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20話 別に優しさじゃない④
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それからしばらくの間休憩して体調を取り戻すと、レグランの反対を押し切って治療ケアの手伝いを再開したのだった。
義務は果たしたのだからこれ以上治療したくないというジェナの反抗はすべて物理で抑える。
そして最後の一人を治療し終えた頃には、私は案の定ふらふらになってしまった。
真っ直ぐに歩くことも出来ず、レグランの肩を借りて一歩一歩のろのろと歩く姿は、まるで病人だ。
まさか治療をしに行った聖女だとは誰も思うはずもない。
ライナスにこんなところ見つかりたくないと思いながら馬車へ向かう。
けれど、そういう時に限ってバッタリと鉢会わせてしまうもので。
私の情けない姿を見たライナスの眉が一瞬で吊り上がった。
そんな彼が開口一番に発した言葉は。
「──君はバカなのか?」
バカと言われたのは、これで二度目ね。
レグランの制止を振り切って体調崩したバカですわ、どうも。
口では厳しいことを言いながらも、ライナスはレグランと代わって私を支えてくれる。
「無理をするなと言ったはずだが、聞いていなかったのか?」
「し、……仕方ない、でしょ……死に損ないだとしても、見捨てるのは、こ、こっちの気分が悪いじゃない……」
はあ……何てひどい言い方。
元気があれば自分の頬を往復ビンタしてやりたいわ。
一生懸命生きたいと願う患者達に対して死に損ないだなんて、冗談でも言っていいわけがない。
またライナスに嫌われたと悲観していると、ライナスは横目で私を見ながら今の発言に対する意外な感想を口にする。
「……君は口と態度は悪いが、中身は一応聖女なんだな。そこまで人を救う意思が強いとは思わなかった」
「う、うるさい、わね……。ちょっと黙っててくれる……」
ライナスから私を嫌悪する言葉は出てこなかった。
単にこれ以上私の印象が下がることがないだけかもしれない。
それでも良かったと撫で下ろす。
そのままひょこひょこと歩いていると、ライナスはついに見兼ねたようだった。
「無理に歩かなくてもいいだろう。馬車まで君を抱えて行ってもいいが」
「結構よ……。力を使ったら歩けなくなるほど体力のない聖女なんて噂を立てられでもしたら……とても腹が立つもの」
大人しくライナスに甘えればいいのに、ジェナのプライドが邪魔して助けを断ってしまう。
正直しんどすぎて辛いので、そこは素直に甘えたかった。
噂なんて好きに言わせておけばいいのに……。
気力で何とか馬車まで辿り着き、窓側に吸い付くように寄りかかって身体を休める。
しばらくそうしている内に眠気に襲われ、泥に沈むように深い眠りへと落ちていった。
「ん……」
目を瞑りながら意識だけが浮上して、少し身じろぎする。
とても良い眠りだった。倦怠感もほとんど消えている。
馬車にしては割と寝心地良かったわと半分寝惚けながら目を開けてぼんやりとする。
ガタンガタンと馬車の揺れる振動と音を聞きながら、徐々に思考がはっきりして来た私は違和感を覚える。
……変だわ。
ライナスも一緒にこの馬車へ乗り込んだはずなのに、目の前に姿がない。
気付かない内に降りた? いやいやそんなまさか。
まだ城に着いていないのに降りてどうするのよ。
「……殿下?」
「何だ」
独り言のように呼んでみたのに、返事が自分の真上から聞こえて来る。
私は身体が浮くほど驚いてライナスから離れる。勢いよくガンッと窓に頭を打ちつけた。
「痛ったあ!」
「何をしているんだ?」
寝起きの一発には強烈すぎる痛みに悶絶しながら後頭部を摩る。
「あなた、向かい側にいたはずじゃなかった!? 何で隣にいるのよ!」
「君が馬車の揺れで何度も頭を窓に打っていたのに全く起きず、窓の方が壊れそうだったから仕方なく私の肩を貸したんだ」
そういえば確かに、今打った部分とは別に側頭部がズキズキと痛い気がする。
多分、私はよっぽど眠りの船を漕いで頭をゴツゴツ打っていて、ライナスが見るに見兼ねたのだろう。
私の頭より窓の方を心配して助けてくれた口振りだけど。
「それは……失礼したわね」
「ああ。大変失礼だった」
「…………」
微妙に刺のあるライナスの態度に、言い返す言葉が出て来ない。
迷惑をかけたから、少し怒っているのかしら。
私のことだから全力でライナスに寄りかかって爆睡していたと思うし、重くて不快だったのかもしれない。
私が黙っていると、ライナスは話を続けた。
「だから次からは絶対に無理をするな。君に体調を崩すほどの努力は求めていない。聖女が大事な存在なのだともう少し自覚を持って欲しい。あまり倒れられると、こちらとしても困る」
──ああ、何だ。
昨日も今日も、私の身を案じてくれたんじゃなくて、聖女として使い物にならなくなったら困るから心配していただけなのね。
……そうよね。
どうして私、勘違いしていたのかしら。恥ずかしい。
私自身のことを心配してくれているなんて思い上がりも甚だしいわ。
ライナスに対して今まであれだけ悪態ついておいて、私のことなんか心配してくれるわけないじゃない。
「……覚えておくわ」
ライナスは──いえ、みんなは。
聖女だから私を気遣ってくれるだけ。
私に対する優しさなんかじゃない。
そんな当たり前のことを忘れないように、深く心に刻み込んだ。
義務は果たしたのだからこれ以上治療したくないというジェナの反抗はすべて物理で抑える。
そして最後の一人を治療し終えた頃には、私は案の定ふらふらになってしまった。
真っ直ぐに歩くことも出来ず、レグランの肩を借りて一歩一歩のろのろと歩く姿は、まるで病人だ。
まさか治療をしに行った聖女だとは誰も思うはずもない。
ライナスにこんなところ見つかりたくないと思いながら馬車へ向かう。
けれど、そういう時に限ってバッタリと鉢会わせてしまうもので。
私の情けない姿を見たライナスの眉が一瞬で吊り上がった。
そんな彼が開口一番に発した言葉は。
「──君はバカなのか?」
バカと言われたのは、これで二度目ね。
レグランの制止を振り切って体調崩したバカですわ、どうも。
口では厳しいことを言いながらも、ライナスはレグランと代わって私を支えてくれる。
「無理をするなと言ったはずだが、聞いていなかったのか?」
「し、……仕方ない、でしょ……死に損ないだとしても、見捨てるのは、こ、こっちの気分が悪いじゃない……」
はあ……何てひどい言い方。
元気があれば自分の頬を往復ビンタしてやりたいわ。
一生懸命生きたいと願う患者達に対して死に損ないだなんて、冗談でも言っていいわけがない。
またライナスに嫌われたと悲観していると、ライナスは横目で私を見ながら今の発言に対する意外な感想を口にする。
「……君は口と態度は悪いが、中身は一応聖女なんだな。そこまで人を救う意思が強いとは思わなかった」
「う、うるさい、わね……。ちょっと黙っててくれる……」
ライナスから私を嫌悪する言葉は出てこなかった。
単にこれ以上私の印象が下がることがないだけかもしれない。
それでも良かったと撫で下ろす。
そのままひょこひょこと歩いていると、ライナスはついに見兼ねたようだった。
「無理に歩かなくてもいいだろう。馬車まで君を抱えて行ってもいいが」
「結構よ……。力を使ったら歩けなくなるほど体力のない聖女なんて噂を立てられでもしたら……とても腹が立つもの」
大人しくライナスに甘えればいいのに、ジェナのプライドが邪魔して助けを断ってしまう。
正直しんどすぎて辛いので、そこは素直に甘えたかった。
噂なんて好きに言わせておけばいいのに……。
気力で何とか馬車まで辿り着き、窓側に吸い付くように寄りかかって身体を休める。
しばらくそうしている内に眠気に襲われ、泥に沈むように深い眠りへと落ちていった。
「ん……」
目を瞑りながら意識だけが浮上して、少し身じろぎする。
とても良い眠りだった。倦怠感もほとんど消えている。
馬車にしては割と寝心地良かったわと半分寝惚けながら目を開けてぼんやりとする。
ガタンガタンと馬車の揺れる振動と音を聞きながら、徐々に思考がはっきりして来た私は違和感を覚える。
……変だわ。
ライナスも一緒にこの馬車へ乗り込んだはずなのに、目の前に姿がない。
気付かない内に降りた? いやいやそんなまさか。
まだ城に着いていないのに降りてどうするのよ。
「……殿下?」
「何だ」
独り言のように呼んでみたのに、返事が自分の真上から聞こえて来る。
私は身体が浮くほど驚いてライナスから離れる。勢いよくガンッと窓に頭を打ちつけた。
「痛ったあ!」
「何をしているんだ?」
寝起きの一発には強烈すぎる痛みに悶絶しながら後頭部を摩る。
「あなた、向かい側にいたはずじゃなかった!? 何で隣にいるのよ!」
「君が馬車の揺れで何度も頭を窓に打っていたのに全く起きず、窓の方が壊れそうだったから仕方なく私の肩を貸したんだ」
そういえば確かに、今打った部分とは別に側頭部がズキズキと痛い気がする。
多分、私はよっぽど眠りの船を漕いで頭をゴツゴツ打っていて、ライナスが見るに見兼ねたのだろう。
私の頭より窓の方を心配して助けてくれた口振りだけど。
「それは……失礼したわね」
「ああ。大変失礼だった」
「…………」
微妙に刺のあるライナスの態度に、言い返す言葉が出て来ない。
迷惑をかけたから、少し怒っているのかしら。
私のことだから全力でライナスに寄りかかって爆睡していたと思うし、重くて不快だったのかもしれない。
私が黙っていると、ライナスは話を続けた。
「だから次からは絶対に無理をするな。君に体調を崩すほどの努力は求めていない。聖女が大事な存在なのだともう少し自覚を持って欲しい。あまり倒れられると、こちらとしても困る」
──ああ、何だ。
昨日も今日も、私の身を案じてくれたんじゃなくて、聖女として使い物にならなくなったら困るから心配していただけなのね。
……そうよね。
どうして私、勘違いしていたのかしら。恥ずかしい。
私自身のことを心配してくれているなんて思い上がりも甚だしいわ。
ライナスに対して今まであれだけ悪態ついておいて、私のことなんか心配してくれるわけないじゃない。
「……覚えておくわ」
ライナスは──いえ、みんなは。
聖女だから私を気遣ってくれるだけ。
私に対する優しさなんかじゃない。
そんな当たり前のことを忘れないように、深く心に刻み込んだ。
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