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最終話 悪態をつく聖女が歩む道②

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「急いで、レグラン、コニー! 今日もグラーレウスの復興作業の予定が詰まってるのよ!」

「お待ちください、アイヴィ様! 連日働きすぎです。グラーレウスの民も、聖女様は結婚されたばかりなのにそんなに働いて大丈夫かと心配されています。今日こそ休暇を取ってもらいますよ!」

「そ、そうですよアイヴィ様! き、昨日だって頭痛薬を隠れて飲んでいたの、私見たんですよ!」

「うるさいわね。つべこべ言わずに黙って付いて来なさい!」

 一年後。
 徐々に復興作業が進みつつあるグラーレウスへ向かうために、レダから借りたワイバーンを笛で呼ぼうと外へ出たところで、ライナスが私の前に立ちはだかる。

「──民のために早くグラーレウスを建て直したいのはわかるが、少し先走りすぎではないか?」

「ラ、ライナス……」

「レダからもクレームが来てるぞ。毎日ワイバーンを使ってグラーレウスへ行き過ぎだと。ワイバーンが過労死すると言われた」

「う……」

 迫害されていたイソトマ族は、魔物暴走の原因を突き止めたことにより間接的に民を救ったと私が公言したら、民の嫌悪感情はだいぶ改善されたようだった。
 なのでこうして今、王家は大々的にイソトマ族と交流し、互いに良い関係を築いている。
 イソトマ族は敵に回したくないと思っていたから、こうして好意的に関われるようになったのは良かったわ。

 馬車よりも移動が早くて便利なワイバーンを頻繁に使わせてもらっていたのだけど、少し頻度が高すぎたらしい。
 レダからクレームが入ったと言われ、私は返す言葉がない。

「それに、君が働き詰めだと一緒に過ごす時間をほとんど削られるのは頂けないな」

「べ、別に夜はちゃんと帰って来てるじゃない……ライナスだってたまにグラーレウスまで来てくれるし、顔は合わせているでしょ」

「君はそんな僅かな時間だけで満足なのか? 私は全く足りないが」

 ライナスは相変わらず表情をあまり変えないけれど、くすぐったくなるような甘い言葉をストレートに伝えてくるので、私はいつも顔を赤くしてしまう。

「じゅ……十分よ」

 私だって本当はライナスと一緒にいたいけれど、そんなことを素直に言うにはジェナの性格が染み付いている限り絶対に無理な話。
 本心を誤魔化して十分だと答えれば、ライナスはふっと笑った。

「そうか。君も足りないと思っているなら良かった」

「ちょっと、話聞いてた? 私は十分だって言ってるじゃない」

 腰に手を当てながら抗議するも、ライナスは受け付けてくれない。

「久々の休暇だ。一人で優雅に過ごすか? ……それとも、二人きりがいいか?」

「か、勝手に話を進めないで! ……ひ、ひと、一人でゆっくりしたいに決まってるでしょ。あなたと一緒なんて気が休まらないわ!」

「ふ。そうか、なら今日は二人で過ごそう。……誰にも邪魔されずに」

 ライナスが私の後ろにいる二人へ視線を向けると、レグランとコニーは空気を読んでサッといなくなる。
 私がライナスと二人で過ごしたいという本心を、ライナスが汲み取ってくれて嬉しいのに、生憎それを伝える言葉は出て来ない。

「──私の心を読んだ気でいるのはやめてくれる? 全然違うわよ」

「……そうか、間違っていたか。なら残念だが今日は一人で羽を伸ばすといい」

「え……」

 私の余計な発言のせいでライナスが引き下がってしまい、戸惑う。

 ああ、なんてことしてくれたの、ジェナ!
 せっかく久々にライナスと過ごせるチャンスだったかもしれないのに!

 それでも自分から「本当は合っているわ」と訂正など出来るわけもなく、絶好の機会を潰してしまったと激しい後悔の念に駆られた。
 しかし、そんな相変わらずどうしようもない態度を取る私に、ライナスは助け舟を出してくれる。

「冗談だ。私が君といたいから今日は付き合ってくれ、アイヴィ」

「嫌に決まっ──」

 ガリッと唇を噛んで、ジェナのセリフを無理矢理止める。

「~~っ!!」

 その痛みに悶絶し、声にならない声が微かに唇の隙間から零れた。

 ライナスは私の本音をちゃんとわかっていてこうして誘ってくれたのだから、ここで余計な意地を張るわけにはいかないわ。
 ……でも痛い。痛すぎる。
 ちょっと強く噛みすぎたと半泣きになる。
 唇から血がダバダバと流れ出て来たので、口元をサッと手で隠し、聖女の力でこっそり治しておいた。

「……てはいないけれど。そ、そこまであなたが言うなら……仕方ないわね」

 何とも上から目線の返事に、自分で自分に呆れる。というより、ジェナに呆れる。

 ライナスは目を細めて、私に手を差し伸べる。
 その手を取ると強く引かれてライナスに抱き寄せられた。

 私は素直な気持ちを言葉に出来ない代わりに、ライナスの背中に腕を回してそっと触れる。
 彼の腕の中で、密かに喜び微笑むのだった。

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