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48話 拉致①
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「ここから海を渡れば、ノノメリア国の領土に入ります。ノノメリア王城まであと一息ですね」
グラーレウスで無茶をして倒れた以降は、幸運にも聖女の力を使う場面はなかった。
ノノメリアへ向かう船の待つ港に、ある程度の余裕を持って私は立っていた。
毎日コニーの作る栄誉満点の食事を食べているものの、私の体重は戻る気配はなかった。
痩せたのは五日間眠ったことによる衰弱のせいではなく、私の生命力を大量に消費した影響なのは間違いなさそうだった。
海を眺めながら、レグランに尋ねる。
「出港まではまだ掛かりそうなの? レグラン」
「はい。荷物の積み込みに時間が必要でして」
コニーは荷物の運搬の手伝いをして来ますと、港に着いてすぐに船の方へ行ってしまった。
ライナスは打ち合わせでもしているのか、遠くの方で護衛と話し込んでいる。
私は待機で、レグランは私のお目付け役として船の近くでひたすら時間が過ぎるのを待っていた。
しばらく船や海を眺めていたものの、一向にコニーが戻って来る気配はない。
船から出入りする姿もなく、一体どこへ行ったのかと不思議に思う。
「レグラン、あなたコニーを見かけなかった?」
「いえ。そう言えば見当たりませんね」
「少し探して来てくれる? 何か困ったことでも起きたのかもしれないわ」
「はい。かしこまりました」
真面目なコニーが仕事を放り出すとは到底思えないし、もしかしたら道に迷ったりでもしたのかもしれない。
まだ船の準備に時間が掛かりそうだったので、私も軽くコニーを探すことにする。
船からそう遠くないところに、奥行きのある路地のような場所を見つけて、何の気なしに私は入って行った。
ここはそんなに大きくない港町だし、船もすぐそこ、兵士もその辺にたくさん。
危険なことなんてあるはずないと油断していた私は、勝手に一人で行動してしまったことを、すぐに後悔することになる。
「! コニー!」
路地の奥に、体躯の良い男数人に囲まれたコニーの姿を見つけて、目を見開いた。
「こ、こちらへ来てはダメです! アイヴィ様!」
コニーが顔を真っ青にしながら私に叫ぶと、コニーを囲む男の内の一人──額に黒いヘッドゴムを巻いた、茶色の髪を乱雑に逆立てている軽薄そうな男が振り向いた。
お世辞にも格好良いとは言えない、袖のない赤いベストのような服に、短めの黒いズボン。
その辺の平民とは違ったテイストの衣服は、どこかの賊のように見える。
「お? もしかしてアンタ聖女サマか? 丁度良かった。アンタに会いたかったんだよ」
茶髪の男はヘラヘラと笑いながら話しかけてくる。
何が面白いのかと苛立ち、眉間に皺を刻む。
「何をしているの? コニーを返しなさい」
「別に何もしてねえよ。このメイドさんにアンタの居場所を聞きたかっただけだ。で、アンタちょっと顔貸してくんねえか?」
「嫌に決まってるでしょ。何なのよあなた」
「あー。普通に考えたらノコノコ来てくれるわけねえか。……じゃ、悪いけどこのメイド人質にするわ。助けたいならアンタと交換だ」
男の仲間がコニーを後ろから羽交い締めにして、別の男が首元にナイフを突きつける。
コニーは必死に叫んだ。
「ダ、ダメです! 絶対ダメです! 逃げて下さい、アイヴィ様!!」
──バカなの? 使用人ごときと私を引き換えなんてするわけないじゃない。交渉をするならもう少し頭を使うことね。
飛び出しそうになったセリフを、私は唇を勢いよく噛んで潰す。
絶対にこんなセリフは言わないわ。
コニーを見捨てるなんてありえない。
敵が私を捕らえるためにコニーに危害を加えようとしているのなら、尚更。
唇から血が滲んで顎に向かって垂れていく。
男はギョッとしたように目を剥く。
私は手の甲で血を拭いながら男を睨みつけた。
「……わかったわ。私がそちらへ行けば、ちゃんとコニーを解放してくれるわね?」
「ああ、もちろんだ。俺達はアンタの身柄確保が目的だからな、このメイドに用はねえよ」
男が嘘をついている可能性もあるけれど、私に選択権はない。
一旦は従って、隙を見て兵士に助けを求めれば、何とかなるかしら……。
コニーは泣きそうな顔で何度も何度も首を横に振ってダメですと叫ぶ。
そんなコニーの願いを振り切って男の元へ近付いた。
「ほら、メイドを放してやれ」
約束通り男はコニーを解放してくれて、ひとまず胸を撫で下ろした。
「じゃ、行くぜ聖女サマ」
「え?」
男はネックレスのように胸にぶら下げていた、筒状の小さな笛のようなものを手に取り唇に挟むと、息を吹き込む。
しかし音が鳴ることはなく、壊れているのかと思えば、たちまち遠くからバサバサと翼のはためく大きな音が迫って来た。
音のする方へ振り向けば、いつか闘技場で見たワイバーンの、更に大きな個体のものが空を仰いでいた。
グラーレウスで無茶をして倒れた以降は、幸運にも聖女の力を使う場面はなかった。
ノノメリアへ向かう船の待つ港に、ある程度の余裕を持って私は立っていた。
毎日コニーの作る栄誉満点の食事を食べているものの、私の体重は戻る気配はなかった。
痩せたのは五日間眠ったことによる衰弱のせいではなく、私の生命力を大量に消費した影響なのは間違いなさそうだった。
海を眺めながら、レグランに尋ねる。
「出港まではまだ掛かりそうなの? レグラン」
「はい。荷物の積み込みに時間が必要でして」
コニーは荷物の運搬の手伝いをして来ますと、港に着いてすぐに船の方へ行ってしまった。
ライナスは打ち合わせでもしているのか、遠くの方で護衛と話し込んでいる。
私は待機で、レグランは私のお目付け役として船の近くでひたすら時間が過ぎるのを待っていた。
しばらく船や海を眺めていたものの、一向にコニーが戻って来る気配はない。
船から出入りする姿もなく、一体どこへ行ったのかと不思議に思う。
「レグラン、あなたコニーを見かけなかった?」
「いえ。そう言えば見当たりませんね」
「少し探して来てくれる? 何か困ったことでも起きたのかもしれないわ」
「はい。かしこまりました」
真面目なコニーが仕事を放り出すとは到底思えないし、もしかしたら道に迷ったりでもしたのかもしれない。
まだ船の準備に時間が掛かりそうだったので、私も軽くコニーを探すことにする。
船からそう遠くないところに、奥行きのある路地のような場所を見つけて、何の気なしに私は入って行った。
ここはそんなに大きくない港町だし、船もすぐそこ、兵士もその辺にたくさん。
危険なことなんてあるはずないと油断していた私は、勝手に一人で行動してしまったことを、すぐに後悔することになる。
「! コニー!」
路地の奥に、体躯の良い男数人に囲まれたコニーの姿を見つけて、目を見開いた。
「こ、こちらへ来てはダメです! アイヴィ様!」
コニーが顔を真っ青にしながら私に叫ぶと、コニーを囲む男の内の一人──額に黒いヘッドゴムを巻いた、茶色の髪を乱雑に逆立てている軽薄そうな男が振り向いた。
お世辞にも格好良いとは言えない、袖のない赤いベストのような服に、短めの黒いズボン。
その辺の平民とは違ったテイストの衣服は、どこかの賊のように見える。
「お? もしかしてアンタ聖女サマか? 丁度良かった。アンタに会いたかったんだよ」
茶髪の男はヘラヘラと笑いながら話しかけてくる。
何が面白いのかと苛立ち、眉間に皺を刻む。
「何をしているの? コニーを返しなさい」
「別に何もしてねえよ。このメイドさんにアンタの居場所を聞きたかっただけだ。で、アンタちょっと顔貸してくんねえか?」
「嫌に決まってるでしょ。何なのよあなた」
「あー。普通に考えたらノコノコ来てくれるわけねえか。……じゃ、悪いけどこのメイド人質にするわ。助けたいならアンタと交換だ」
男の仲間がコニーを後ろから羽交い締めにして、別の男が首元にナイフを突きつける。
コニーは必死に叫んだ。
「ダ、ダメです! 絶対ダメです! 逃げて下さい、アイヴィ様!!」
──バカなの? 使用人ごときと私を引き換えなんてするわけないじゃない。交渉をするならもう少し頭を使うことね。
飛び出しそうになったセリフを、私は唇を勢いよく噛んで潰す。
絶対にこんなセリフは言わないわ。
コニーを見捨てるなんてありえない。
敵が私を捕らえるためにコニーに危害を加えようとしているのなら、尚更。
唇から血が滲んで顎に向かって垂れていく。
男はギョッとしたように目を剥く。
私は手の甲で血を拭いながら男を睨みつけた。
「……わかったわ。私がそちらへ行けば、ちゃんとコニーを解放してくれるわね?」
「ああ、もちろんだ。俺達はアンタの身柄確保が目的だからな、このメイドに用はねえよ」
男が嘘をついている可能性もあるけれど、私に選択権はない。
一旦は従って、隙を見て兵士に助けを求めれば、何とかなるかしら……。
コニーは泣きそうな顔で何度も何度も首を横に振ってダメですと叫ぶ。
そんなコニーの願いを振り切って男の元へ近付いた。
「ほら、メイドを放してやれ」
約束通り男はコニーを解放してくれて、ひとまず胸を撫で下ろした。
「じゃ、行くぜ聖女サマ」
「え?」
男はネックレスのように胸にぶら下げていた、筒状の小さな笛のようなものを手に取り唇に挟むと、息を吹き込む。
しかし音が鳴ることはなく、壊れているのかと思えば、たちまち遠くからバサバサと翼のはためく大きな音が迫って来た。
音のする方へ振り向けば、いつか闘技場で見たワイバーンの、更に大きな個体のものが空を仰いでいた。
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