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6話 生きにくさ
しおりを挟む「あ、充電切れた。最悪」
朝、学校の廊下を歩いている途中にイヤホンの充電が切れてしまい、雑音が私の耳に入る。
昨日寝落ちしてイヤホンの充電を忘れた。昨日の自分を恨む。
イヤホンをケースにしまっていると、雑音の中から美しい旋律が舞い込んできた。
ベルガマスク組曲第三曲『月の光』だ……かなり上手い。
これだけはっきり音が聞こえるってことは、防音室じゃなくて音楽室で弾いてる?
「……」
音楽室は私のクラスより一つ上の階の端っこにある。
誰が弾いてるのか純粋に興味が出て、階段を上がる。
上った先、音楽室の前で、何やら複数の女子生徒が集まって扉の小窓から中を覗いていた。
ああ……これだけ女子が集まってるってことは綾瀬恭平か。
ファンがつくほど人気のある生徒など、校内では綾瀬恭平くらいしかいない。綾瀬ファンに気付かれないよう、階段の踊り場に隠れる。
「はあー、綾瀬先輩の月の光尊すぎる……。毎朝聞く月の光が私のルーティンになってるわ。これがないと一日始まらない」
「防音室使わずにわざわざ音楽室で弾いてるの、こうやって私たちに聞かせてくれるためだよね?」
「だよね。神ファンサありがたい」
ファンたちは勝手にファンサービスだと解釈して喜んでいる。幸せそうで何よりだけど、そんなことよりこの月の光は……。
間のとり方、強弱の強さ、音の繋ぎ方。
全部私の弾き方のクセそのままだ。まるで自分の録音を聞いているのかと錯覚するくらいに、完璧に私の音。
ドビュッシーの月の光は私の得意曲だ。……四年前、最後に私が参加したコンクールで演奏した曲。大好きだけど大嫌いな曲。
綾瀬恭平とは別段仲良くしていたわけでもない、希薄な関係だ。私の弾き方を真似る意味がわからない。
……何これ、私への当てつけ? 私に四年前のことを思い出させるために弾いてるの? 弾き方を完璧にコピーしてまで?
不快な波が押し寄せる。思い出したくない記憶が浮かび上がりそうになり、慌てて振り払った。
階段を下り、自分の教室へと急ぐ。
私の席に授業で使うタブレット端末が置いてある。イヤホンの充電を早くしないと、雑音が止まらない。
そう思っていたのに、教室前の廊下であのハイエナ女子たちが輪を作って話をしているところに、運悪く遭遇してしまう。
「ねえ、昨日の春若さんの態度さ、本当になくない? うちらのことハイエナ扱いしてたよね」
「わかる、めっちゃムカついた。親切に提出書類の抜け教えてあげただけなのにさ。あれはない」
「ピアノ専攻のくせに人前でピアノ弾けないとか笑えるんですけど。実技指導も完全マンツーマン限定だもんね。特別扱いしすぎでしょ」
「聴衆に聞かせられないくせに、ピアノ弾く意味あんの? てか、四年も前のこといつまでも引きずりすぎでしょー!」
悪意と嘲罵入り交じる、ギャハハハハ!! という下品な笑い声。
……ああ、美しい音だけ聞いていたい。だって現実はあまりにも耳障りで、忌まわしい。
イヤホンの充電を忘れたことを、今日ほど後悔したことはない。
雑音だらけのこの世界は、私にとってこんなにも生きにくい。
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