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12話 敵対する二人③
しおりを挟むレグランはライナスが完全にいなくなったのを確認してから、私に振り向いた。
「……アイヴィ様。ライナス様への態度は改めた方がよろしいかと」
レグランの忠告に、私は自然と唇を結んでしまう。
レグランも今のは目に余ったわよね。本当にごめんなさい。
でもどうしたらいいかわからないの。
心でわかっていても、ジェナは優しい言い方なんてしないというフィルターが自動で掛かって、どうしても棘のある言葉が抽出されてしまうの。
だからレグラン、多分今からあなたにも叩くわよ、憎まれ口を。
「あら、ご忠告どうも。あなたは元々王太子の従者だものね。本当の主にひどい態度を取られてさぞかし腹が立ったんでしょう? ごめんなさいね?」
……ほらね、もう呪いみたいなものなのよ。
人が呼吸をするのと同じように、自然と口から零れてしまうの。
「いえ。ライナス様の肩を持っているわけではありません。単に王太子殿下へ取って良い態度ではないと申し上げているだけです。アイヴィ様も突然聖女や婚約など色々言われて混乱されるお気持ちも理解出来ますが」
どこまでもレグランの言い分は正しくて、私の耳が痛い。そして私の立場もそっとフォローしてくれる優しさが少し見えて心が痛い。
レグランからすれば私は口も態度も悪い最悪の女でしょうに、そんな女に対して、徹底的に責めたりしない大人の対応だ。
私と主従関係なのを除いても、本当ならもっとボコボコに厳しく言ってくれてもいいと思う。あんたみたいなのに付くのはもう耐えられないから暇をくれぐらい言っても許されると思う。
──理解出来ているのなら、従者ごときが口を挟まないで頂戴。
出かかった次のセリフを、私は歯で唇を思い切り噛んで堪える。
ダメ。これ以上レグランに悪態をついたら、人間としてダメすぎる。最低すぎる。
こ、言葉を、変えて。理解を示して。素直に……頷くのよ、私。
「──わ、わかっ、わかったわ。改善し、してみる」
なんて、私が言うとでも思ったかしら? 従者の言うことなんて誰が聞くもんですか。
ジェナの性格をねじ曲げたセリフを吐いたら、途端にリカバリーしようとしてくる次のセリフが頭に浮かんで言いそうになる。
それを私は唇を噛んで物理的に潰して呑み込んだ。
下唇に歯が刺さる勢いで噛んでいるから、血の味がする。でも、私の意思がジェナの悪意に初めて勝てた。
「ア、アイヴィ様。その……口から血が出ておりますが」
レグランは私の発言だけでなく、私の顔を見て驚いた……というかちょっと引きながらハンカチを差し出してくる。
私は近くにあったドレッサーの鏡を見ると、下唇から顎にかけて血がダバダバと垂れており、お化けもドン引きのバケモノがそこにいた。
「ひいっ……!?」
私は慌てて鏡に向かって治れと祈ってしまい、無駄に鏡を青く光らせる。
違う違う鏡にやってどうするの! とセルフツッコミを心の中で行ってから自分の唇に治れと祈る。
傷口はあっという間に消え、レグランから貰ったハンカチで血を拭って落ち着きを取り戻した。
ふう、と一息ついてから、レグランに今の一連の恥ずかしい行動を見られことに気付く。
バッと顔をレグランに向けたら、レグランは私からバッと目を逸らした。
「いえ、私は何も見ておりません」
「……そこは正直に言いなさいよ!」
ジェナを押し退けて自分の意見を言えたのは一歩前進……?
いえ、私の意思を無理に通そうとするたび毎回口から血を流すなら、一歩後退かもしれない。
それでも、レグランに対してもっと酷い態度を取ることにならなくて良かったと、内心嬉しく思うのだった。
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