悪役令嬢の性格を引き継いだまま、聖女へ転生! ~悪態つきまくりですけど、聖女やってやりますわ~

二階堂シア

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23話 不完全な聖女③

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「────」

 息をするのも忘れて、呆然とする。

 な、に……? 不完全な……聖女?
 私……私も不完全な、聖女……?

 だってこのメッセージの人、私と同じ体質……。
 聖女の力を使うと負荷がかかるの、同じだもの……。

 なら……それなら……今のまま聖女として活動を行えば、私はいずれこのメッセージを残してくれた聖女と同じ運命を辿ることになるってこと……?
 つまり、それは……。

「…………」

 まるで自分の中の時が止まってしまったかのように固まる。
 瞬きもせずに、ただ目の前の残酷なメッセージを見続けることしか出来ない。
 突き付けられた現実はあまりに非情で、理解することを頭が拒否する。

 どうか逃げて生き延びて。

 不意にその言葉が強調するように光った気がした。
 気のせいだとしても、私の意識を正気に戻すには十分な効果があった。

 聖女の力を止めると、書類の文字はふっと消えて、元通りの真っ白な紙になる。

 ──逃げなきゃ、私は確実に死ぬ。
 それも、皆が目を背けたくなるような惨めな姿となって。

 でも逃げると言ってもどうやって?
 この城から抜け出して逃亡するなんて現実的に考えて無理だわ。

 なら聖女として街へ出向いている時に、何かしらのトラブルを起こして皆の気を逸らして逃げる?
 ……そんなに上手くいくとは思えないけれど。
 それに例えやってみたとして失敗でもしたら、もう二度と逃げるチャンスなんて──

「アイヴィ様?」

「!!」

 レグランに背後から声をかけられ、書類を閉じる。
 ガタン! と音を立てて椅子から勢いよく立ち上がってしまった。
 レグランは私の動揺に驚いたのか、目を丸くしている。

「な……何かありましたか?」

「あ……いえ、何でもないの。急に声をかけられてびっくりしただけよ」

 声が少し震える。
 心臓がバクバクと暴れていて、息が思うように吸えない。
 何とか平静を装おうとするも、上手くできていないのは自覚している。
 レグランから探る視線を感じて、私は目を合わせられなかった。

「そうでしたか。それは失礼致しました。あまりにアイヴィ様が動かないので眠られているのかと思いまして。……ところで汗が出ていますよ」

「え? あ、あら。まだ疲れが取れていないのかもね」

 自分でも気付かない内に、傍から見てもわかるほど汗をかいていたらしい。
 慌ててハンカチを取り出して汗を拭う。
 レグランが不信感を抱き、眉を顰めていることに気付いて、汗は更に滲んでいく。

「お部屋へ戻ってお休みになって下さい。書類は私が返しておきますから」

「え……ええ」

 レグランはテーブルの上に置かれた書類を手に取ると、パラパラと捲って念入りに確認する。
 私の様子がおかしいから、破ったりしたのかと疑っているのかもしれない。
 何をしていたのかは聞かれないのだから、隠されたメッセージを読んでいたのは見られていなかったようで、ひとまず安堵する。

「何か、気になることでも?」

 レグランは尋問するように鋭い目付きで訊ねてくる。
 心臓がドキッと大きく跳ねて、呼吸が止まりそうになった。

 ダメよ、これ以上動揺を見せたら。
 書類に何かあるって思わせたらダメ。
 今の私はジェナを演じられないほど心を乱されている。このままだとまずいわ。

 ──いいえ、落ち着いて。
 ジェナの処刑の時でさえ演じきれたのだから、私なら出来るはずよ。

 ジェナなら、動揺を隠して持ち前の気の強さで押し通すはず。
 相手に付け込まれるような表情なんて絶対にしないの。
 ほら、レグランから目を逸らしてはダメよ。

 私は一度口元を引き締めてから、ゆっくりと口を開いた。

「そうね。私の前の聖女達は随分働き者だったみたいだから、私もこれだけ働かされるかもと思ったらゾッとしたのよ」

 レグランはその懸念は不要です、と首を振る。

「いえ。アイヴィ様はお身体が弱いので、そこまで激務にはならないかと思います。王家はそこまで鬼ではありません」

「そうかしら。私が死なない程度に使ってやろうと思ってるんじゃないの? 聖女なんて便利な道具、最大限使ってやりたいでしょ。現にこの記録には、馬車馬の如く働かされている聖女の姿がはっきり書いてあるじゃないの」

「道具だなんて……。アイヴィ様をそのように思っている人はいませんよ」

 少し戸惑った様子で否定するレグランを、嘘つきだと咎めるように睨み付ける。

「……レグラン。あなたは正直なところがいいと思っていたのに。そんな見え透いた嘘はいらないのよ。私に気を遣っているつもり?」

「いえ、本当にそんなことは」

「結構よ、聞きたくないわ。あなたも王家も何もかも信用出来ないのよ!」

 バタン! とわざと音を大きく立てて書庫から出る。
 廊下を早足でしばらく歩き、人気の無いところで立ち止まる。
 周りに誰もいないことを確認して、腹の底から思い切り息を吐いた。

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