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62話 見抜く人①
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あれから結局馬車の中でほとんど眠っていた私は、城へ到着した時にやっと目が覚めたのだった。
「起きたか」
「……着い、──!?」
着いたの、と呑気に尋ねようとした私は、驚愕して一気に意識が覚醒した。
肩を抱かれ、ライナスに身体を寄せている自分の今の状態に気付いて、椅子から転げ落ちそうになる。
「な、な、な、な!? 何であなたが隣にいるのよ!」
「何を今更。昨日からずっと隣にいたが」
「え!? そんなはず──」
ないとは断言出来ず、言葉を勢いよく飲み込んだ。
私はほとんど寝惚けていて、正しい記憶が全くと言っていいほどないのだから。
でも言われてみれば確かに、ライナスは隣にいたような……。気もしなくも……ないかもしれない。
「…………」
「思い出したか?」
「いえ。思い出せないけれど、あなたが嘘をつくとは思えないわ」
「信用されているようで何よりだ」
……ということは、私はずっとライナスに寄りかかって寝ていたわけね……。
どうしよう。変な寝言とかいびきとか酷い寝顔とかしていなかったかしら……!?
「アイヴィ嬢?」
醜態を晒していないかと心配する私をよそに、既にライナスは馬車を降りていて、私に手を差し出して待っていた。
人の気も知らずに、と心の中で口を尖らせて、手を借りて降りる。
国王陛下とセリーナ様が直々に出迎えに来てくれていた。
「よくぞ無事に帰って来てくれた、聖女ど──」
「アイヴィさん!!」
国王陛下の言葉に被せて、セリーナ様が私に飛び付いて来る。
コニーの時と同様、私はセリーナ様の体重を支え切れず、後ろの馬車にガンっと思い切り頭を強打した。
「~~っっ」
「きゃあああ! アイヴィさん! 大変だわ!!」
悶絶してしゃがみ込む私の頭を、セリーナ様は顔を真っ青にしながら慌てて摩ってくれる。
ライナスは呆れながら大きくため息をついた。
「母上。彼女は非常に疲れています。すぐに休ませて下さい」
「まあ、そうよね……! ごめんなさいね、私ったら気が利かなくて」
「彼女は私が部屋まで送──」
「さあ、行きましょうアイヴィさん!」
ライナスを押し退け、セリーナ様は私の腕を引いて勢いよく走り出す。
私は両足の踵を地面に付けてズルズルと引きずられる形で、国王陛下へろくに挨拶も出来ずに連れ去られて行く。
「母上!」
ライナスがセリーナ様を止めようと声を上げた時には、既に私達は城の中へ入っていた。
一体どこにそんな力が、と思うほど私を引きずりながら走るセリーナ様の足取りは軽快で、私は抵抗する暇もなく運ばれる。
「アイヴィさん、何だか随分軽いわね。軽すぎるわ」
「そ、そうでしょうか? 少し痩せてしまったからかもしれませんね……!?」
そしてものの数分で私は自分の部屋へと運搬……到着したのだった。
摩擦で燃えなくて良かったと、靴の踵から煙を出しながらセリーナ様へ会釈して謝意を示す。
「セリーナ様、ありがとうございました」
「いいのよ。それより顔色が本当に良くないわね。それに厚着し過ぎじゃないかしら」
「いえ、これは……少し寒くて」
セリーナ様は私の額と自分の額に手を当てて、熱がないか確認する。
「熱はないようだけど……とりあえず着替えないとね」
そう言いながらセリーナ様がクローゼットへと向かった時、コニーが大荷物を背負って息をゼエゼエと切らしながら部屋へ入って来た。
私がセリーナ様に引きずられて行ったと聞いたのか、慌てて追って来てくれたようだった。
「ア、アイヴィ様! 申し訳ありません、荷物を下ろすのに時間が掛かりまして」
「あら、丁度良かったわ。あなた、アイヴィさんを着替えさせて頂戴。いくら寒くても寝る時まで厚着してたら逆に汗で冷えちゃうわ」
クローゼットからシルクのネグリジェを取り出したセリーナ様は、コニーへとそれを渡す。
その服を見た私はギョッとして、セリーナ様に首を振った。
「あ、あの……セリーナ様。さすがにそれは寒いかと」
「大丈夫よ、私が疲労回復と冷えに効くとびきりの紅茶を用意するわ。それを飲んで眠ったらきっと身体も楽になるわよ」
「…………」
そんな薄い服を着たら、一発で私の身体のことがバレてしまう。
しかもセリーナ様は紅茶を用意して私を待つつもりだ。
……ど、どうしよう? 王妃陛下の親切を断るわけにはいかないし……。
「さ、アイヴィさんが着替えている間に紅茶を淹れてしまうわね。急がずにゆっくりして頂戴」
「……。ありがとうございます……」
咄嗟に良い口実も思い付かず、私は渋々着替えに隣の部屋へと移った。
コニーがネグリジェを持ちながら茫然と立ち尽くし、私に判断を促す。
「ア、アイヴィ様……どうしますか……?」
「……ここから何とか誤魔化す方法なんてあるかしら、コニー」
「…………。も、申し訳……ありません! お役に……お役に立てず……!」
「無理よね。……セリーナ様には、きちんとお話するしかないわ」
下手に嘘をついてセリーナ様からの信頼を失うより、ちゃんと全部話そうと心に決めて、肌触りの良いシルクに腕を通す。
半袖のそれは、私のガリガリになった腕をより一層惨めに強調させる。
自分ですら目を逸らしたくなるような醜い身体を、自分の腕で包むように抱き締めてから、セリーナ様の元へと戻った。
「起きたか」
「……着い、──!?」
着いたの、と呑気に尋ねようとした私は、驚愕して一気に意識が覚醒した。
肩を抱かれ、ライナスに身体を寄せている自分の今の状態に気付いて、椅子から転げ落ちそうになる。
「な、な、な、な!? 何であなたが隣にいるのよ!」
「何を今更。昨日からずっと隣にいたが」
「え!? そんなはず──」
ないとは断言出来ず、言葉を勢いよく飲み込んだ。
私はほとんど寝惚けていて、正しい記憶が全くと言っていいほどないのだから。
でも言われてみれば確かに、ライナスは隣にいたような……。気もしなくも……ないかもしれない。
「…………」
「思い出したか?」
「いえ。思い出せないけれど、あなたが嘘をつくとは思えないわ」
「信用されているようで何よりだ」
……ということは、私はずっとライナスに寄りかかって寝ていたわけね……。
どうしよう。変な寝言とかいびきとか酷い寝顔とかしていなかったかしら……!?
「アイヴィ嬢?」
醜態を晒していないかと心配する私をよそに、既にライナスは馬車を降りていて、私に手を差し出して待っていた。
人の気も知らずに、と心の中で口を尖らせて、手を借りて降りる。
国王陛下とセリーナ様が直々に出迎えに来てくれていた。
「よくぞ無事に帰って来てくれた、聖女ど──」
「アイヴィさん!!」
国王陛下の言葉に被せて、セリーナ様が私に飛び付いて来る。
コニーの時と同様、私はセリーナ様の体重を支え切れず、後ろの馬車にガンっと思い切り頭を強打した。
「~~っっ」
「きゃあああ! アイヴィさん! 大変だわ!!」
悶絶してしゃがみ込む私の頭を、セリーナ様は顔を真っ青にしながら慌てて摩ってくれる。
ライナスは呆れながら大きくため息をついた。
「母上。彼女は非常に疲れています。すぐに休ませて下さい」
「まあ、そうよね……! ごめんなさいね、私ったら気が利かなくて」
「彼女は私が部屋まで送──」
「さあ、行きましょうアイヴィさん!」
ライナスを押し退け、セリーナ様は私の腕を引いて勢いよく走り出す。
私は両足の踵を地面に付けてズルズルと引きずられる形で、国王陛下へろくに挨拶も出来ずに連れ去られて行く。
「母上!」
ライナスがセリーナ様を止めようと声を上げた時には、既に私達は城の中へ入っていた。
一体どこにそんな力が、と思うほど私を引きずりながら走るセリーナ様の足取りは軽快で、私は抵抗する暇もなく運ばれる。
「アイヴィさん、何だか随分軽いわね。軽すぎるわ」
「そ、そうでしょうか? 少し痩せてしまったからかもしれませんね……!?」
そしてものの数分で私は自分の部屋へと運搬……到着したのだった。
摩擦で燃えなくて良かったと、靴の踵から煙を出しながらセリーナ様へ会釈して謝意を示す。
「セリーナ様、ありがとうございました」
「いいのよ。それより顔色が本当に良くないわね。それに厚着し過ぎじゃないかしら」
「いえ、これは……少し寒くて」
セリーナ様は私の額と自分の額に手を当てて、熱がないか確認する。
「熱はないようだけど……とりあえず着替えないとね」
そう言いながらセリーナ様がクローゼットへと向かった時、コニーが大荷物を背負って息をゼエゼエと切らしながら部屋へ入って来た。
私がセリーナ様に引きずられて行ったと聞いたのか、慌てて追って来てくれたようだった。
「ア、アイヴィ様! 申し訳ありません、荷物を下ろすのに時間が掛かりまして」
「あら、丁度良かったわ。あなた、アイヴィさんを着替えさせて頂戴。いくら寒くても寝る時まで厚着してたら逆に汗で冷えちゃうわ」
クローゼットからシルクのネグリジェを取り出したセリーナ様は、コニーへとそれを渡す。
その服を見た私はギョッとして、セリーナ様に首を振った。
「あ、あの……セリーナ様。さすがにそれは寒いかと」
「大丈夫よ、私が疲労回復と冷えに効くとびきりの紅茶を用意するわ。それを飲んで眠ったらきっと身体も楽になるわよ」
「…………」
そんな薄い服を着たら、一発で私の身体のことがバレてしまう。
しかもセリーナ様は紅茶を用意して私を待つつもりだ。
……ど、どうしよう? 王妃陛下の親切を断るわけにはいかないし……。
「さ、アイヴィさんが着替えている間に紅茶を淹れてしまうわね。急がずにゆっくりして頂戴」
「……。ありがとうございます……」
咄嗟に良い口実も思い付かず、私は渋々着替えに隣の部屋へと移った。
コニーがネグリジェを持ちながら茫然と立ち尽くし、私に判断を促す。
「ア、アイヴィ様……どうしますか……?」
「……ここから何とか誤魔化す方法なんてあるかしら、コニー」
「…………。も、申し訳……ありません! お役に……お役に立てず……!」
「無理よね。……セリーナ様には、きちんとお話するしかないわ」
下手に嘘をついてセリーナ様からの信頼を失うより、ちゃんと全部話そうと心に決めて、肌触りの良いシルクに腕を通す。
半袖のそれは、私のガリガリになった腕をより一層惨めに強調させる。
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