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19話 別に優しさじゃない③

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「アイヴィ様、顔色が悪いようですが……大丈夫ですか?」

 私の様子がおかしいことに気付いて、レグランが顔を覗き込むようにして窺ってくる。
 我に返り、慌てて平静を装った。

「え? ええ……大丈夫よ。祈りを捧げればいいのよね」

 ニーナに近付き、彼女の手を取って意識を集中させる。

 ここまで来たらやるしかない。
 治せるまで、どれだけ力を使おうが私が倒れることになろうがとにかくやるしかないわ。

「……っ……」

 必死に祈りを捧げると、繋いだ手を通して青い光がニーナの身体に流れ込み、病気の箇所の心臓へと広がる。
 病気を消すようなイメージを頭の中で描いていると、突然私の身体にずしりとした衝撃が走った。
 そしてロラン・ノームで結界を張った時と同じく、吸い込まれるように身体の力が抜けていく感覚に襲われる。

 苦しい……!
 結界を張った時ほどじゃないけれど、聖女の力を使うと身体にかかる負荷がキツい……!

 必死に歯を食いしばって耐えながら祈り続けると、パアッと一際光が明るくなり、やがて弾けて消えた。

「くっ……!」

 祈りを終えた途端に激しい倦怠感がドッと押し寄せて来て、ニーナの手を離す。
 身体を支えるようにしてベッドの縁に手をかけた。
 背後からレグランが心配してこちらへ来そうな気配がしたので、反対の手で来ないでと制する。

 ニーナは恐る恐るといった様子で、少しずつ身体を起こしていく。

「え……?」

 ニーナは自分の心臓に手を当てたり、指を握ったり開いたりしながら、徐々に瞳を大きくしていく。
 病気が完治したのかは不明だけれど、少なくとも体調が回復したのは誰の目から見ても明らかだ。

「嘘……嘘……」

 ニーナは信じられないといった様子で私の顔を見て、小刻みに首を横に振る。

「痛みが……! あんなに辛かった痛みが全くない! 身体も今までの気だるさが嘘みたいに消えたの!」

 ニーナはまだ現実だと実感出来ないのか、確かめるようにベッドから抜け出し、立ち上がってみせる。

「すごい……! こんなに身体が動かせるのは久しぶりだわ!」

 そんなニーナの変貌に、院長も感嘆の声を漏らした。

「おお……! 噂に違わず、やはり聖女様のお力は素晴らしい……!」

「聖女様! 本当に、本当にありがとうございます! 私もうこのまま死んで行くんだって、諦めていたの。でも聖女様が私に命を与えてくれた。このご恩は……一生忘れません!」

 ニーナは大粒の涙を流しながら私の手を取り、膝をついて崇める。
 本当に完治したのかという私の疑問は、野暮な気がして聞くことは出来なかった。
 とりあえずニーナを苦痛から解放出来たのは事実だから、そこは良かったと安堵する。

「ニーナ、もう結構よ。身体が楽になったからって調子に乗らないで、ベッドへ戻りなさい」

「あっ……ご、ごめんなさい! 私、喜びすぎちゃって」

「アイヴィ様、大丈夫ですか? 休憩場所を手配しておりますから、ご案内致します」

「頼むわ、レグラン」

 レグランが私の体調が優れないのを心配して提案してくれる。
 その気遣いに感謝しながら、私はレグランが差し伸べた手を取った。

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