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34話 口喧嘩とじゃれ合いは紙一重②
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ライナスは私が更に無理をするのではないかと心配してくれたのか、王妃様にそっと注意を促す。
「母上。あまり彼女にプレッシャーを与えないで下さい。彼女は聖女の務めを果たすために、毎回自分の身を粉にして働いてくれています」
「えっ、違うのよ! 決してプレッシャーを掛けるために言ったんじゃないの! 私はただ、アイヴィさんに感謝を伝えたくて──」
慌てて弁解する王妃様に、悪気はないと理解していることを、慌てて私も伝える。
「お、王妃殿下のお気持ちは伝わっております。プレッシャーを掛けたおつもりではないと充分理解してますから」
王妃様は私が誤解していないと知って、自分の胸元に手を当てて息を吐く。
文字通りホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「どうか重荷に思わないで頂戴ね。アイヴィさんにはとても感謝しているけれど、決して頑張りすぎないで欲しいのよ。この国のことは大事だけれど、アイヴィさんのことも同じくらい大事に思っているのよ」
聖女がいなくなれば困るから、きっと王妃様は私を大事に思ってくれているのだろう。
そうじゃなかったら、大して仲を深めてもいない私に、そこまでの感情を持つはずがない。
「……身に余るお言葉でございます、王妃殿下」
「ねえ、ずっと気になっていたけど、王妃殿下なんて堅苦しい呼び方しなくていいわ! セリーナと呼んで頂戴」
「えっ? いえ、さすがに名前でお呼びするわけには……」
「あら……やっぱり嫌かしら……。そうよね、まだ私にそこまで心を開いてくれていないものね……そうよね……」
王妃様はハンカチを取り出して涙を拭う素振りをしながら。チラチラと何度か私の方を見てくる。
こ、これは間違いなくプレッシャーを与えられているわ。絶対に確信犯だわ。
だって王妃様、涙が一滴も出ていないもの。カラッカラだもの。
権力者には弱いジェナも反抗的なセリフは吐けず、私は強制的にイエスを求められる。
「い……いいえ。とんでもないことですわ、王妃で……セリーナ様」
完全なる圧で言わされたものの、王妃……セリーナ様はご満悦の様子でハンカチを投げ捨て、ニコニコと笑顔に花を咲かせた。
「そうだわ、ライナス。アイヴィさんが魔物を見たことがないなら、闘技場へ連れて行ってはどう? あそこなら戦闘用の魔物を捕らえているでしょう?」
「ですが、母上。闘技場はあまり女性が足を踏み入れる場所では……」
「あら、魔物がどんなものか見学するだけよ。アイヴィさんに魔物の危険さを教えておくべきだと思うの。魔物を知らずにこの先遭遇することがあったら、アイヴィさんが恐怖を感じて動けなくなってしまうかもしれないでしょ」
「……わかりました」
その後王妃様と雑談を交わしてから数分後には、私とライナスは闘技場へと向かう馬車に乗っていた。
あまりにスムーズな流れに身を任せただけの私は、馬車の中で呆けながらライナスへ率直な感想を述べる。
「決して侮辱するわけじゃないのだけど……セリーナ様って少し変わっているわね」
「母上は人との距離の詰め方がおかしいんだ。特に君は気に入られているんだろう」
「私が聖女だから好意的なだけでしょ?」
「いや、母上は打算的な人ではない。素直に君が好きなんだと思うが」
ライナスから君が好きという言葉が出て、無駄に反応してしまう。
ライナスから私に向けられた言葉じゃないのに、妙に耳に残る。
かき消すように耳を何度か叩いた。
「それが事実なら本当に変わっているわ。もし私の口の悪さが露見したら一気に嫌われそうね」
「……君が王妃相手にまで悪態をつくほど愚かではないと思いたい」
そんな会話をしながらゴトゴトと運ばれること二十分。
闘技場へ降り立った私は、その堂々たる建物の面構えに圧倒された。
ひとつの石の大きさが人間の大きさよりも大きい立派な石垣が、天に届くかと思うくらいに高く積まれていて、見上げても先が見えない。
入り口の門も魔物を搬入するためか、推定十メートルはある、重たい鉄の扉だ。
もちろん普通の人が開けられるはずもないので、屈強な男が門の前に立っており、私達が近付くと「うおおおおお!」と雄叫びを上げながら開けてくれた。
この仕事、大変そうね。肩も腰も全部やられそう。
「母上。あまり彼女にプレッシャーを与えないで下さい。彼女は聖女の務めを果たすために、毎回自分の身を粉にして働いてくれています」
「えっ、違うのよ! 決してプレッシャーを掛けるために言ったんじゃないの! 私はただ、アイヴィさんに感謝を伝えたくて──」
慌てて弁解する王妃様に、悪気はないと理解していることを、慌てて私も伝える。
「お、王妃殿下のお気持ちは伝わっております。プレッシャーを掛けたおつもりではないと充分理解してますから」
王妃様は私が誤解していないと知って、自分の胸元に手を当てて息を吐く。
文字通りホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「どうか重荷に思わないで頂戴ね。アイヴィさんにはとても感謝しているけれど、決して頑張りすぎないで欲しいのよ。この国のことは大事だけれど、アイヴィさんのことも同じくらい大事に思っているのよ」
聖女がいなくなれば困るから、きっと王妃様は私を大事に思ってくれているのだろう。
そうじゃなかったら、大して仲を深めてもいない私に、そこまでの感情を持つはずがない。
「……身に余るお言葉でございます、王妃殿下」
「ねえ、ずっと気になっていたけど、王妃殿下なんて堅苦しい呼び方しなくていいわ! セリーナと呼んで頂戴」
「えっ? いえ、さすがに名前でお呼びするわけには……」
「あら……やっぱり嫌かしら……。そうよね、まだ私にそこまで心を開いてくれていないものね……そうよね……」
王妃様はハンカチを取り出して涙を拭う素振りをしながら。チラチラと何度か私の方を見てくる。
こ、これは間違いなくプレッシャーを与えられているわ。絶対に確信犯だわ。
だって王妃様、涙が一滴も出ていないもの。カラッカラだもの。
権力者には弱いジェナも反抗的なセリフは吐けず、私は強制的にイエスを求められる。
「い……いいえ。とんでもないことですわ、王妃で……セリーナ様」
完全なる圧で言わされたものの、王妃……セリーナ様はご満悦の様子でハンカチを投げ捨て、ニコニコと笑顔に花を咲かせた。
「そうだわ、ライナス。アイヴィさんが魔物を見たことがないなら、闘技場へ連れて行ってはどう? あそこなら戦闘用の魔物を捕らえているでしょう?」
「ですが、母上。闘技場はあまり女性が足を踏み入れる場所では……」
「あら、魔物がどんなものか見学するだけよ。アイヴィさんに魔物の危険さを教えておくべきだと思うの。魔物を知らずにこの先遭遇することがあったら、アイヴィさんが恐怖を感じて動けなくなってしまうかもしれないでしょ」
「……わかりました」
その後王妃様と雑談を交わしてから数分後には、私とライナスは闘技場へと向かう馬車に乗っていた。
あまりにスムーズな流れに身を任せただけの私は、馬車の中で呆けながらライナスへ率直な感想を述べる。
「決して侮辱するわけじゃないのだけど……セリーナ様って少し変わっているわね」
「母上は人との距離の詰め方がおかしいんだ。特に君は気に入られているんだろう」
「私が聖女だから好意的なだけでしょ?」
「いや、母上は打算的な人ではない。素直に君が好きなんだと思うが」
ライナスから君が好きという言葉が出て、無駄に反応してしまう。
ライナスから私に向けられた言葉じゃないのに、妙に耳に残る。
かき消すように耳を何度か叩いた。
「それが事実なら本当に変わっているわ。もし私の口の悪さが露見したら一気に嫌われそうね」
「……君が王妃相手にまで悪態をつくほど愚かではないと思いたい」
そんな会話をしながらゴトゴトと運ばれること二十分。
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ひとつの石の大きさが人間の大きさよりも大きい立派な石垣が、天に届くかと思うくらいに高く積まれていて、見上げても先が見えない。
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もちろん普通の人が開けられるはずもないので、屈強な男が門の前に立っており、私達が近付くと「うおおおおお!」と雄叫びを上げながら開けてくれた。
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