悪役令嬢の性格を引き継いだまま、聖女へ転生! ~悪態つきまくりですけど、聖女やってやりますわ~

二階堂シア

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59話 再会②

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 ワイバーンに乗り込み、晴れ晴れとした空を緩やかに飛行する。
 速く飛ぶと私の身体に負担が掛かると思って、きっとレダが気を遣ってくれたのだろう。
 それでも肌に当たる風が体力を消耗し、私は途中何度か息を切らした。

 真夜中に飛んだ時とは全く違う顔を見せる、昼間の明るい景色を見て気を紛らわせていると、レダが下方を指差した。
 人が豆粒ほどにしか見えなくて誰がどこにいるのかはよくわからないけれど、兵士らしき集団が馬に乗って街道を進んでいる姿が見える。

「あ、いたいた。悪ぃけどこのままノコノコ出てったら俺王子サマにとっ捕まえられそうだし、アンタ一人で行ってくれるか?」

「ええ。その方がいいと思うわ」

 レダが捕えられるのは不本意なので私は承諾し、兵士の集団から少し離れたところで降ろしてもらう。
 レダはワイバーンに乗ったまま、少し重みのある謎の白い包みを私に差し出した。

「これ、髪の染色剤と俺が調合した薬だ。薬は毎日欠かさず飲んでくれよ。じゃなきゃまともに身体動かせないと思うぜ」

「…………」

 レダの心遣いが胸に沁みて、すぐに言葉が出て来ない。
 袋を受け取ると、レダはノノメリアで私が使った笛を私の手に持たせてくれる。

「笛もやる。もし何かあったらすぐに呼べよ。飛んで行ってやるから」

 私は笛を大切に握り締めると、一度唇を強く噛んでジェナの抵抗を破り、感謝の気持ちを言葉にした。

「……レダ。ありがとう……」

「礼を言うのはこっちだ。瘴気を浄化してくれて本当に感謝してる。……俺が言えた義理じゃねえけど、これ以上無理すんなよ。アンタはもう少し自分を大事にするべきだ」

 レダは珍しく真面目な顔をして私に言い聞かせたかと思えば、すぐに切り替えたようにニカッと歯を見せて笑う。

「じゃ、もう行くぜ。多分向こうは俺達がここに降りたの気付いてるだろうから、すっ飛んで来てると思うぜ」

「えっ」

 レダは逃げるようにワイバーンと共に飛び去り、すぐに小さな影となって空へ消えて行った。

 そして背後から複数の馬の蹄の音が迫って来て、私の近くで止まる。
 誰かが馬から降りたような気配がして、その人の足音が私に近付いてくる。

 勇気が出ずに振り向くことが出来ないまま、その場に立ち尽くした。

「……アイヴィ嬢」

 ──また、聞けるとは思っていなかった声が、私の耳に響く。

 ただ名前を呼ばれただけなのに、胸が震えて涙が出そうになり、鼻の奥がツンと痛くなる。

 そのまま佇んでいると、そっと肩を引かれて振り向かされる。
 包み込まれるように抱き締められ、驚きに目を開いた。

「……で、殿下……」

「良かった……。無事だったんだな……」

 ライナスの声が安堵の吐息と共に耳に当たって、私の首筋が震える。
 ライナスのことが好きだと自覚した私にはあまりに刺激が強すぎた。

 心臓がありえないほどの速さで鼓動を打ち、発火したように顔が熱くなる。
 重ね着している暑さと冷や汗が一緒になって額を濡らし、慌てた私はライナスに一旦離れることを依頼してみた。

「あ、ああ、あの、ちょっと、離してくれる?」

 目をぐるぐる回しながら必死に伝えると、ライナスは少しだけ力を緩めて私の顔を覗き込んで来る。
 至近距離でライナスの蒼い瞳とまともに目が合って、恥ずかしさに耐えられない。
 半ば頭突きのように額をライナスの身体に勢いよくぶつけて、彼から顔が見えないように隠した。

 結果的に自分からライナスに引っ付いた形になってしまい、墓穴を掘ったと後悔する。
 離してとお願いしているのにライナスは私の背中に回した腕を解放してくれないので、状況は好転しないままだ。
 いや、むしろ悪化した気がする。半分自分のせいだけど。

 このままじゃ死んじゃう。文字通り死んじゃう。
 私の残り少ない寿命が更に縮んで天国への扉がこんにちはして来てる。
 もうちょっと生きさせて、お願いライナス。

 ライナスは私の必死な心の内など知るはずもなく、ただひたすらに純粋な心配を私に浴びせる。

「また少し痩せたんじゃないか?」

「す、す、少しね!? ほんのちょっとね!?」

 こっそり胸板を押してライナスと少しでも離れようと抵抗するも、私の軟弱な力ではビクともしない。
 ライナスとこんなにも近い距離でいること自体意識を手放しそうなほど緊張しているのに、ライナスと一緒に付いてきた兵士に今の私達を見られているという羞恥心も私を襲う。

 ライナスは恥ずかしくないのかしら。
 友達とハグする感覚なのかしら。
 それともこの世界ではハグは挨拶代わり? そんなフランクな国民性だったっけ?

 ライナスの胸元に顔を埋めたまま顔を上げずにいると、不審に思ったのか彼の声が急に固くなった。

「イソトマ族に何をされた? 場合によっては一族諸共消し炭にするが」

「それは後で詳しく説明するわ! とにかく、離してってば!」

 限界を迎えて叫べば、ライナスはやっと解放してくれた。
 私は俯いて肩で息をしながら、全力疾走した後のような心臓に手を当て何度か強めに押す。

 ……危ない、本当に死にかけたわ。
 一瞬空から舞い降りる天使の幻想が見えたわ。

 セルフ心肺蘇生して多少落ち着きを取り戻した私が顔を上げたら、ライナスの後ろに控える兵士達が私達に気を遣って目を逸らしている光景が目に入った。

 しかもよく見たら兵士に混じってレグランとコニーもいる。
 レグランは遠慮なくじっとこちらを見ていて、その隣のコニーは今にも泣きそうな顔で目をウルウルさせていた。

 は、恥ずかしすぎる……!
 兵士達の不自然な視線逸らしが余計に居た堪れなくなる。
 どうせならがっつり見てもらった方がまだマシだった。

 私は恥ずかしさを誤魔化すようにゴホンと咳払いして、別に気にしてませんアピールをしてみる。絶対に無駄だけど。

「と、とにかく城へ戻りましょ。私は無事だと報告しないと」

「……わかった。だがもう勝手にいなくならないでくれ。君が戻って来るまで生きた心地がしなかった」

「お、大袈裟ね。……そんな簡単に死ぬわけないじゃない」

 生きた心地がしなかった、なんて言われたら嬉しくて口元が緩みそうになる。
 それを手で押さえて隠していると、ライナスと話の区切りがついたと思ったのか、コニーが突然両手を広げながら猪のように突進して来た。

「ア、ア、ア、アイヴィ様ぁぁぁぁ!!」

「うわあ!?」

 抱き着かれ、コニーの体重を支えられない私はコニーと一緒に地面に倒れ込む。

 うっ……骨が……骨が弱っている今の私にはキツい。十本くらい逝った気がするわ……。

「本当に、本当に、本当に、申し訳ありませんでした!! 私が、私が隙を見せなければ、アイヴィ様が、アイヴィ様があああ」

「落ち着いてコニー……お願いだから落ち着いて……」

 再び天使の幻想が見えかけた私は、か細い声でコニーを必死に宥めたのだった。

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