上 下
73 / 76

73話 悪態をつく聖女が歩む道①

しおりを挟む

 ──身体が、羽根のように軽い。

 今までとは、全く反対の感覚。
 解放されたような、身体に自由が許されたような。

 ライナスが私を選んでくれるなんて、思っていなかった。
 確かに結末を変えてと願ったけれど……国民を敵に回す選択をさせてしまったわ。
 不完全な聖女の話は公にされてはいないとはいえ、万が一漏れることがあればライナスは責任を問われるかもしれない。

 私の運命は変わらない。だから、私の命を使ってできるだけ多くの人を救う。
 それが、私が報える唯一の方法なのだから。

「アイヴィ」

 呼ばれて、ふっと目を覚ます。
 すくい上げてくれるような優しい声で私の名を呼ぶその声に、一瞬で意識をハッキリと覚醒させる。

「え……?」

 サファイアの美しい蒼い瞳が至近距離で私を見つめていて、驚きと恥ずかしさでほとんど反射的にライナスの身体を押して距離を取ろうとする。

「うわあ! 近っ、近いってば、ライナ──」

 しかし、しっかりと私の身体はライナスの腕に抱えられていて、失敗に終わった。伸ばした自分の腕を見て違和感を覚える。
 ずっと悩まされていた倦怠感も重さも何も無く、身体が嘘みたいに簡単に動く。
 まるで骸骨のように細くなっていた手も足も、すっかり元通りになっていて目を疑う。

「あ……エルシーの聖女の力が私に移ったのね」

 ライナスがエルシーのハルモクリスタルを破壊し、私が正式の聖女と認められた……のかしら。
 だからエルシーの聖女の力が私に譲渡され、その分生命力も戻ったのだと勝手に理解する。

 一通り自分の身体を確かめると、ライナスとふと目が合った。
 部屋の明かりは消えていて、月明かりだけの暗がりという今の状況と、目覚めた時あまりにライナスと距離が近かった動揺で気付かなかったけれど、ライナスの額に血の痕を見つける。
 血は既に乾いており、怪我を負ってからそれなりに時間が経っているようだった。

「あなた……怪我をしているわ」

 聖女の力を使ってライナスの傷を癒す。
 しかし反動の倦怠感は一向に訪れず、私は力を使った手のひらを自分に向けて首を傾げる。

 聖女の力を使っても、全く疲れないわ。……どうして?
 正式の聖女だと認められたとはいえ、不完全な聖女の運命まで変えられた……なんて、そんなことあるのかしら?
 神が私を許すだとかエルシーはそんなことを言ってはいたけれど、私が正式の聖女となった場合のことは言及はされていないから、わからない。

 混乱に陥る私の手を取って、ライナスは包むように自分の手を重ねた。

「君はもう、死に怯えなくてもいいんだ。聖女の力をいくら使おうが命を削ることはない。本物の聖女になったのだから」

「え? ええ? どういうこと?」

 そういえば部屋にエルシーの姿がない。彼女から何か話を聞いたのかと思い説明を求めるも、ライナスは首を横に振った。

「詳しくは後で説明する。それよりも今は、君に聞いて欲しい」

 疑問が解消せず困惑する私の意識を向けさせるように、ライナスは私の瞳を覗き込んだ。
 ライナスと密着し、私の身体に伝わる体温を今更意識して、頬が熱を帯びる。

「これからも私の隣にいてくれるか。私の妻になって欲しい人は、君以外考えられない。──君を、愛している。アイヴィ」

 じわりと、私の目に涙が一雫浮かぶ。
 思い描くことすら躊躇っていた幸せな現実が、今私の目の前にある。
 ライナスの隣に立って、一緒の未来を見て、永遠に想い合うことを許される、そんな現実が。

「夢じゃ……ないの? 本当に?」

「ああ、夢じゃない」

「もう、すぐに死ぬことはないの? 私……生きられるの?」

「ああ、死んだりしない。君はもう苦しむことはないんだ」

 ポロポロと細かな雫が瞳から落ちていく。
 夢じゃないと、ハッキリと告げられた事実が私に染みていく。宥めるようにライナスの指が涙を拭った。

「あなたのそばにいてもいいの? 私、きっとこれからも悪態つきまくるわよ。酷いことや心にも思ってないことも言ってしまうわよ。……可愛げないわよ。そんな女でいいの?」

 本物の聖女になったとはいえ、私がジェナを演じてしまうことは簡単には変えられない。
 今だって、気を抜けば「……なんて、私が言うとでも思った?」などと口にしてしまいそうなのを必死に我慢している。
 奇跡的にライナスは私のことを好きだと言ってくれたけれど、本当にこんな私でいいのかと、自信の無い弱い心をぶつけてしまう。

 ライナスは私の不安を吹き飛ばすように、ふっと息を零しながら微笑した。

「いくらでもつけばいい。君がどれだけ悪態をつこうが、君の本心は私が理解する」

 胸がいっぱいになって、言葉が喉につかえる。
 喜びに震えた涙は大粒になり、自分の手で拭う。
 大切な言葉を伝える為に胸元を押さえた。

「……ねえ、きっと一度しか言わないわよ。よく聞いて」

 ジェナ、お願い。この言葉だけは素直に伝えたいの。
 どうか邪魔をしないで、言わせて頂戴。

 自分に言い聞かせるように強く願えば、私の頭の中にあったジェナの意地悪なセリフはすべて消えた。

「──あなたが好きよ、ライナス」

 言い終えると同時に、唇を塞がれる。
 甘くて優しいキスは、また涙が溢れてしまうほど幸せで、私はライナスの肩にそっと触れて目を瞑った。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

処理中です...