14 / 44
11話 デート
しおりを挟む日曜日、秋晴れの澄み渡る空の下、私は彼に指定された駅前に来ていた。
無視することも出来たのにそうしなかったのは自分でもよくわからない。
暇だったから、というのは言い訳にならない。休日は基本、家の防音室に籠もって一日中ピアノを弾いている。つまり別に暇じゃない。
結局のところ、私はここへ来たかったのかもしれない。告解室の彼に、多少なりとも心を許している自覚がある。
顔が見えないから、余計なことまで話せてしまう。彼が誰だかわからないけど、私に敵意を向けて来ない、数少ない貴重な人だから。
集合時間の五分前、彼から借りたスマホが鳴った。出ると、鬱陶しいくらいの明るい声が私の耳を通り抜ける。
『杏梨ちゃん、来てくれてありがとう!』
「や、別に……てかその杏梨ちゃん呼びやっぱやめて。ゾッとする」
『じゃあ呼び捨てでいい?』
「さん付けで」
『杏梨、今日行くところだけどさ』
「聞けよ。てかアンタどこにいんの?」
『秘密』
辺りを見回すが、こちらを見る不審人物は見当たらない。上手く隠れてやがる。
電話口の向こうでふっと彼が笑う。向こうだけが私を見ているのは不公平だ。
『ところで、ドーナツ好き?』
「ドーナツ? まあ普通に好きだけど……」
『美味しいドーナツ屋見つけてさ。きっと杏梨好きだと思うんだ。そこに行こうよ』
「はあ……まあいいけど」
そして案内されたのは、駅近くのドーナツカフェだった。
ドーナツの大きなオブジェとポップなカラーの外観は派手で、いかにも女子受けしそうなお店だ。
お昼時で、お店の外に多少の待ち列がある。とりあえず最後尾に並んだ。
「てか、何でドーナツ?」
『いや、杏梨が喜びそうな場所を色々探した結果かな』
「え。わざわざリサーチしたわけ?」
『褒めてくれる? 高校生のぼっち男子が一人勇気を振り絞ったの』
「うん。やるじゃん」
『ちゃんと褒めてる?』
「うん。ちょっと馬鹿にしてる」
電話口の向こうで彼が憤慨する。
こんな可愛らしいお店に男一人で入るのはかなりハードルが高かっただろう。肩身の狭い彼の姿を想像して、ちょっと笑いそうになる。
そのうち私の番が来て、店員に案内された。店内のショーケースの前でドーナツを眺める。
「で? どれ選んだらいいの?」
『ハッピースマイリー☆ユアムーンライトってやつ』
「却下」
『えっなんで?』
「名前が無理。受け付けない」
『店員さんに失礼だよ?』
どんなセンスでその商品名つけたんだよ。生まれがメルヘンの民か?
そう思いながら他のドーナツを見るが、なんと全部同じようなクソダサ……とても夢見るネーミングで、思わず絶句する。
間違いなくここの店主とは仲良くなれない。
「アンタ、商品名にムーンライトって入ってるから選んだだけでしょ」
『いや、本当に美味しかったんだって。確かに最初は名前から入ったけど』
「……」
黙り込む私に、味の保証はするから! と強く押され、仕方なく注文する。
「これ、一つください。それからレモンティーも」
『あ、逃げたね。商品名言うとこ聞きたかったのに』
「無理。死んでも言いたくない」
店主には悪いけど、客が躊躇するような商品名つけるの、やめてほしい。
多分私みたいに商品名言いたくない客も多いんだろう、店員さんは慣れた様子で「かしこまりましたー」と笑顔で返事をした。
一分もしないうちにドーナツとレモンティーが提供される。トレーを持って窓際のカウンターに運んだ。
丸い満月を表したであろう黄色ベースのドーナツに、チョコペンでスマイルが描かれている。容赦なくその笑顔を齧ると、中からカスタードクリームが出てきた。
「あ、美味しい」
『でしょ?』
商品名はともかく、ドーナツはちゃんと美味しかった。生地もふんわりしていて、口溶けがいい。
「うん。商品名だけ改善してくれたら通いたいレベル」
『うわ、めちゃくちゃ嬉しいな。ここ選んで良かった』
「ちなみにここに辿り着くまでどれぐらいかかったの?」
『昨日丸一日。この辺のカフェとかスイーツ系のお店網羅したかな』
「やば」
そこまでする? 普通。
これは一応デートらしいけど、男子って念入りに下調べするもんなんだろうか。男友達も彼氏もいたことないからよくわかんないけど。
あ、やっぱり引いた? そう言って電話口の向こうの彼は軽く笑う。
『杏梨が喜んでくれるなら、僕は何でもするよ』
「アンタ、私の熱狂的ファンか何か?」
『それに近いね』
彼が必死に探し出したらしいこのドーナツを齧りながら、「ふーん……」と相槌を打つ。
もう少しだけ丁寧に味わおう。そう思いながら。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
「ノベリスト」
セバスーS.P
青春
泉 敬翔は15歳の高校一年生。幼い頃から小説家を夢見てきたが、なかなか満足のいく作品を書けずにいた。彼は自分に足りないものを探し続けていたが、ある日、クラスメイトの**黒川 麻希が実は無名の小説家「あかね藤(あかね ふじ)」であることを知る。
彼女の作品には明らかな欠点があったが、その筆致は驚くほど魅力的だった。敬翔は彼女に「完璧な物語を一緒に創らないか」と提案する。しかし、麻希は思いがけない条件を出す——「私の条件は、あなたの家に住むこと」
こうして始まった、二人の小説家による"完璧な物語"を追い求める共同生活。互いの才能と欠点を補い合いながら、理想の作品を目指す二人の青春が、今動き出す——。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる