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27話 対面
しおりを挟む「出て来なよ、綾瀬恭平」
少しだけ声が震えた。
カチャンと扉が開き、表情を強ばらせた綾瀬恭平が出て来た。伏し目がちな彼の瞳には後悔と恐怖の色が濃く滲んでいる。
ずっと知りたかった告解室の彼の正体を、こんな形で知りたくなかった。……空気が、重い。
私は手を振り上げ、綾瀬恭平の頬に向かって平手打ちをしようとする。逃げずに歯を噛み締めて受けようとする綾瀬恭平の頬の手前で、ぴたりと止めた。
「アンタに私の大切な手を使う価値はない」
突き放すように言えば、綾瀬恭平は一瞬目を開いて、唇を引き締めながら俯いた。
「……なんて、うそ。別に責める気ない」
私の言葉に、綾瀬恭平は驚いて顔を上げる。何を言っている? と、少し怪訝な顔をして。
本当は少し殴りたい気持ちもあったけど、彼は加害者ではない。……この人も、私と同じ四年前の呪縛に囚われている。
「けど、……複雑だね。四年前の新しい事実を聞いて、私もすぐに整理つかない。アンタになんて声をかけたらいいのかも、正直わかってない」
綾瀬恭平は私を嵌める計画のことを偶然にも知ってしまった。あの時止めてくれてたら……って思う気持ちも当然ある。でも、彼を詰りたいと、今私は思っていない。
「あのフェイク動画を拡散した奴らが絶対悪いし、アンタは脅されてた。フェイク動画が流されることを知ってたとはいえ、当時のアンタに助けろって求めるのは酷だと思う」
「……」
「庇うわけじゃないけど、私がアンタの立場でも、多分何にもしなかったよ。ピアノを捨てて誰かを守るなんて……私もできない」
今まで積み上げてきたモノを手放したくなかった、ピアニスト人生を潰したくなかった。綾瀬恭平はそのプライドだけで計画を止められなかったんじゃない。
彼だって、ピアノへの愛は確かにある。彼との連弾を通して感じた想いは、絶対に間違っていない。
だから、私が彼を責めることはない。
綾瀬恭平は私の顔を見るのが怖いのか、まだ俯いたままだ。
「でも、僕は君がいなくなることに一瞬でも魅力を感じたのも確かなんだ」
「それで、罪悪感から逃れたくて私がまたピアノを弾けるようにしたいってわけなの。……自分勝手だね」
「そうだね……それもある」
「それも?」
尋ねるが、綾瀬恭平から答えは返ってこない。懺悔では語りきれなかった何かが、まだあるというのか。
「まだ何か隠してる?」
「隠してるわけじゃなくて、今言うべきことじゃないんだ」
「悪いこと?」
「どうだろう……君次第だと思う。でもこれは必ず言うから、今は聞かないで欲しい」
そう話す今の彼は、普段告解室で話していた時とは違い、はぐらかすようなことはしないだろう。
必ず話すというのだから、無理に聞くことはやめておいた。
……それにしても今の綾瀬恭平は、告解室で会話していた時と、連弾していた時とはまた違った人物に見える。一体どちらが本当の彼なんだろう。
「ねえ。告解室のアンタと綾瀬恭平、どっちが本当の性格なの?」
「……どっちも違う。告解室では君が話しやすいように明るく繕っていたし、顔を合わせている時は声でバレないようになるべく小さな声で喋っていたから」
「……器用だね。じゃあ今のアンタは、私の知らない綾瀬恭平なんだ」
「君に正体を明かすまでバレたくなかったんだ。……騙していてごめん。でも、君と今まで話したことに偽りはない」
そこだけは信じて欲しいと、綾瀬恭平は私の目を見て言った。告解室を出てから初めて目が合った。
よほど私に誤解されたくないのは伝わってくる。あえて見定めるような視線を送っても彼は逸らさなかったので、根負けして私の方が先に逸らした。
それを信用されてないと受け取ったのかもしれない。綾瀬恭平は僅かに半歩下がり、私と距離を取る。
「杏梨。明日の本選、来て欲しい。必ず」
「……私に弾けっていうの?」
「いや、そこまでは求めない。……ただ、来てくれたらそれでいい」
「……」
簡単に返事などできない。「考えとく」、一言だけ残して、私は綾瀬恭平に背を向けた。
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