亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア

文字の大きさ
上 下
3 / 44

3話 周りは全部敵

しおりを挟む

 教室に入ると、一瞬だけ空気が変わる。
 クラスの奴らが私の顔を盗み見て、何事もなかったようにまた雑談を始める。
 まるで異物が混ざってきた、みたいな。そんな扱い。


 窓際、一番後ろの端の席に着いて、コンビニで買った紙パックのレモンティーを飲みながら誰もいない校庭を眺める。
 少し窓を開けると、爽やかな秋風がするりと入って来た。
 授業が始まるまで、私は誰とも顔を合わさない。


 ふと、誰かが私の隣に来た気配を感じて振り向く。片耳のイヤホンを取った。
 同級生で私に話しかけてくるのは、必要事項の連絡がある時だけだ。


 名前もわからない三つ編みの女子二人と、ショートヘアの女子が並んでいる。
 どうやらこのクラスの女子っていうのは、複数で群がってしか私に話しかけられないらしい。


「あの、春若さん」
「何?」
「この前提出してもらったこの用紙なんだけど、保護者のサインが抜けてて……」
「そう、わかった」
「その……春若さんのお母さん、色々と大変だよね。サイン貰えそうかな?」


 ショートヘアの女子の心配するような口振り。でも、口角が密かに上がっているのを見逃さなかった。

 私のを知っていて、わざとこんなクラス中に聞こえるように窺っているのだ。
 その質問を振られてから明らかに周囲の会話が少なくなった。聞き耳を立てられていることなんて馬鹿でも気付く。


 ……嫌な女。私が風紀を乱しているのが気に食わないのを、こうして小さな嫌がらせで発散している。
 文句があるなら、直接言えよ。わらわら群がらないと、私に口を利く勇気すらないくせに。


「余計なご心配どうも。別にサインくらい普通にしてくれるから。てか、そんな遠回しに探り入れなくても、直接聞けばいいじゃん。『あなたのお母さんの近況を教えて』って」
「えっ、いや、別にそんなつもりじゃ……」
「そう? じゃあ疑心暗鬼になりすぎたかもね。ネットに流すために私と私の母親の情報掴みたがる、そういうハイエナみたいな奴よくいるからさあ」
「あ、あの……」
「じゃ、これサイン貰ったらすぐに渡すわ。……ところで、名前なんだっけ?」


 ハイエナ三人衆はおどおどしながら一人ずつ名前を名乗った。
 聞いたところで覚える気なんて更々ないけど。
 ちょっと圧かけただけでビビるなら、最初から喧嘩売るなっつーの。散れ散れ。

 そんな念を送って睨んだら逃げるように散って行った。
 私は再びイヤホンを耳に差し込もうとするが──


「あっ! ねえ! 綾瀬あやせ先輩だよ!」


 廊下の外を覗いていた女子が声を上げる。

 綾瀬恭平あやせきょうへい
 この聖ヴェリーヌ高等学校音楽科二年、ピアノ専攻の首席。

 昨年の日本音楽コンクールで第一位を受賞した、本校切っての天才ピアニストだ。
 様々なコンクールを総なめにしている彼は、私が入学した頃に他の有名音楽科高校からはるばる転入してきた。
 突然現れた『アイドル』に、今もなお女子たちは沸き立っている。

 この高校は卒業生にも有名な音楽家がそれなりにいるけど、彼レベルの人が在籍するには不釣り合いな気もする。

 容姿も無駄に整っているのが騒がれる原因の一つだ。切れ長の瞳が印象的で、長身細身。私も最初に見た時はモデルでもやっているのかと本気で思った。

 制服のタイは少し緩めに結び、カジュアルな雰囲気を漂わせている。
 本来なら『しっかり結びなさい!』と怒られるはずだが、綾瀬恭平はやはり特別な存在らしく、今のところ注意されている様子はない。

 昔、何度かコンクールで顔を合わせたことのある程度だから大して話したことはない。この先話すこともきっとないだろう。
 ……ま、どうでもいいや。


 綾瀬に対する一部の女子の黄色い声がうるさいので、イヤホンを挿した。
 雑音が消えて、世界と断絶される。


 音だけじゃなく、私もみんなの目から見えなくなる機能があればいいのに。そしたら今も私を見るウザい好奇の視線どもも、まとめて遮断できるのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

「ノベリスト」

セバスーS.P
青春
泉 敬翔は15歳の高校一年生。幼い頃から小説家を夢見てきたが、なかなか満足のいく作品を書けずにいた。彼は自分に足りないものを探し続けていたが、ある日、クラスメイトの**黒川 麻希が実は無名の小説家「あかね藤(あかね ふじ)」であることを知る。 彼女の作品には明らかな欠点があったが、その筆致は驚くほど魅力的だった。敬翔は彼女に「完璧な物語を一緒に創らないか」と提案する。しかし、麻希は思いがけない条件を出す——「私の条件は、あなたの家に住むこと」 こうして始まった、二人の小説家による"完璧な物語"を追い求める共同生活。互いの才能と欠点を補い合いながら、理想の作品を目指す二人の青春が、今動き出す——。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...