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32話 テラスでの二人③

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「……あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ」

「君は私のことをどんな風に見ているんだ」

「どんなって……無愛想で何考えているのかわかりにくくて冗談も通じなさそうで堅物そうな人だけど」

 言い方、言い方──!
 実際思っていたとしても、どストレートすぎるわ!

 いくら何でもさすがにこれはライナスも怒るかと身構える。

「君はもう少し間接的に物を言うことを覚えた方がいいな」

 予想に反して、ライナスは優しく諭すように注意しただけだった。
 拍子抜けして、身体に入っていた力が抜ける。

「怒ら……ないのね、最近。あなた初めの頃は私の言動に苛立っていたのに」

「苛立たせていた自覚があるならもう少し発言に気を付けて欲しかったものだが」

「……ふふ」

「笑って誤魔化すな」

 ライナスの言う通りすぎて笑うしかなかったら突っ込まれてしまった。

「君と出会って間もない頃は、君の印象は最悪だった。急に聖女だと言われ、私との婚約を勝手に決められた点は同情出来るが……。それでもあまりに目に余る態度が続き、ここまで無作法な女性に会ったのは初めてだと何度思ったことか」

「それ、今もあまり変わっていないと思うんだけど」

「だが君はロラン・ノームで聖女の加護を捧げて倒れた時、強がって平気だと言ったな」

「……そうだったかしら」

 あの時必死だったから鮮明には覚えてないけれど、確かに平気だと言った気がするわ。実際全然平気じゃなかったけど。

「そしてハワーベスタでは、人の支えなしでは歩けなくなるほど患者の治療に尽力した。口では死に損ないを放っておけないからなどと君は言っていたが」

「…………」

 改めて聞くと本当に酷い発言だわ。
 自分の意思で言いたくて言った言葉じゃないとはいえ、もし私がそれを聞く立場の方だったら間違いなくそんな人とは距離を置くと思う。

「君は虚勢を張って本音を隠すクセがあると思ったんだ。それに気付いてから君がどれだけ悪態をついても気にならなくなった」

「……別に本音なんて隠してないわよ。思ったこと口にしてるだけ」

「自分の身体を顧みずに『死に損ない』をわざわざ助けるのか? 君の行動と言動は矛盾しているんだよ」

 ジェナの性格を考えると自分の身体を最優先するだろうから、体調崩してまで人々を助けようとなんて死んでもしないだろうけれど……。
 私が無理矢理それをねじ曲げて行動を起こすから矛盾が生まれてしまうわけで。

 でもライナスが気付いてくれるなんて思ってもみなかった。
 私の本心を見抜いてくれたことに、嬉しく思う気持ちが沸き上がる。

 ……ぜひそれを伝えたいところだけど、もちろんジェナが『私のホントの気持ちに気付いてくれて嬉しい! ありがとう』なんて天地がひっくり返ろうが言うわけがない。
 次に出て来たセリフは何とも可愛げのないものだった。

「それで? 私のことわかったつもりでいるの?」

「そこまで驕ってはいないが、君が悪人ではないということは確信を持っている」

 ……ああ、どうしよう。
 ライナスに悪女だと誤解されていなかったことが、嬉しくてたまらない。

 ずっと私はジェナの悪態を演じて自分の意思とは違う発言ばかり口にしていたから、私の本心なんて誰も気付くはずないし、嫌われて当然だと思っていた。

 でも……でも、ライナスはわかってくれた。わかろうとしてくれた。
 それがどれだけ私にとって救いになったのかなんて、きっとライナスには理解出来ない。

 それでも憎まれ口は自然と出るもので。

「……あなた人を見る目がないのね。すぐ騙されるタイプ? 気を付けた方がいいわよ」

「何だ、自分が良い人に見られたことがそんなに恥ずかしいのか」

「な、何言ってるの? 私が良い人なわけないでしょ。一体どんな目してるのよ」

「そういえばロラン・ノームで疲弊する少女の瓦礫運びを手伝ったのは誰だっただろうか」

「知らないわよそんなの! 幻覚でも見たんじゃないの!?」

 ジェナの悪態が通じない人間に会ったのは初めてだからか、ジェナのセリフが困惑したものしか頭に浮かばない。

「……ふ。ははっ、君はわかりやすいな」

「!」

 ライナスが見せる初めての笑顔に、私の心臓がドキッと一度大きく高鳴った。
 目を細めて笑みを浮かべるライナスの優しい表情は、胸の奥を締め付ける。
 それは痛みではなく、甘さを伴ったものだった。

「強がるのも悪くないが、もっと素直になってくれたらいいんだがな」

「……うるさいわよ」

 ……きっと、無愛想なライナスが急に笑ったから驚いただけ。

 芽吹きそうになった気持ちに急いで蓋をして、自分に言い聞かせた。

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