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61話 小さな罪を重ねる②
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夢も見ないほどの深い眠りから、徐々に意識を浮上させていく。
誰かが優しく私の髪を撫で、その心地良さに頬が緩む。
「──嬢、アイヴィ嬢」
「ん……」
私を呼ぶライナスの声で、瞼を開いた。
何だかさっきも同じように、ライナスに起こされた気がするわ。もしかしてさっきのは夢だったのかしら。
「街に着いた。城まではまだ少し距離があるから、ここで休憩と食事にしよう」
「食事……わかったわ」
まだ半分寝惚けながら、ライナスの手を借りて馬車から降りる。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ、眠いだけだから」
「……本当に眠いだけか?」
私が無理をすることを十分にわかっているから、ライナスは私の言葉を疑う。
その疑いを払拭させるべく、根拠をつけて否定する。
「瘴気を消すのに力を使いすぎたのよ。しばらくの間休めば治るから心配しないで。今までだってそうだったでしょ?」
ハワーベスタでもグラーレウスでも、時間は掛かっても治った……ように見えたはず。
実際は身体へのダメージは消えるどころか増えていっているけれど。
ライナスは私の言い分に完全に納得したようではなかったけれど、それ以上私に疑いを掛けたところで意味はないのだし、仕方なくと言った様子で口を噤んだ。
そのまま私はライナスの腕を借りて、杖代わりにして歩いていた……はずだった。
「アイヴィ嬢?」
ハッとして目を覚ますと、いつの間にかどこかのレストランのような場所で私は席に着いていて、向かい側に座るライナスにまた起こされていた。
いくら寝不足とはいえ、あまりに襲い来る睡魔に、違和感を覚える。
イソトマ族のところにいた時は身体を休めながら動いていたからこんなことはなかった。
ライナスの元で普通に振舞って過ごそうと思うと、私の今の体力では厳しいのかもしれない。
前日の疲労がここまで影響を与えるのなら、あまり無駄な体力を使わないようにしないと、一日寝てばかりになってしまうようだ。
「……また寝てた?」
「寝ていたと言うよりは、意識を失っているように見えた」
「強烈に眠いのよ。食事を済ませたらまた寝てもいいかしら」
「それは構わないが……」
ライナスが心配そうに眉を寄せるので、どう言って安心させようかと考えている内に食事が運ばれて来る。
コース料理の前菜が置かれて、美味しそうねと口に出すものの、食欲がまるでない。
シェフが見た目も楽しんで貰おうと、料理を綺麗に盛り付けているのはわかる。
ただ、食欲のない私にはただの葉っぱの寄せ集めにしか見えない。
でも少しくらい食べないと、余計に体力が減るだけだ。
フォークを手に取ると、側に控えていたレグランが待ったをかける。
「アイヴィ様。手袋は外されないのですか」
「え? ああ……」
今の私の手は骸骨みたいになっているから、手袋で隠していたことを忘れていた。
ライナスに嵌めてもらった指輪もブカブカで嵌まらなくなってしまったので、アクセサリーケースの中に眠っている。
今この場でそんな手を晒すわけにはいかない。
私は咄嗟に思い付いた適当な嘘を並べた。
「瘴気を消す時に少し怪我をしてしまったのよ。怪我は大したことないのだけど、見た目が最悪でね。あまり傷跡を見られたくないの」
「何? そんなに酷い怪我なのか?」
ライナスが私の怪我の具合を確認しようと手を伸ばして来たので、慌てて手を引っ込める。
「大したことないってば。見られたくないって言ったでしょ。……ほら、早く食べましょ」
フォークを握って前菜を口に運び、ライナスから私の手を見ようとする機会を奪えば、彼は眉を顰めたまま諦める。
「うん、美味しいわ」
そう言いながら葉っぱを三口ほど時間をかけて食べて、フォークを置いた。
レグランが反応する。
「アイヴィ様、もうお召し上がりになられないのですか?」
「ええ、どうしても眠たくて。先に馬車へ戻ってもいいかしら」
「馬車の中ではゆっくり休めないだろう。どこか手配して──」
ライナスの提案を、私は遮った。
「いいの、少し休みたいだけだから。レグラン、手を貸してくれる?」
「はい。かしこまりました」
レグランの手を借りて立ち上がり、席を外す。
気を抜けばまた眠ってしまいそうなので、定期的に自分の頬を抓りながら馬車へと向かう。
その道中、レグランが私の方をじろじろと見て来るので、眠気を抑えられないまま何よと睨む。
「アイヴィ様。失礼ながら一つ気になることがございまして」
気になること、と言われて私はドキッとする。一瞬で眠気など飛んで行った。
……何に気付いたのかしら。
重ね着も化粧もコニーにバッチリしてもらったはずなのに、どこか違和感があった?
焦りをレグランに悟られないように平静を装いながら、恐る恐る続きを聞く。
「……何?」
「お食事をされている時に気付いたのですが、白髪がありますよ」
私は慌てて自分の髪を掴んで見る。
染めたばかりなのに、もう白髪が出て来ているの?
レダが染色剤を渡してくれて良かった。またすぐ染めないと……。
「嫌だ、本当? 気苦労が耐えないからかしら。聖女なんてやるもんじゃないわね」
「まだお若いのに……。それ以上増えないといいですね」
「なら私に苦労かけさせないで頂戴ね」
「私はアイヴィ様に苦労をかけさせたことなどないと思いますが。どちらかと言えばアイヴィ様が私に……」
「あら。今何故だか白髪が増えた気がするわ。ストレスかしらね」
軽口を叩けば、レグランは私の髪のことをそこまで深く捉えなかったようだった。
ひとまず安堵するけれど、色々と誤魔化すたびに嘘を重ねていくことに、人知れず小さくため息を零した。
誰かが優しく私の髪を撫で、その心地良さに頬が緩む。
「──嬢、アイヴィ嬢」
「ん……」
私を呼ぶライナスの声で、瞼を開いた。
何だかさっきも同じように、ライナスに起こされた気がするわ。もしかしてさっきのは夢だったのかしら。
「街に着いた。城まではまだ少し距離があるから、ここで休憩と食事にしよう」
「食事……わかったわ」
まだ半分寝惚けながら、ライナスの手を借りて馬車から降りる。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ、眠いだけだから」
「……本当に眠いだけか?」
私が無理をすることを十分にわかっているから、ライナスは私の言葉を疑う。
その疑いを払拭させるべく、根拠をつけて否定する。
「瘴気を消すのに力を使いすぎたのよ。しばらくの間休めば治るから心配しないで。今までだってそうだったでしょ?」
ハワーベスタでもグラーレウスでも、時間は掛かっても治った……ように見えたはず。
実際は身体へのダメージは消えるどころか増えていっているけれど。
ライナスは私の言い分に完全に納得したようではなかったけれど、それ以上私に疑いを掛けたところで意味はないのだし、仕方なくと言った様子で口を噤んだ。
そのまま私はライナスの腕を借りて、杖代わりにして歩いていた……はずだった。
「アイヴィ嬢?」
ハッとして目を覚ますと、いつの間にかどこかのレストランのような場所で私は席に着いていて、向かい側に座るライナスにまた起こされていた。
いくら寝不足とはいえ、あまりに襲い来る睡魔に、違和感を覚える。
イソトマ族のところにいた時は身体を休めながら動いていたからこんなことはなかった。
ライナスの元で普通に振舞って過ごそうと思うと、私の今の体力では厳しいのかもしれない。
前日の疲労がここまで影響を与えるのなら、あまり無駄な体力を使わないようにしないと、一日寝てばかりになってしまうようだ。
「……また寝てた?」
「寝ていたと言うよりは、意識を失っているように見えた」
「強烈に眠いのよ。食事を済ませたらまた寝てもいいかしら」
「それは構わないが……」
ライナスが心配そうに眉を寄せるので、どう言って安心させようかと考えている内に食事が運ばれて来る。
コース料理の前菜が置かれて、美味しそうねと口に出すものの、食欲がまるでない。
シェフが見た目も楽しんで貰おうと、料理を綺麗に盛り付けているのはわかる。
ただ、食欲のない私にはただの葉っぱの寄せ集めにしか見えない。
でも少しくらい食べないと、余計に体力が減るだけだ。
フォークを手に取ると、側に控えていたレグランが待ったをかける。
「アイヴィ様。手袋は外されないのですか」
「え? ああ……」
今の私の手は骸骨みたいになっているから、手袋で隠していたことを忘れていた。
ライナスに嵌めてもらった指輪もブカブカで嵌まらなくなってしまったので、アクセサリーケースの中に眠っている。
今この場でそんな手を晒すわけにはいかない。
私は咄嗟に思い付いた適当な嘘を並べた。
「瘴気を消す時に少し怪我をしてしまったのよ。怪我は大したことないのだけど、見た目が最悪でね。あまり傷跡を見られたくないの」
「何? そんなに酷い怪我なのか?」
ライナスが私の怪我の具合を確認しようと手を伸ばして来たので、慌てて手を引っ込める。
「大したことないってば。見られたくないって言ったでしょ。……ほら、早く食べましょ」
フォークを握って前菜を口に運び、ライナスから私の手を見ようとする機会を奪えば、彼は眉を顰めたまま諦める。
「うん、美味しいわ」
そう言いながら葉っぱを三口ほど時間をかけて食べて、フォークを置いた。
レグランが反応する。
「アイヴィ様、もうお召し上がりになられないのですか?」
「ええ、どうしても眠たくて。先に馬車へ戻ってもいいかしら」
「馬車の中ではゆっくり休めないだろう。どこか手配して──」
ライナスの提案を、私は遮った。
「いいの、少し休みたいだけだから。レグラン、手を貸してくれる?」
「はい。かしこまりました」
レグランの手を借りて立ち上がり、席を外す。
気を抜けばまた眠ってしまいそうなので、定期的に自分の頬を抓りながら馬車へと向かう。
その道中、レグランが私の方をじろじろと見て来るので、眠気を抑えられないまま何よと睨む。
「アイヴィ様。失礼ながら一つ気になることがございまして」
気になること、と言われて私はドキッとする。一瞬で眠気など飛んで行った。
……何に気付いたのかしら。
重ね着も化粧もコニーにバッチリしてもらったはずなのに、どこか違和感があった?
焦りをレグランに悟られないように平静を装いながら、恐る恐る続きを聞く。
「……何?」
「お食事をされている時に気付いたのですが、白髪がありますよ」
私は慌てて自分の髪を掴んで見る。
染めたばかりなのに、もう白髪が出て来ているの?
レダが染色剤を渡してくれて良かった。またすぐ染めないと……。
「嫌だ、本当? 気苦労が耐えないからかしら。聖女なんてやるもんじゃないわね」
「まだお若いのに……。それ以上増えないといいですね」
「なら私に苦労かけさせないで頂戴ね」
「私はアイヴィ様に苦労をかけさせたことなどないと思いますが。どちらかと言えばアイヴィ様が私に……」
「あら。今何故だか白髪が増えた気がするわ。ストレスかしらね」
軽口を叩けば、レグランは私の髪のことをそこまで深く捉えなかったようだった。
ひとまず安堵するけれど、色々と誤魔化すたびに嘘を重ねていくことに、人知れず小さくため息を零した。
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