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53話 役目は終わり②

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 私は額から手を離し、出来るだけ怖がらせないように優しく話しかける。

「アイヴィよ。あなたを助けに来たの」

「……アイヴィ……もしかして、聖女……さま?」

 良かったわ。私の名前は王女に伝わっていたみたい。

「そうよ。驚かせて悪かったわね。あなたのお父様が急いで来いって言うから飛んで来たの」

 文字通り本当に飛んで来たのだとは、王女は夢にも思わないでしょうね。

 王女は私の名前を聞いてふっと身体の力を抜き、笑みを零す。
 息を切らしながら喜びを口にした。

「……嬉し……もうまにあわない、と……思った……」

「どこが苦しいのか教えて。すぐに治してあげるわ」

「……あたま……頭のおく、が……」

「痛いのね? わかったわ。少し楽にして」

 ライナス、これは元々使う予定だった聖女の力よ。
 ライナスの許可なしに聖女の力を使うな、という約束は守っていることになるわよね。

 そんな言い訳じみたことを考えてから、私はもう一度王女の額に手を当て、治癒の祈りを捧げる。

 パアッと青い光が王女の頭を包み、一際強く輝くと、やがて弾けて光の粒がキラキラと落ちて消える。

「……くっ……!」

 またあの倦怠感が身体を襲う。
 王女の額に触れる手と反対の手をベッドに付いて身体を支える。
 前より痩せてしまったからか、支える力が足りずに少しバランスを崩しながらも、何とか耐えた。

「……どうかしら」

「! う、うそ……」

 王女が驚いて起き上がろうとするので、私は手伝おうとする。
 しかしまだ倦怠感が尾を引いてそれは叶わなかった。
 ただ、私の手助けなどなくても、王女は簡単に起き上がった。

「聖女様のお力は噂通りでしたのね……! あれだけ苦しんでいたのが嘘のように身体が楽になりました」

「……そう。良かったわね」

 間に合って良かったわ。
 これでノノメリアの不興を買うことはないし、むしろ恩を売れた。
 ライナスの懸念は取り除けたし、私がいなくなっても迷惑は掛からないはず。
 もう……私の役目は果たしたわ。

 肩の荷が降りてホッとしていると、王女は私の手を取りながら深々と丁寧に頭を下げる。

「ありがとうございます、聖女様。この多大なる恩は一生をかけて必ずお返し致しますわ」

「それなら、私がここへ侵入したことを不問にするのと、ハイルドレッドとこれからも友好国でいてくれたら充分よ」

「もちろんですわ。どのようにして聖女様がここへ来られたのかも聞きません。お父様にも上手く誤魔化しますわ。そしてハイルドレッドとはこれまで以上に親交を深めていくよう、お父様へ進言します」

 満足の行く答えが王女から貰えた私は、口角を上げて感謝の意を示す。

「ええ、頼んだわよ。……それじゃ、私はもう行くわね」

「えっ? いえ、そんな……せめてお茶だけでも」

「残念だけどあまりゆっくりしている暇がないの。聖女は引く手数多なのよ」

 王女の手からするりと抜けて、バルコニーへと向かう。
 外へ出る前に、王女が声を張り上げた。

「で、では! 落ち着いたら、またお会いしてもらえますか?」

「…………。そうね。そんな日が来たらいいわね」

 王女との実現することのない約束は交わさず、私はバルコニーへ出た。

 レダから貰った笛を吹くと、近くに待機していたのか、すぐにワイバーンと共にレダが上空から現れる。

 レダが伸ばす手を取ってワイバーンに乗り込むと、私は満月に飲み込まれるように消えて行った。

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