23 / 76
23話 不完全な聖女③
しおりを挟む
「────」
息をするのも忘れて、呆然とする。
な、に……? 不完全な……聖女?
私……私も不完全な、聖女……?
だってこのメッセージの人、私と同じ体質……。
聖女の力を使うと負荷がかかるの、同じだもの……。
なら……それなら……今のまま聖女として活動を行えば、私はいずれこのメッセージを残してくれた聖女と同じ運命を辿ることになるってこと……?
つまり、それは……。
「…………」
まるで自分の中の時が止まってしまったかのように固まる。
瞬きもせずに、ただ目の前の残酷なメッセージを見続けることしか出来ない。
突き付けられた現実はあまりに非情で、理解することを頭が拒否する。
どうか逃げて生き延びて。
不意にその言葉が強調するように光った気がした。
気のせいだとしても、私の意識を正気に戻すには十分な効果があった。
聖女の力を止めると、書類の文字はふっと消えて、元通りの真っ白な紙になる。
──逃げなきゃ、私は確実に死ぬ。
それも、皆が目を背けたくなるような惨めな姿となって。
でも逃げると言ってもどうやって?
この城から抜け出して逃亡するなんて現実的に考えて無理だわ。
なら聖女として街へ出向いている時に、何かしらのトラブルを起こして皆の気を逸らして逃げる?
……そんなに上手くいくとは思えないけれど。
それに例えやってみたとして失敗でもしたら、もう二度と逃げるチャンスなんて──
「アイヴィ様?」
「!!」
レグランに背後から声をかけられ、書類を閉じる。
ガタン! と音を立てて椅子から勢いよく立ち上がってしまった。
レグランは私の動揺に驚いたのか、目を丸くしている。
「な……何かありましたか?」
「あ……いえ、何でもないの。急に声をかけられてびっくりしただけよ」
声が少し震える。
心臓がバクバクと暴れていて、息が思うように吸えない。
何とか平静を装おうとするも、上手くできていないのは自覚している。
レグランから探る視線を感じて、私は目を合わせられなかった。
「そうでしたか。それは失礼致しました。あまりにアイヴィ様が動かないので眠られているのかと思いまして。……ところで汗が出ていますよ」
「え? あ、あら。まだ疲れが取れていないのかもね」
自分でも気付かない内に、傍から見てもわかるほど汗をかいていたらしい。
慌ててハンカチを取り出して汗を拭う。
レグランが不信感を抱き、眉を顰めていることに気付いて、汗は更に滲んでいく。
「お部屋へ戻ってお休みになって下さい。書類は私が返しておきますから」
「え……ええ」
レグランはテーブルの上に置かれた書類を手に取ると、パラパラと捲って念入りに確認する。
私の様子がおかしいから、破ったりしたのかと疑っているのかもしれない。
何をしていたのかは聞かれないのだから、隠されたメッセージを読んでいたのは見られていなかったようで、ひとまず安堵する。
「何か、気になることでも?」
レグランは尋問するように鋭い目付きで訊ねてくる。
心臓がドキッと大きく跳ねて、呼吸が止まりそうになった。
ダメよ、これ以上動揺を見せたら。
書類に何かあるって思わせたらダメ。
今の私はジェナを演じられないほど心を乱されている。このままだとまずいわ。
──いいえ、落ち着いて。
ジェナの処刑の時でさえ演じきれたのだから、私なら出来るはずよ。
ジェナなら、動揺を隠して持ち前の気の強さで押し通すはず。
相手に付け込まれるような表情なんて絶対にしないの。
ほら、レグランから目を逸らしてはダメよ。
私は一度口元を引き締めてから、ゆっくりと口を開いた。
「そうね。私の前の聖女達は随分働き者だったみたいだから、私もこれだけ働かされるかもと思ったらゾッとしたのよ」
レグランはその懸念は不要です、と首を振る。
「いえ。アイヴィ様はお身体が弱いので、そこまで激務にはならないかと思います。王家はそこまで鬼ではありません」
「そうかしら。私が死なない程度に使ってやろうと思ってるんじゃないの? 聖女なんて便利な道具、最大限使ってやりたいでしょ。現にこの記録には、馬車馬の如く働かされている聖女の姿がはっきり書いてあるじゃないの」
「道具だなんて……。アイヴィ様をそのように思っている人はいませんよ」
少し戸惑った様子で否定するレグランを、嘘つきだと咎めるように睨み付ける。
「……レグラン。あなたは正直なところがいいと思っていたのに。そんな見え透いた嘘はいらないのよ。私に気を遣っているつもり?」
「いえ、本当にそんなことは」
「結構よ、聞きたくないわ。あなたも王家も何もかも信用出来ないのよ!」
バタン! とわざと音を大きく立てて書庫から出る。
廊下を早足でしばらく歩き、人気の無いところで立ち止まる。
周りに誰もいないことを確認して、腹の底から思い切り息を吐いた。
息をするのも忘れて、呆然とする。
な、に……? 不完全な……聖女?
私……私も不完全な、聖女……?
だってこのメッセージの人、私と同じ体質……。
聖女の力を使うと負荷がかかるの、同じだもの……。
なら……それなら……今のまま聖女として活動を行えば、私はいずれこのメッセージを残してくれた聖女と同じ運命を辿ることになるってこと……?
つまり、それは……。
「…………」
まるで自分の中の時が止まってしまったかのように固まる。
瞬きもせずに、ただ目の前の残酷なメッセージを見続けることしか出来ない。
突き付けられた現実はあまりに非情で、理解することを頭が拒否する。
どうか逃げて生き延びて。
不意にその言葉が強調するように光った気がした。
気のせいだとしても、私の意識を正気に戻すには十分な効果があった。
聖女の力を止めると、書類の文字はふっと消えて、元通りの真っ白な紙になる。
──逃げなきゃ、私は確実に死ぬ。
それも、皆が目を背けたくなるような惨めな姿となって。
でも逃げると言ってもどうやって?
この城から抜け出して逃亡するなんて現実的に考えて無理だわ。
なら聖女として街へ出向いている時に、何かしらのトラブルを起こして皆の気を逸らして逃げる?
……そんなに上手くいくとは思えないけれど。
それに例えやってみたとして失敗でもしたら、もう二度と逃げるチャンスなんて──
「アイヴィ様?」
「!!」
レグランに背後から声をかけられ、書類を閉じる。
ガタン! と音を立てて椅子から勢いよく立ち上がってしまった。
レグランは私の動揺に驚いたのか、目を丸くしている。
「な……何かありましたか?」
「あ……いえ、何でもないの。急に声をかけられてびっくりしただけよ」
声が少し震える。
心臓がバクバクと暴れていて、息が思うように吸えない。
何とか平静を装おうとするも、上手くできていないのは自覚している。
レグランから探る視線を感じて、私は目を合わせられなかった。
「そうでしたか。それは失礼致しました。あまりにアイヴィ様が動かないので眠られているのかと思いまして。……ところで汗が出ていますよ」
「え? あ、あら。まだ疲れが取れていないのかもね」
自分でも気付かない内に、傍から見てもわかるほど汗をかいていたらしい。
慌ててハンカチを取り出して汗を拭う。
レグランが不信感を抱き、眉を顰めていることに気付いて、汗は更に滲んでいく。
「お部屋へ戻ってお休みになって下さい。書類は私が返しておきますから」
「え……ええ」
レグランはテーブルの上に置かれた書類を手に取ると、パラパラと捲って念入りに確認する。
私の様子がおかしいから、破ったりしたのかと疑っているのかもしれない。
何をしていたのかは聞かれないのだから、隠されたメッセージを読んでいたのは見られていなかったようで、ひとまず安堵する。
「何か、気になることでも?」
レグランは尋問するように鋭い目付きで訊ねてくる。
心臓がドキッと大きく跳ねて、呼吸が止まりそうになった。
ダメよ、これ以上動揺を見せたら。
書類に何かあるって思わせたらダメ。
今の私はジェナを演じられないほど心を乱されている。このままだとまずいわ。
──いいえ、落ち着いて。
ジェナの処刑の時でさえ演じきれたのだから、私なら出来るはずよ。
ジェナなら、動揺を隠して持ち前の気の強さで押し通すはず。
相手に付け込まれるような表情なんて絶対にしないの。
ほら、レグランから目を逸らしてはダメよ。
私は一度口元を引き締めてから、ゆっくりと口を開いた。
「そうね。私の前の聖女達は随分働き者だったみたいだから、私もこれだけ働かされるかもと思ったらゾッとしたのよ」
レグランはその懸念は不要です、と首を振る。
「いえ。アイヴィ様はお身体が弱いので、そこまで激務にはならないかと思います。王家はそこまで鬼ではありません」
「そうかしら。私が死なない程度に使ってやろうと思ってるんじゃないの? 聖女なんて便利な道具、最大限使ってやりたいでしょ。現にこの記録には、馬車馬の如く働かされている聖女の姿がはっきり書いてあるじゃないの」
「道具だなんて……。アイヴィ様をそのように思っている人はいませんよ」
少し戸惑った様子で否定するレグランを、嘘つきだと咎めるように睨み付ける。
「……レグラン。あなたは正直なところがいいと思っていたのに。そんな見え透いた嘘はいらないのよ。私に気を遣っているつもり?」
「いえ、本当にそんなことは」
「結構よ、聞きたくないわ。あなたも王家も何もかも信用出来ないのよ!」
バタン! とわざと音を大きく立てて書庫から出る。
廊下を早足でしばらく歩き、人気の無いところで立ち止まる。
周りに誰もいないことを確認して、腹の底から思い切り息を吐いた。
0
お気に入りに追加
260
あなたにおすすめの小説


【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?
miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」
2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。
そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね?
最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが
なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが
彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に
投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。
お読みいただければ幸いです。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【1話完結】元ヒロインと元悪役令嬢の今世で
ユウキ
恋愛
元ヒロインと元悪役令嬢が転生したのは現代日本。
そんな2人が高校で再会して暫く。
因縁のあった2人は自由に話せるようになった今、どんな話をするのか。
※会話のみで展開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる