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25話 告白
しおりを挟む予選二日目も終わり、ついに明日は本選を迎える。一ヶ月礼拝堂に通う罰も明日で終わりだ。いつも通り、告解室で彼と話す。
「杏梨、いよいよ明日だね」
「そうだね」
「出るの? 本選」
「わからない。正直……弾ける自信全くない」
明日自分がホールで、大勢の観客の視線を浴びながら演奏する。……軽く想像しただけでも、少し手が震えてる。
私の不安を察したのか、壁の向こうからコツコツと優しくノックされる。
「そんなにプレッシャー感じないで。もし明日弾けなくても、いつか君のピアノが聞ける日を僕は待ってるよ、ずっと」
「……って言っても、明日で私の罰は終わりじゃん。そしたらさ……アンタもうここに来ないの?」
「だって杏梨来ないんでしょ? だから来ないよ」
「じゃあ、私が来るなら、来る?」
「……杏梨、やっぱり僕と会えなくなるのが寂しいんだね?」
そうだよ、寂しいよ。思ってても口に出さないけど。
この一ヶ月が終わっても、こうしてずっと話をしていたい。大した話をしなくても、唯一私が心を許せる場所だから。
だから罰が終わっても毎日来ると約束するまで、今日は絶対に説得する。
「はぐらかさないでよ、ちゃんと答えて」
「嬉しいな、最初の頃なんて全然まともな返事返してくれなかったのに。感慨深いよ」
「ねえ、本当に一ヶ月で終わりにするの? 何でちゃんと答えてくれないの?」
問いかけに答えはない。答えがないのが答え、なんてそんなのは認めない。
彼は急に話すのをやめ、沈黙がじわじわと広がっていく。この告解室を、ただ静けさだけが支配する。
なんで何も言わないんだろう。
一ヶ月でも二ヶ月でも、君が満足するまで付き合うよ!
そう言ってくれるって、思ってたのに。
……何も言わないってことは、彼は最初から私のことを、一ヶ月だけの話し相手としか思っていなかったのだろうか。
本当に? 何の目的があって?
喋らない時間が長くなるほど、私の中で不安が膨らんでいく。我慢できずにもう一度聞こうとすると、彼が沈黙を破った。
「君がもし明日本選で演奏できたら、もう来ないよ」
「……なんで?」
「それが僕の目的だから」
彼はずっと私にピアノを弾かせたがっていた。それはもちろんわかっていたけど、どうして彼がそこまで私のピアノにこだわるのか、深く考えたことはなかった。
私の熱狂的ファン、みたいに彼は振舞っていたけど……違う。何かもっと別の理由がある。彼の口調は、確信めいたものを私に抱かせる。
「……意味、わかんない。アンタは私のピアノがまた聴きたいんでしょ。弾けるようになったらもう用無しってこと?」
「違うよ。僕はただ君に生き返って欲しいだけなんだ」
「生き返って欲しい? 何言ってるの?」
嫌な汗がじわ、と額を濡らす。ずっとふざけたような態度だったのに、真面目な声で話す今の彼は全然知らない人みたいで怖くなる。
「……ねえ、この部屋を出て。今すぐ顔見せて」
「言っただろう。僕は君に合わせる顔がないんだ」
「アンタ、何者なの? 一体何をしたの? 全部説明して!」
私に合わせる顔がない、以前聞いたその言葉は、ただ顔を見せたくないだけの口実だと思っていた。
でも本当の意味の……申し訳なくて、私に合わせる顔がない、だとしたら。
私に対してそんな気持ちを抱く人──思い当たることがひとつだけある。
四年前、私が人前でピアノを弾けなくなったあの日。
大好きな月の光が大嫌いになった日。もう誰も信じられなくなった日。
彼は……彼はまさか……私を嵌めた本人だと言うの──?
「僕の話を、聞いてくれるだろうか。……少し長くなるかもしれないけど」
彼の懺悔が、この告解室で始まる。私は震える手で、胸元を握り締めた。
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