悪役令嬢の性格を引き継いだまま、聖女へ転生! ~悪態つきまくりですけど、聖女やってやりますわ~

二階堂シア

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番外編

前世ジェナだった時の話

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 ──私が歩けば、皆恐れる。

「ひっ! おい、目を合わせるな!」

 失礼ね。人を化け物みたいに。

 ──私が微笑めば、皆青ざめる。

「な、なにを企んでいる……?」

 何も企んじゃいないわよ、馬鹿ね。

 濡鴉のような黒い長髪をバサリと手で靡かせれば、皆が道を開けるわ。私のためにね。

 さあ、皆退きなさい。
 私の道は誰にも塞がせない。ジェナ・キャドバリーのお通りよ!

 ……それが、私の大好きな小説の中に出てくる、ジェナの登場シーンだった。
 当時の私はそれを読んで、「コテコテの悪役が出て来たなあ」と呑気に感想を抱いたものだった。
 まさかそのジェナに転生することになるなんて、夢にも思わなかったわけで。

「ふふ、殿下の婚約者になるのはこの私よ。身の程をわきまえなさい」

 小説通りのセリフを吐いて、私──ジェナはヒロインを見下ろす。

 とあるパーティー会場の裏庭で、ジェナの取り巻きに命じて、ヒロインに水をぶっかけた。
 とても冷え込む日だったから、ヒロインは凍えていたわ。
 このあとヒーローの王子が助けに来るから、それまでの我慢だけれど……内心罪悪感がとんでもなかった。

 ヒロインはがたがた歯を震わせていて、健気に縮こまるだけで文句の一つも言って来ない。
 誰か羽織るものを持ってきて! と何度心の中で叫んだことか。自分が酷い目に遭わせているくせにね。
 王子、なにタラタラしてんのよ! さっさと来なさいよ! ヒロインが風邪引くでしょうが!
 ……口にも顔にも出さずに、そう思いながら私はジェナを演じ続けた。

 そうやってジェナがいびるのは基本的にヒロインだけだったけれど、態度は元々誰にでも(権力者除く)悪かったから、ジェナの評判は最悪だったの。
 それに、ヒロインに対する嫌がらせが毎度毎度内容がまあまあエグくてね……世間の噂で広まって、ジェナは見事に『絶対に関わりたくない悪女』の称号を手に入れたわ。

 例えば、ヒロインの背中に生きた虫を入れたりとか、ヒロインが王子からもらったペンダントを池の中に投げ入れて、慌てて飛び込んで必死に探すヒロインをお菓子を食べながら見物したりね……
 小説の内容通りの行動とはいえ、やる方の私の精神的にも結構きつかったわ。

「……とまあ、割と悪どいことしてたのよ。前世の私は」

 前世のジェナを演じていた時のことをライナスに話しながら、ため息をついた。

 正式な聖女として神に認められてから数か月。
 今日は久々の休日で、ライナスと共に城のテラスから景色を眺めていた。

 ライナスが私の前世の話を聞きたいと言うものだから話してみたけど……私の行いを聞いて幻滅していないかしら。

 そんな不安を抱きながらライナスを見ると、いつものクールな表情がそこにあった。

「しかし……君はなぜそのジェナという人物を演じたんだ? 人生を変えてやろうとは思わなかったのか?」

 幻滅などはしなかったみたい。代わりに純粋な疑問を投げられた。

「もちろん……破滅するのは怖かったし、回避しようかとも考えたわ。でも原作の世界を愛していたから、私の手でぶち壊すのにはどうしても抵抗が……ファン心理ってやつだけど、きっとあなたに言っても理解できないわね」

「ん……理屈はわかるが共感はできないな」

 でしょうね、と私は相槌を打つ。
 この感覚は簡単にはわかってはもらえないと思うから。

 一緒に並んで景色をぼんやりと見ていたら、不意にライナスが私の方へ向く。

「だが君がジェナとして人生を終えることを選んだおかげで、君は私の元へと来てくれたんだ。処刑されたのはつらかっただろうが、私にとっては幸運だった……と言ったら怒るか?」

「べ、別に怒ったりはしないけれど……本当にあなたって物好きだわ。ジェナみたいな私のどこがいいのよ」

「君の中にジェナは存在するかもしれないが、優しいところは君自身の性格だろう? 君はジェナのような悪女ではない。別人だ」

「そんなこと言ってると、いつか私がジェナみたいに傍若無人な振る舞いをするかもしれないわよ」

 褒められてつい棘を出してしまう。
 素直に受け取れないのはジェナらしいけれど、もう少し可愛げのある反応をしてみたいわ。
 さすがにずっとこんな態度ばかり取っていたら、いい加減ライナスからも呆れられそう。

 ライナスは「それはない」と首を横に振った。

「君がそんな人ではないことは、よくわかっているから」

「随分信用されたものね。後悔することにならないといいけど?」

 ふっと鼻を鳴らして嘲り笑えば、ライナスの口角がなぜか緩んだ。

「……なんか気に入らないわ、その笑顔」

「ん?」

「微笑ましい、みたいな眼差しよ。馬鹿にしてるの?」

「いや。今日も可愛いなと思って見ていた」

 喧嘩を売るような発言を繰り返した記憶しかないのに、ライナスは甘言を吐いてみせる。

「……ば、馬鹿じゃないの……!?」

 顔が一気に熱くなって、ライナスから身体ごと逸らした。

 馬鹿なのは私だわ。ライナスは正面から気持ちを曝してくれるのに、私は素直になれずに剣のある態度を取ってばかり。
 いつもジェナのせいにしてしまうけれど、きっとそれだけじゃないわ。
 私も照れてしまって、上手く返す言葉が出てこないんだもの。

 背後からライナスの笑い混じりの吐息が零れる。

「ふ、本当に君は恥ずかしがりやだな」

「か、からかわないで!」

「アイヴィ」

 優しい声で名前を呼ばれたら、どうしたって胸が高鳴ってしまう。
 こっちを向いてくれとライナスが私の肩に触れた。

 ……ずるいわ。こんなの、無視なんてできるわけないじゃない。

「君は可愛い人だ」

 ゆっくりと振り向けば、きっと真っ赤になっているであろう私の頬をライナスは撫でる。
 蕩けてしまいそうなほど甘い瞳を私に向ける彼が顔を寄せてきた。
 その唇が下りてくるのを待って、私は目を瞑った。
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