている現状を、申し訳なく思う。
すべてが終わったら、彼女の名誉回復に努めよう。もちろん、キャリントン伯爵家が不利益を被ることのないように配慮しなければ。
「手紙を拾ってくださり、ありがとうございました。お嬢様は庭園にいらっしゃいますよ」
手紙を箱の中に戻すと、メアは会釈し屋敷の中へ入っていった。
騙している罪悪感を抱きつつ、庭園を目指す。
花の匂いが風に乗ってふわりと香った。この香りを嗅ぐたびに、笑顔のマグノリアが脳裏に浮かぶ。
しばらくすると、パチン、パチンという音が聞こえてきた。これまでの付き合いで聞きなれた、花々を剪定する音だ。
視線をやると、予想通りマグノリアの姿を見つけた。私は後ろから声をかける。
「マグノリア」
「レイ!」
マグノリアは花の手入れを止めて振り向く。先ほど思い浮かべた通りの笑みを浮かべ、こちらを歓迎する。
つい頬が緩んだ。
「いらっしゃい……あら、今日は一人?」
いつもはフィルを伴って伯爵家を訪ねる。その姿が見えないことに、マグノリアはすぐに気付いたようだ。
「フィルは先日から騎士団へ入ったからな。しばらく忙しいと思う」
「へえ……本当に入団したのね」
あらかじめ、マグノリアにはフィルが騎士団入りすることを伝えていた。
しかし、普段のあいつの適当さを知っているため、半信半疑だったようだ。
「まあ、フィルは正義感が強いものね。正義感は」
「マグノリアの言いたいこともわかるが……一応フィルは真面目にやっているぞ」
フィルに騎士が務まるのかと懐疑的なマグノリアに、軽くフォローを入れておく。
「ふふ、冗談よ」
マグノリアは笑ってみせたが、まだ疑いを持っていることは目を見ればわかる。
日頃の行いのせいだ。フィルの自業自得だな。
「ところで、マグノリア。さっきメアから聞いたが、勉学に励んでいるそうだな」
「ああ……そうね。婚約者争いではアピールだけでなく、教養やマナーも審査されるでしょう? 少しでもロッティ様との差を埋めたくて」
私の我儘のせいでマグノリアに負担をかけている……どうしようもなく、心が痛んだ。
そんな後ろめたさを見抜いたのだろう。マグノリアは明るく声を上げる。
「大丈夫よ、レイ! 私がレイの政略結婚は絶対に阻止するわ! 友人代表として、全力で頑張るからね!」
自らの胸を叩き、マグノリアは任せて! と強調した。
なぜか複雑な気分になり、私は曖昧に笑みを返す。
友人代表、という言葉がやけに重くのしかかった。紛うことなき事実であるというのに、私は何を不満に思っているんだ……?
一体、彼女にどんな答えを求めていたんだろう。自分でも訳がわからない。
頭を振り、雑念を振り払う。
……思考をクリアにしたら、マグノリアの目の下にうっすらと隈の痕があることに気付いた。
私のためにどれだけの努力を……明るく振る舞って疲労を隠すマグノリアに、石を詰め込まれたように胸のあたりが重くなる。
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