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3話 周りは全部敵
しおりを挟む教室に入ると、一瞬だけ空気が変わる。
クラスの奴らが私の顔を盗み見て、何事もなかったようにまた雑談を始める。
まるで異物が混ざってきた、みたいな。そんな扱い。
窓際、一番後ろの端の席に着いて、コンビニで買った紙パックのレモンティーを飲みながら誰もいない校庭を眺める。
少し窓を開けると、爽やかな秋風がするりと入って来た。
授業が始まるまで、私は誰とも顔を合わさない。
ふと、誰かが私の隣に来た気配を感じて振り向く。片耳のイヤホンを取った。
同級生で私に話しかけてくるのは、必要事項の連絡がある時だけだ。
名前もわからない三つ編みの女子二人と、ショートヘアの女子が並んでいる。
どうやらこのクラスの女子っていうのは、複数で群がってしか私に話しかけられないらしい。
「あの、春若さん」
「何?」
「この前提出してもらったこの用紙なんだけど、保護者のサインが抜けてて……」
「そう、わかった」
「その……春若さんのお母さん、色々と大変だよね。サイン貰えそうかな?」
ショートヘアの女子の心配するような口振り。でも、口角が密かに上がっているのを見逃さなかった。
私の家庭事情を知っていて、わざとこんなクラス中に聞こえるように窺っているのだ。
その質問を振られてから明らかに周囲の会話が少なくなった。聞き耳を立てられていることなんて馬鹿でも気付く。
……嫌な女。私が風紀を乱しているのが気に食わないのを、こうして小さな嫌がらせで発散している。
文句があるなら、直接言えよ。わらわら群がらないと、私に口を利く勇気すらないくせに。
「余計なご心配どうも。別にサインくらい普通にしてくれるから。てか、そんな遠回しに探り入れなくても、直接聞けばいいじゃん。『あなたのお母さんの近況を教えて』って」
「えっ、いや、別にそんなつもりじゃ……」
「そう? じゃあ疑心暗鬼になりすぎたかもね。ネットに流すために私と私の母親の情報掴みたがる、そういうハイエナみたいな奴よくいるからさあ」
「あ、あの……」
「じゃ、これサイン貰ったらすぐに渡すわ。……ところで、名前なんだっけ?」
ハイエナ三人衆はおどおどしながら一人ずつ名前を名乗った。
聞いたところで覚える気なんて更々ないけど。
ちょっと圧かけただけでビビるなら、最初から喧嘩売るなっつーの。散れ散れ。
そんな念を送って睨んだら逃げるように散って行った。
私は再びイヤホンを耳に差し込もうとするが──
「あっ! ねえ! 綾瀬先輩だよ!」
廊下の外を覗いていた女子が声を上げる。
綾瀬恭平。
この聖ヴェリーヌ高等学校音楽科二年、ピアノ専攻の首席。
昨年の日本音楽コンクールで第一位を受賞した、本校切っての天才ピアニストだ。
様々なコンクールを総なめにしている彼は、私が入学した頃に他の有名音楽科高校からはるばる転入してきた。
突然現れた『アイドル』に、今もなお女子たちは沸き立っている。
この高校は卒業生にも有名な音楽家がそれなりにいるけど、彼レベルの人が在籍するには不釣り合いな気もする。
容姿も無駄に整っているのが騒がれる原因の一つだ。切れ長の瞳が印象的で、長身細身。私も最初に見た時はモデルでもやっているのかと本気で思った。
制服のタイは少し緩めに結び、カジュアルな雰囲気を漂わせている。
本来なら『しっかり結びなさい!』と怒られるはずだが、綾瀬恭平はやはり特別な存在らしく、今のところ注意されている様子はない。
昔、何度かコンクールで顔を合わせたことのある程度だから大して話したことはない。この先話すこともきっとないだろう。
……ま、どうでもいいや。
綾瀬に対する一部の女子の黄色い声がうるさいので、イヤホンを挿した。
雑音が消えて、世界と断絶される。
音だけじゃなく、私もみんなの目から見えなくなる機能があればいいのに。そしたら今も私を見るウザい好奇の視線どもも、まとめて遮断できるのに。
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