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21話 事実だから
しおりを挟む保健室には誰もいなかった。
保健医はどこかへ出ているらしい。机の上に『ご用の人はちょっと待っててね!』とヒヨコの置物にメモが挟まれている。
カゴの中にあったタオルを借りて身体を拭く。綾瀬恭平が私をベッドまで追いやり、シャッとカーテンを閉めた。
「着替え持ってくるから、少し待ってて」
「あ、いいよ別に。今日そんな寒くないし」
「ダメ。万が一君が風邪引いたら、僕さっきの人たち退学まで追い込むから」
「あっ、じゃあお願いします」
カーテンの向こうから脅され、思わず敬語で頼んでしまう。
なぜだろう。綾瀬恭平なら本当にやりかねないと本能的に思ってしまった。
全身拭き終えたところで、ちょうどよく綾瀬恭平が戻って来た。
カーテンの隙間から手だけ現れ、私にシャツを渡してくる。
「予備のシャツなんだけど、洗ってあるから」
シャツを受け取り、自分の服を脱いで袖を通す。綾瀬恭平のものらしく、私には少し大きすぎた。
袖は私の手をほとんど覆い隠しているし、制服のスカートも八割シャツで埋もれている。見た目はほとんどシャツワンピみたいだ。
服をだぶつかせたままではしたないけど、カーテンを開ける。
綾瀬恭平がこちらに気付くと、顔を赤くしてそっぽを向いた。……やっぱり見苦しいよね、ごめん。
「……服、ありがと。今度返すから」
「……ん」
室内にほのかに漂う消毒液の香りが、ちょっと落ち着く。
何を言おうか迷っていると、綾瀬恭平の方が先に話し始めた。
「どうして言わなかったの。嫌がらせ受けてること」
「……連弾、やめようって言われるの嫌だったから」
「そっか……ごめん」
「いや、別にアンタが謝る必要はないから」
別に綾瀬恭平は何も悪くない。ファンが勝手にやったことだ。そこの責任まで彼が負う必要はない。でも綾瀬恭平は納得いかないのか、辛そうな顔をしている。
「僕のせいで君が傷付くのは……もう嫌なんだ。だから、もし何かあれば絶対に言ってほしい。約束して」
「わ……わかった」
切願するような眼差しを向けられ、私に拒否する選択肢はなかった。
そこまで自責の念に駆られなくてもいいのに……と思いつつ、私の中にある懸念を口にする。
「てか……ファンの人にあんなこと言ってよかったの?」
「え?」
「私のこと、大切な人とか……庇うためだったとはいえ、あれ、誤解されるよ」
「別に。事実だから問題ない」
「いや、そうじゃなくて……恋人だって思われるよ、アレ」
さすがに私と恋人だと誤解されるのは彼も嫌だろうと言っているのに、どうにも綾瀬恭平には上手く伝わらないようで。
綾瀬恭平は怪訝な表情で一度頭を捻った。
「君に害が及ばないなら、それで構わない」
「いや……構おうよ……」
綾瀬恭平はやっぱり変な奴だ。今度告解室の彼にそう伝えようと、ひっそり心に決めた。
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