悪役令嬢の性格を引き継いだまま、聖女へ転生! ~悪態つきまくりですけど、聖女やってやりますわ~

二階堂シア

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55話 この想いは、消していく②

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「…………」

 少し会えなかっただけなのに、もうずっと会えていなかったような気がしてしまう。
 私はライナスにそんなにも会いたかったのかしら。

 ……そうかもしれない。
 だって今、私はすごく嬉しいと思っているんだもの。

 顔を見ただけで、心が掴まれたように切ない痛みが広がっていく。

 最後に話を、そう思うのに声を掛けられない。
 話をしたら、声を聞いたら、私の決心が鈍ってしまいそうで。

「────」

 声をかける代わりに、私はライナスの頬へ手を伸ばす。
 グラーレウスでライナスが私に触れたように、優しく。

 ……ちゃんと、お別れの挨拶を出来なくてごめんなさい。
 あなたと話したら、瘴気を消す勇気が無くなってしまいそうだから。

 あなたには、迷惑も心配もたくさん掛けてしまったわ。
 最初から最後まで、私はろくな女じゃなかったわね。
 口は悪いし、態度も悪いし、素直じゃないし、勝手に消えるし。
 散々掻き回していなくなるなんて最悪よね。

 ……悪態ばかりつく私に、あなたは優しくしてくれたのに、私は何も返せなかったわ。
 だからせめて、聖女として役に立ってあなたに貢献してから消えることにするわ。

 ……その為には聖女の力を勝手に使うけれど、あなたとの約束を破ってしまうけれど、どうか許して頂戴。

 本当に……ごめんなさい。

「──さよなら、ライナス」

 最後に名前を呼べば、ピクっと反応してライナスが目を開ける。

「!」

 私はきっと今にも泣きそうな情けない顔をしていて、それを完全にライナスに見られてしまった。

 ライナスが私の手を掴むより前に、走り出した。
 油断していた見張りの兵士も咄嗟に反応出来なかったようで、その横をすり抜けて思い切り叫ぶ。

「レダ!」

 レダはすぐにでも出発出来るように既に待機していた。レダの後ろに飛び乗る。
 ワイバーンは私が乗ったのと同時に飛び立ち、物凄い勢いで上昇する。

「アイヴィ!」

 遠くから私の名前を呼ぶライナスの声が聞こえて、胸が絞られるように苦しくなる。
 それは喉元まで焼けるように痛みを与えて、私は奥歯を噛み締めて痛みを堪えた。



 
「なあ……大丈夫か?」

 洞窟に着いてから、レダが心配そうに尋ねてくる。
 私は目を伏せながら何度か小さく頷く。
 これが今の私に出来る精一杯の肯定だった。

「……ええ、大丈夫よ。行きましょう」

 レダはこれ以上深く聞かない方がいいと思ったのか、心配の名残を残しつつも洞窟の先へ進んで行く。

 無心でレダの後ろを付いて行き、最奥まで来ると、イソトマ族が瘴気の出る洞穴まで道を作るように並んでいた。

 私に敬意を示しているのか、皆自分の胸元に手を当てて目を瞑っている。
 レダも列に並び、同じく胸元に手を当てた。

 イソトマ族の横を通って、私は洞穴から出る瘴気の前に立つ。

 ……遂にここまで来てしまった。
 聖女アイヴィの物語の終わり、私の人生の終わりへ。

 この瘴気に触れたら、全てが終わる。
 きっと私は死んで、また誰かの人生に転生するのかもしれない。

 ジェナの時とは違って、今度は自分の手で終止符を打たないといけないのね。
 神様……あなたは残酷だわ。

 ゆっくりと腕を上げる。
 ライナスが嵌めてくれた指輪がキラリと光って、手を止めた。

「…………」

 やめろと、怒られた気がした。
 そんなはずないのに、怒るライナスの顔が容易に浮かぶ。

『私の許可なしに聖女の力を使わないと約束してくれ』

 ……約束を、破ってごめんなさい。
 守れなくてごめんなさい。

 私の頬に触れたライナスの指。
 約束すると私が言った後に向けてくれた優しい眼差し。
 私を心配してくれる声。
 命を削る恐怖を和らげてくれた手。
 テラスで見せてくれた笑顔。

 ──走馬灯のように、ライナスのことばかりが頭に浮かんで来る。

 瘴気に触れようとする私の手が、震えてしまう。

 覚悟を決めたはずなのに、ライナスのことを考えただけでこんなにも簡単に揺らいでしまう。

 ……ずっと、気付かないフリをしていた。
 本当は気付いていたのに、無理矢理抑え込んでいた。

 だって気付いてしまったら……苦しくなるだけだから。

「──っ」

 心が引き裂かれるように痛んで、息が止まる。

 涙がとめどなく溢れて、頬を、服を、地面を、涙の雨が濡らしていく。

 声を上げて泣くことは出来ない。
 この涙は、誰にも見られたくない。
 私は声を押し殺してただ涙だけを零した。

 死に行く運命の聖女に転生したのは不運だったけれど、あなたに会えたことはこれ以上ない幸運だったわ。

 もし……来世があるのなら、今度はあなたと結ばれるヒロインになりたい。

「──好きよ、ライナス」

 零れ出た想いをかき消すように、私は瘴気に手を伸ばした。

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