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72話 明かされる真実

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 ズキズキと痛む頭を押さえながら、ライナスは身体を起こした。
 短剣から発せられた光の衝撃は大きく、家具には掻きむしったような傷が付き、窓にヒビが入り、小さなシャンデリアが床に落ち、部屋の中は空き巣に入られたかのように荒んでいた。

 事前に『何があっても部屋に入るな』とレグランに命令していたこともあり、兵士や護衛達が駆け付けてくる気配は今のところない。

 光に吹き飛ばされ、アイヴィを守りながらライナスは身体を打ち付けていた。
 衝撃で頭を打ち、額から血が流れる感覚を持ちながら腕の中にいるアイヴィの様子を窺う。

 アイヴィは意識を失っているだけのようだった。
 しかしやせ細っていた彼女はライナスと出会った時と同じくらいに健康的な体型に戻り、顔に血色が戻っている。
 エルシーの聖女の力がアイヴィに渡ったからだろうか。

「……まさか不完全な聖女を選ぶ愚者がいるなんて……想像もしていませんでしたわ」

 どこにいたのか、ライナスの前にエルシーがゆらりと現れる。
 ライナスはアイヴィを守るように抱きしめ、エルシーと対峙した。

「警戒する必要はありませんよ。どうせわたしに力は残っていないのですから」

「……」

「すべて説明致します。本当は嫌ですけどね。それが神との約束ですから」

 武器も持っていませんと、エルシーは両手を肩元まで挙げて手のひらをライナスへ向ける。
 どこか投げやりに見えるのは、ライナスの気のせいではない。
 ライナスはまだ警戒しつつも、話を聞く姿勢を取った。

「わたしも第二の聖女として神からお告げを授かった際に聞いたのですが。アイヴィさんは前世数々の悪行を働き処刑され、この世界へ生まれ変わって来たそうです。ご存知でしたか?」

 突然何の話だとライナスは困惑するが、頭の中でアイヴィが時折前世云々の話をしていたことが思い浮かんだ。

「そういえば……彼女は前世貴族の記憶を持って生まれ変わったと言っていた。多少懐疑的ではあったが……本当だったのか」

「前世の彼女は自分に与えられた役割を果たすために、わざと人を傷付けたり、陥れたり、筋書きに沿って行動を起こしたんですよ。そして最後は目論見通り処刑されました」

「自分から処刑されるように仕向けただと?」

 到底信じ難い話に、ライナスは思わず聞き返す。
 一体この世のどこに処刑されようと動く人間がいようか。前世という漠然とした概念も相まって、ライナスは簡単に呑み込めない。

「はい。前世の彼女は、互いに惹かれ合う一組の男女を引き裂こうとする悪役を演じきったのです」

「演じきった……?」

「前世、アイヴィさんは特殊な状況に置かれていました。自分が生まれ変わった人物の一生を、生まれ変わったその瞬間から知っていたんです。もちろんその人生を変えることも出来たのに、筋書きを真面目に守ることを選んだ彼女は破滅を迎えることを受け入れたのです」

「そんな馬鹿な……。……いや、彼女ならありえなくはないのか……」

 不完全な聖女の運命から逃れようと藻掻くこともせず、受け入れたアイヴィなのだから、これ以上の説得力はなかった。

「しかし例え彼女が自分の役割を全うしたといっても、悪事を働いた事実に変わりありません。ですから彼女はこの世界で不完全な聖女という理不尽な立場に置かれ、前世の罪の償いをさせられていたのです」

「ならば前世の彼女に自分の一生の記憶を与えるような真似をしなければ良かっただろう。人を試すようなことをする神の方がよほど罪深い」

「さあ……私に言われても困ります。神がお考えになられたことですから」

 エルシーは神の理不尽な行いにも何か考えあっての事だと考えているらしい。
 それはある種思考の放棄と同義なのだが、神を盲信しているエルシーに言ったところで彼女には響かないだろうとライナスは口を噤んだ。

 エルシーはライナスが黙ったことに何か感じ取りつつも、特に触れることはせずに話を続ける。

「今世で人を救い、禊を終えたら次はアイヴィさんも普通に生まれ変わる予定だったんですよ。ですから別に死んでもらって良かったのに……」

 軽蔑するように、エルシーはライナスを恨みがましく見つめる。自分が選ばれなかったことにひどく腹立たしさを覚えているようだった。

「殿下が愚かにも不完全な聖女を選び、神はアイヴィさんの前世の罪をお赦しになられたんです。例え聖女を失うことになったとしても、アイヴィさんを心から救いたいと願う者がいたなら、神はアイヴィさんの前世の罪を赦されると決めていましたから」

 エルシーはうんざりした表情で面倒くさそうに説明する。
 神のお告げを受けた時、もし不完全な聖女が選ばれたなら、選んだ者に詳細を話せと命じられていなければ、今頃彼女はここにいなかっただろう。

「それほどまでに生きて欲しいと思われたなら、必要とされたなら、人に愛されたなら。充分に罪を償ったことに値するだろうと、神はお考えになられたようですよ」

「……それなら、彼女は」

「あなたがわたしのハルモクリスタルをご丁寧に破壊してくれた時に、わたしの聖女の力はすべてアイヴィさんに譲渡されました」

 嫌味たらしく言うと、エルシーはあからさまなため息をついた。

「神に赦されたアイヴィさんは本物の聖女となります。……わたしが、やっと聖女になれるはずだったのに、あなたがすべて台無しにしてくれましたからね」

「…………」

 怒りは相当深いのだろう。エルシーの目が血走っている。
 しかしどれだけ憎まれようとも、ライナスがアイヴィを選んだことを後悔することはない。
 ライナスは黙ってエルシーの恨み言を受け入れる。

「彼女はもう、力を使うことによって苦しむことも、命を削ることもありませんよ。良かったですね?」

 その言葉を聞いて、ライナスは肩の力が抜ける。身が潰れそうになるほどの緊張状態がようやく弛緩した。
 アイヴィがこれからも生きられるという事実が、彼の中で込み上げてくるものがあり、目頭を熱くさせる。それを手で隠しながら、安堵の気持ちを吐露した。

「彼女が……アイヴィが生きられるのなら……良かった」

「はあ……くっだらない。わたしは生まれてからずっと神を崇拝してきたというのに。お告げを受けた時、ついに聖女に選ばれたのだと狂喜したのに……!」

 エルシーは天を見上げ、神を非難するように睨みつける。

「聖女になれないのなら、今まで捧げ続けたわたしの祈りは何だったというの。これも神は何かお考えあってのことだと言うの……? ふざけた話だわ」

 エルシーは吐き捨てると、床に散らばるシャンデリアの破片をガシャガシャと荒く踏みつけながら部屋から出て行った。

 パタン、と扉が閉まり、穏やかな静寂が訪れる。

 ライナスはアイヴィの手を握り、額をこつんと彼女の額に当てながら、頬を緩ませた。

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