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番外編
とある従者とメイドの会話
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アイヴィが正式な聖女として認められてから数ヶ月。
毎日救いを求める者のところへ飛び回っている主は、久々の休暇を与えられた。
いや、実際にはライナスがもっと休んでくれと頼んでいるのだが、聖女としての責任感と正義感が無駄に強い彼女は聞く耳を持たないのだ。
主は聖女として立派だと思うものの、従者である自分も彼女に付き合わなければならないため、正直もう少し休んで欲しいというのがレグランの本音だった。
彼の主──聖女アイヴィはテラスでライナスと何やら話している。
レグランは同じく休暇を与えられたメイドのコニーと、庭園からその様子を見上げていた。
「最初はどうなることかと心配でしたが、丸く収まって良かったです」
「と、とってもお似合いですよね……! お二人の仲睦まじいお姿を眺めているだけでパン五個はいけますよ……!」
アイヴィ付きのメイドであるコニーは、主のことが大好きらしい。
癖のあるアイヴィに付けるメイドは、ある程度骨のあるものをとレグランが選んだのがコニーだ。
最悪アイヴィと合わなくとも、彼女ならば仕事をきちんとこなしてくれるだろうとレグランは考えていたが、コニーはアイヴィの人柄をすぐに見抜き、慕うようになった。
人間関係で苦労することの多かったコニーの観察眼は、他人よりも遥かに優れているらしい。
パン五個いけるの意味はよくわからないが、彼女なりの褒め言葉なのだろうとレグランは適当に納得する。
「当初はライナス様とアイヴィ様の関係は最悪でしたがね。大丈夫かと不安しかありませんでしたが……」
聖女アイヴィと偶然出会い、ライナスの指示で彼女の従者となったが、当初とんでもない女性が聖女に選ばれたものだとレグランは悲観していた。
王太子であるライナスに無礼な態度を取るし、物言いは無駄にキツいし、どうしてこんな人が聖女なのかと彼は疑問を抱いていた。
しかし、アイヴィと接するうちに段々と彼女の性格を理解し、ただ不器用なだけで、心根は優しい人なのだと見方を変えるまで、そう時間はかからなかった。
そしてアイヴィは誰にも言わず、『不完全な聖女』としての運命を一人で背負っていたと知った時には、従者として一体彼女の何を見ていたのかと、レグランはしばらく自分を責め続けたものだ。
「むしろ、聖女として適性がありすぎなんですよ。あの人は」
ついレグランは心の内を漏らしてしまい、コニーがキョトンとする。
「アイヴィ様ですか? それは私も思います! 人々を救いたいという気持ちが強いあまり、無理をされてしまうのが心配です……」
そう。アイヴィは自分のことよりも他人を優先しすぎるのだ。
別にこれくらい大丈夫よと言いながら、何度過労で倒れたことか。
限界まで働きすぎないよう目を光らせているものの、強情な彼の主は言うことを聞かない。
困った聖女様だと、レグランはため息をつく。
「結婚も控えているのですから、少しは自重して欲しいものですね」
「……ふふ。レグランさんも、アイヴィ様のことが心配なんですね」
「……まあ、それは。主の健康に気を遣うのは従者の務めですから」
レグランが答えれば、なぜかコニーはくすくすと笑う。
「何だかレグランさん、アイヴィ様みたいです」
「はい?」
「素直じゃないところが」
「…………」
彼が無言でコニーを見やると、彼女は肩を縮こまらせて「す、すみません……」と慌てて謝った。
「私は本音を言っているだけですが──」
「あっ!」
突然コニーが声を上げる。その視線の先を追うと、ライナスとアイヴィが熱い口付けを交わしている姿が目に入った。
全く……あんなに人目のつくところでと、呆れた眼差しをするレグランとは対照的に、コニーは目をキラキラとさせて羨ましそうに両手を組んでいる。
「こら、コニー。こういう時は気付かないふりをするものですよ」
「はっ……! すみません、つい……!」
窘めると、レグランはライナスたちから視線を逸らし、庭園から出て城の中へと歩みを進める。
不器用な主の幸せな姿を見て、彼の口元がわずかに笑みを浮かべていたことは、誰も知らない。
毎日救いを求める者のところへ飛び回っている主は、久々の休暇を与えられた。
いや、実際にはライナスがもっと休んでくれと頼んでいるのだが、聖女としての責任感と正義感が無駄に強い彼女は聞く耳を持たないのだ。
主は聖女として立派だと思うものの、従者である自分も彼女に付き合わなければならないため、正直もう少し休んで欲しいというのがレグランの本音だった。
彼の主──聖女アイヴィはテラスでライナスと何やら話している。
レグランは同じく休暇を与えられたメイドのコニーと、庭園からその様子を見上げていた。
「最初はどうなることかと心配でしたが、丸く収まって良かったです」
「と、とってもお似合いですよね……! お二人の仲睦まじいお姿を眺めているだけでパン五個はいけますよ……!」
アイヴィ付きのメイドであるコニーは、主のことが大好きらしい。
癖のあるアイヴィに付けるメイドは、ある程度骨のあるものをとレグランが選んだのがコニーだ。
最悪アイヴィと合わなくとも、彼女ならば仕事をきちんとこなしてくれるだろうとレグランは考えていたが、コニーはアイヴィの人柄をすぐに見抜き、慕うようになった。
人間関係で苦労することの多かったコニーの観察眼は、他人よりも遥かに優れているらしい。
パン五個いけるの意味はよくわからないが、彼女なりの褒め言葉なのだろうとレグランは適当に納得する。
「当初はライナス様とアイヴィ様の関係は最悪でしたがね。大丈夫かと不安しかありませんでしたが……」
聖女アイヴィと偶然出会い、ライナスの指示で彼女の従者となったが、当初とんでもない女性が聖女に選ばれたものだとレグランは悲観していた。
王太子であるライナスに無礼な態度を取るし、物言いは無駄にキツいし、どうしてこんな人が聖女なのかと彼は疑問を抱いていた。
しかし、アイヴィと接するうちに段々と彼女の性格を理解し、ただ不器用なだけで、心根は優しい人なのだと見方を変えるまで、そう時間はかからなかった。
そしてアイヴィは誰にも言わず、『不完全な聖女』としての運命を一人で背負っていたと知った時には、従者として一体彼女の何を見ていたのかと、レグランはしばらく自分を責め続けたものだ。
「むしろ、聖女として適性がありすぎなんですよ。あの人は」
ついレグランは心の内を漏らしてしまい、コニーがキョトンとする。
「アイヴィ様ですか? それは私も思います! 人々を救いたいという気持ちが強いあまり、無理をされてしまうのが心配です……」
そう。アイヴィは自分のことよりも他人を優先しすぎるのだ。
別にこれくらい大丈夫よと言いながら、何度過労で倒れたことか。
限界まで働きすぎないよう目を光らせているものの、強情な彼の主は言うことを聞かない。
困った聖女様だと、レグランはため息をつく。
「結婚も控えているのですから、少しは自重して欲しいものですね」
「……ふふ。レグランさんも、アイヴィ様のことが心配なんですね」
「……まあ、それは。主の健康に気を遣うのは従者の務めですから」
レグランが答えれば、なぜかコニーはくすくすと笑う。
「何だかレグランさん、アイヴィ様みたいです」
「はい?」
「素直じゃないところが」
「…………」
彼が無言でコニーを見やると、彼女は肩を縮こまらせて「す、すみません……」と慌てて謝った。
「私は本音を言っているだけですが──」
「あっ!」
突然コニーが声を上げる。その視線の先を追うと、ライナスとアイヴィが熱い口付けを交わしている姿が目に入った。
全く……あんなに人目のつくところでと、呆れた眼差しをするレグランとは対照的に、コニーは目をキラキラとさせて羨ましそうに両手を組んでいる。
「こら、コニー。こういう時は気付かないふりをするものですよ」
「はっ……! すみません、つい……!」
窘めると、レグランはライナスたちから視線を逸らし、庭園から出て城の中へと歩みを進める。
不器用な主の幸せな姿を見て、彼の口元がわずかに笑みを浮かべていたことは、誰も知らない。
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ライナスはじめ、アイヴィは周りの人に恵まれましたね…!
あったかい気持ちになったと仰って頂けて、私も嬉しいです!
一気読みしてくださってありがとうございます✨
そしてご期待ありがとうございます。笑
お話が思い浮かんだのがレグラン&コニー視点だったので、その一話を書いてアイヴィの物語を締めようかなと思います😊
のんびり気長にお待ち頂けたら嬉しいです…!
番外編もお読み頂き、ありがとうございます!
破滅するのも厭わないほど原作の世界を壊したくなかったアイヴィの強い思い入れがすごいですよね…!
ジェナとして処刑されたのち、新たな転生先の聖女アイヴィも過酷な運命の持ち主で、神に振り回されたアイヴィでしたが……
ライナスと巡り合い、最後は無事幸せを掴めて彼女も報われたかと思います。
嬉しいお言葉の数々と、リクエストありがとうございました🙇♀️✨
ファイト全力で頂きましたああああ🙌笑
すっごく面白かったとのお言葉、とっても嬉しいです!!ありがとうございます✨
アイヴィはこれからも口から血を流すと思いますが、聖女の力を躊躇なく使えるようになったので安心して唇を噛めますね!笑
素敵な物語だなんて仰って頂けて感激です。
このお話を書いて良かったなと心から思いました……!
次作はまたいつになるかわかりませんが、良ければお付き合い下さると嬉しいです✨
最後までお読み頂き、ありがとうございました!