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14話 導く
しおりを挟む「そっか、すごいね。誰かと連弾できるようになるなんて、大成長じゃないか」
翌日、告解室で彼に綾瀬恭平とストリートピアノで連弾……? したことを話すと、彼からお褒めの言葉をもらう。
「私はほとんど弾いてないようなもんだったけどね。……でも本当に心から楽しかった。今でもまだ興奮が収まらない」
「ピアノが楽しくて?」
「うん。今までずっと苦しい気持ちで弾き続けてたからさ。純粋に楽しめて、すごく解放された気がした」
「そうか……良かった」
そんな彼の声はどこか安堵と喜びが混ざったように聞こえた。私が少しでも人前でピアノに触れたことを、嬉しく思ってくれているのだろうか。
「あのさ……ありがとう」
「ん? どうして僕に?」
「外出誘ってくれたの、私が気落ちしてたからでしょ。……その、結構元気もらったから」
言ってて恥ずかしくなってくる。こんなに素直に気持ちを吐き出せるのは、相手の顔が見えないからだ。対面していたら死んでも言えないし言わない。
「可愛いね、杏梨ちゃん」
「黙って、今すぐ」
せっかく人が真面目にお礼を言ったのにからかってきたので、ピシャリと跳ね除ける。楽しそうな笑い声が返ってきて、ちょっとムカついた。
ところで、と彼が切り出す。
「綾瀬恭平……のこと、君知ってた?」
「まあ……そりゃ国内でも有名ピアニストだしね。昔コンクールでも何回か会ったことあるし」
「昔の綾瀬恭平はどんな印象だった?」
「んー……最初はめちゃくちゃプライド高そうな奴って感じだったけど。その次に会った時はなんか……抜けてたかな。うまく言えないけど、鼻につく感じがなくなったみたいな」
四年前、コンクール以外で会ったことはないし、別にそこまで綾瀬恭平を見ていたわけじゃないから、ふわっとした印象しかない。
その頃から彼は将来有望のピアニストと周囲から認められていた、それぐらいの記憶しかない。
「じゃあ、今は?」
「めっちゃ食いついてくるじゃん。今……まあ、変な奴だよね。なんか全然喋んないし、でも急に顔見知り程度の私に連弾誘ってくるし。変な奴」
聞かれたから思ったまんま答えたのに、ふはっと吹き出して笑われた。
「二回言った、変な奴って」
「しかもストリートピアノやる系には見えないじゃん。なんか本当謎」
「またその広場に行ってみたら? その人、いるかも」
「いや……あの時最初はほとんど人いなかったから弾けただけだし……今度はちゃんと弾ける自信ない」
私はただリズム叩いてただけだし、しっかりした演奏ではない。正式な連弾を人前でする度胸は、まだない。
「でもさ、杏梨が今の状況から脱却できるチャンスかもしれないよ? いつまでも逃げてたら、君のピアノは一生誰にも聞かれることはない。そんなのもったいなさすぎる」
「……」
彼の言う通り、このままじゃよくないのは自分でもわかってる。でも、観衆の目を意識したら……それだけで心臓がキュッとなる。
「いや、でもストリートピアノはちょっとハードル高すぎて……」
演奏途中で集中が途切れて、その時に観衆の存在に気付いたら、多分そこで弾けなくなると思う。
……ああ、こうやってウジウジしてる自分が嫌になる。
後ろに反ったら頭を壁にぶつけた。ゴン、という鈍い音は彼にも届いてしまう。
「何の音?」
「いや、気にしないで」
「……綾瀬恭平って、毎朝自主練してるよね。そこに行ってみたら?」
「いやいや、大迷惑じゃん。てか仲良くないしキツいって」
たとえ仲が良かったとしても、練習してるところに突撃とか結構しんどいのに、それをほぼ他人に近い関係性でやるのは無理すぎる。
他人事だからって、彼は無茶を言う。
「使えるものは何でも使っちゃいなよ。杏梨、僕は君にまたピアノを弾いて欲しいんだ」
「いや……でも無理だってさすがに」
「君を連弾に誘ったんだから、綾瀬恭平もまた君と弾きたいかもしれないよ? 自分を変えるチャンスだと思ってさ、一回だけでも行ってみたら?」
確かにあの連弾のあと、「またね」とは言われたものの……社交辞令的なものかもしれないし。
彼はその後も私を説得するも、簡単に「うん」とは言えなかった。
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