亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア

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懺悔

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 控え室に入って来た彼女は、他の出場者たちにすぐに囲まれた。
 握手やサインを彼女に求めて、すごいすごいと騒ぐ。まるで芸能人扱いだった。


 まったく、コンクール前に何やってんだか。求める方にも応じる方にも呆れる。
 ま、今だけだ。そうやってちやほやされるのも。最後によく味わっておけよ。


 そんなことを思いながら、僕は腕を組んで、遠くからしばらくその様子を見ていた。
 そのうち係員から「そろそろ準備を」と声がかかったから、囲まれる彼女の隣を通り過ぎて、会場の舞台袖に移ったんだ。

 僕の次の出番である彼女も、そろそろここへ来るはずだ。嫌でも僕の演奏を聴くことになる。その時が彼女の終わりだ。

 さようなら、偽物。僕が本物である証明を、今ここに。

 僕はほくそ笑みながら前の出番が終わるのを待った。そして演奏が終わり、ついに僕の名前がコールされた。

 一際大きな拍手に出迎えられた僕は舞台に立った。椅子の調節をして座り、ピアノの鍵盤に手を添える。

 そして僕はいつも通り、完璧な演奏を披露した。課題曲のショパン『幻想即興曲』を。
 中学生部門で一番難易度の高いやつをわざわざ選んだんだ。

 全く乱れのない指さばき、力強くも美しい音色。僕の技巧をその目に焼き付けろと、ひどく傲慢な演奏をした。


 観客からは惜しみない拍手。
 僕は舞台袖へ向かうのが楽しみで仕方なかった。


 彼女はどんな顔をしているだろうか。悔しがっている? それとも、この後に弾くのかと絶望しているだろうか?
 いや、自信を失くして演奏できないかもしれないな。可哀想に。

 今日は天才同士の注目の対決だと、多くのマスコミが取材に来ている。彼女は今頃震えているかもしれない。

 そんな馬鹿な考えで、舞台をはけるその瞬間も、僕は愉悦感でいっぱいだった。
 ……最低だろ? 昔の僕。軽蔑していいよ。


 まあ、そんな僕の想像なんて、あっさり裏切られたんだけど。
 舞台袖で出番を待つ彼女は、絶望どころか少し微笑んで僕に対して拍手を送っていた。

 僕のことなんて、まるで気にしていないないみたいな。ただの参加者の一人扱い。
 出番お疲れ様でした、そんな拍手を終えると、彼女は真剣な眼差しでじっと前を見据えた。ただただ集中して、ピアノに触れるその瞬間を待ち侘びているかのようだった。

 なぜ? 僕の音を聴いただろう? どうして全く動じていない?

 僕は意味がわからなかった。なぜ僕の演奏を聞いても、彼女に何の影響も与えられなかったのか。

 そして僕と入れ替わりに彼女が舞台へ出る。

 僕は思い知らされる。偽物はお前なのだと、叩きつけられることになるんだ。
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