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33話 口喧嘩とじゃれ合いは紙一重①
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婚約披露パーティーを終えた翌日、聖女の業務はお休みを貰えた。
ゆっくり羽を伸ばそうと思っていたら、ライナスと共に王妃様に呼び出された。
一体何だろうと少し身構えながら、室内ガーデンへと足を運ぶ。
透明な巨大ガラスドームのような建物は見た目も宝石箱のようで美しいが、中も引けを取らないくらいに目を奪われてしまう。
陽の光が植物や色鮮やかな花に栄養を与え、それに応えるように花達が輝きを放っている。
建物の入口から中央に伸びた植物のアーチが、まるで私達を歓迎するように思えてしまうほど、植物は生き生きとしている。
一体これを作るのにどれだけの手間と時間が掛かったのだろうと思いながら、アーチの下をライナスと一緒に歩いていく。
中央には日が当たらないように屋根の着いた縦長のスクエア型の建物が配置されており、その中でティータイムを楽しむ王妃様の姿があった。
「急に呼び出してごめんなさいね」
ライナスと私は王妃様の近くに並ぶ。
「いえ。何でしょうか、母上」
「特に用はないわよ。ただお茶に付き合って欲しかっただけ。ほら、座って!」
えっ、用事ないの? と呆気に取られる私とライナスを手招いて、王妃様は朗らかに笑う。
側に控えていたメイドが丁寧に紅茶を淹れると、芳醇な香りがほわっと鼻を抜けていく。
私が紅茶を口に付けて美味しさに頬を緩ませると、王妃様は満足そうに頷いた。
「どうかしら、アイヴィさん。この国には少し慣れた?」
王妃様の質問に、私は紅茶を飲んでいる場合じゃないと気を引き締めて、頭の中で失礼な発言にならないセリフを慎重に選ぶ。
「いえ、正直に申し上げますと、まだあまり……。魔物の襲撃被害に遭った地域へ何度か訪問しましたが、どこも目を覆いたくなるほどの惨状で……。魔物をこの目で実際に見たことがないので、恐怖を感じます」
王妃様は驚きに開いた口を手で隠した。
「まあ! 魔物を見たことがないの? 運が良いのね。移動中とか頻繁に見かけるものだけど……。もしかしたらアイヴィさんは聖女だから、魔物も近寄り難いのかしらね」
「えっ、魔物ってそんなに珍しいものではないんですか?」
あまりに出てこないものだから、てっきり普段は人の前に姿を見せず、襲撃の時にだけ現れるレアな存在だと思い込んでいた。
王妃様はええ、そうよと相槌を打つ。
「王都の砦から外に出たらうじゃうじゃいるわ。不用意に近付いたりしなければ、普通は襲われることはないのだけど」
「でも、それならどうして魔物は街を襲うような真似を……?」
「時々起こるのよ、原因不明に魔物の凶暴性が増大することが。いつそれが起こるのか全く予想も立てられないし、防御壁や罠を作ったり対策はするのだけど、なかなか防ぎきれなくてね。困っているの」
例えると、地震みたいなものなのかしら。
予測不能で、ひとたび起これば被害は甚大。
……それは確かに恐ろしいわ。聖女に縋りたくなる気持ちが痛いほどわかる。
王妃様は膝元に置いていた私の片手を取り、包み込むように優しく握った。
「アイヴィさんがこれからもこの国に聖女の加護を与えてくれたら、きっと被害に遭うこともなくなるわ。だからアイヴィさんには本当に感謝しているのよ。私だけでなく、国民も皆ね」
「…………」
今は被害に遭った地域を中心に加護を捧げに行っているけれど、それが終われば今度はまだ被害に遭っていない場所にも予防として結界を張る予定なのだろう。
──でもきっと、私一人ではこの国の全ての地域に加護を与えることは出来ない。
命がそこまで持つとは思えないもの。途中できっと、第二の聖女にバトンタッチすることになるわ。
ゆっくり羽を伸ばそうと思っていたら、ライナスと共に王妃様に呼び出された。
一体何だろうと少し身構えながら、室内ガーデンへと足を運ぶ。
透明な巨大ガラスドームのような建物は見た目も宝石箱のようで美しいが、中も引けを取らないくらいに目を奪われてしまう。
陽の光が植物や色鮮やかな花に栄養を与え、それに応えるように花達が輝きを放っている。
建物の入口から中央に伸びた植物のアーチが、まるで私達を歓迎するように思えてしまうほど、植物は生き生きとしている。
一体これを作るのにどれだけの手間と時間が掛かったのだろうと思いながら、アーチの下をライナスと一緒に歩いていく。
中央には日が当たらないように屋根の着いた縦長のスクエア型の建物が配置されており、その中でティータイムを楽しむ王妃様の姿があった。
「急に呼び出してごめんなさいね」
ライナスと私は王妃様の近くに並ぶ。
「いえ。何でしょうか、母上」
「特に用はないわよ。ただお茶に付き合って欲しかっただけ。ほら、座って!」
えっ、用事ないの? と呆気に取られる私とライナスを手招いて、王妃様は朗らかに笑う。
側に控えていたメイドが丁寧に紅茶を淹れると、芳醇な香りがほわっと鼻を抜けていく。
私が紅茶を口に付けて美味しさに頬を緩ませると、王妃様は満足そうに頷いた。
「どうかしら、アイヴィさん。この国には少し慣れた?」
王妃様の質問に、私は紅茶を飲んでいる場合じゃないと気を引き締めて、頭の中で失礼な発言にならないセリフを慎重に選ぶ。
「いえ、正直に申し上げますと、まだあまり……。魔物の襲撃被害に遭った地域へ何度か訪問しましたが、どこも目を覆いたくなるほどの惨状で……。魔物をこの目で実際に見たことがないので、恐怖を感じます」
王妃様は驚きに開いた口を手で隠した。
「まあ! 魔物を見たことがないの? 運が良いのね。移動中とか頻繁に見かけるものだけど……。もしかしたらアイヴィさんは聖女だから、魔物も近寄り難いのかしらね」
「えっ、魔物ってそんなに珍しいものではないんですか?」
あまりに出てこないものだから、てっきり普段は人の前に姿を見せず、襲撃の時にだけ現れるレアな存在だと思い込んでいた。
王妃様はええ、そうよと相槌を打つ。
「王都の砦から外に出たらうじゃうじゃいるわ。不用意に近付いたりしなければ、普通は襲われることはないのだけど」
「でも、それならどうして魔物は街を襲うような真似を……?」
「時々起こるのよ、原因不明に魔物の凶暴性が増大することが。いつそれが起こるのか全く予想も立てられないし、防御壁や罠を作ったり対策はするのだけど、なかなか防ぎきれなくてね。困っているの」
例えると、地震みたいなものなのかしら。
予測不能で、ひとたび起これば被害は甚大。
……それは確かに恐ろしいわ。聖女に縋りたくなる気持ちが痛いほどわかる。
王妃様は膝元に置いていた私の片手を取り、包み込むように優しく握った。
「アイヴィさんがこれからもこの国に聖女の加護を与えてくれたら、きっと被害に遭うこともなくなるわ。だからアイヴィさんには本当に感謝しているのよ。私だけでなく、国民も皆ね」
「…………」
今は被害に遭った地域を中心に加護を捧げに行っているけれど、それが終われば今度はまだ被害に遭っていない場所にも予防として結界を張る予定なのだろう。
──でもきっと、私一人ではこの国の全ての地域に加護を与えることは出来ない。
命がそこまで持つとは思えないもの。途中できっと、第二の聖女にバトンタッチすることになるわ。
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