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9話 国王夫妻との謁見③
しおりを挟むだだっ広い謁見の間は、青と白のコントラストが特徴的だった。
染みひとつない真っ白な壁に、陶器のように艶のあるコバルトブルーの床。
部屋の最奥に鎮座する、金色に縁取られた赤い玉座。
その裏に飾られている、恐らく国旗であろう青い旗には、白い大鷲が描かれていた。
多分、青と白はこの国のカラーなのだと推測する。
私の存在に気付いて、国王夫妻がライナスとの話を切り上げた。
玉座から立ち上がり、私の元へと向かって来る。
わあ、夫妻自ら出迎えだなんて、本当に歓迎されているのね、聖女とやらの存在は。
そう思いながら私は靴音を鳴らして歩を進めて行く。
ライナスは私を警戒するような眼差しのまま国王夫妻の後ろに付いていた。
ライナスもレグランと同じように、私が国王夫妻に対して失礼な態度を取らないか心配しているのでしょうね。
わかるわ、不安よね。だって私が一番不安だもの。
国王夫妻が足を止めたので、私は片足を後ろに下げて丁寧に挨拶の姿勢を取る。
「よくぞ参った、聖女殿。体調はいかがかな」
国王様は目尻を下げて柔和に微笑む。
ライナスの父親らしく、非常に顔の造形が整っており、歳を召してもなお色気の残る素敵なおじさまという印象だった。
国王様の隣に立つ王妃様も同様に、気品漂う美しい貴婦人といった感じで、見惚れてしまうほどブロンドの長い髪が綺麗だった。
ハイルドレッド王家は美形揃いなのかも。目の保養をさせてもらう。
さあ、国王夫妻に失礼のないように挨拶をしなきゃ。
「すぐにご挨拶へ伺えなかったこと、どうかご無礼をお許し下さいませ。国王陛下、王妃殿下。おかげ様で体調は万全でございます」
「そうか、それは良かった。貴女は我が国ハイルドレッドの賓客だ。何かあれば遠慮なく言いなさい」
国王様の言葉に、引っ掛かりを覚える。
賓客ね……。
この国の為に、私に働いてもらわないといけないものね。
というか、国王様は私とライナスを婚約させたのに私を客扱いってどういうことなのかしら。
……いやいや、余計なことに気を取られてはダメ。
少しの油断が命取りよ。とにかく今は失礼のないように、頭を下げるのよ。
「陛下の寛大なお心、深く感謝致します」
「まあ……聖女というのがどんな方なのかと思えば、何だかきちんと教育を受けた貴族の令嬢みたいね」
王妃様が貴族のような私の振る舞いに感心しながら頬に手を当てる。
しまったわ……つい慣れで貴族式の挨拶をしてしまったけれど、これは失敗だったかも。
今の私は記憶のない聖女という設定になってしまっているのだから、もっと慣れない感じで挨拶するべきだったと反省する。
「……。陛下に失礼がないようにと、立ち振る舞いについて少しですが教育をお受け致しました」
堂々と嘘をつけば、ライナスからそんな教育を施した覚えはないぞと非難の視線が飛んで来る。
わ、わかってるわよライナス。追求はあとにして頂戴。
そんなに睨まないで。憎まれ口叩きたくなるでしょうが!
下唇を噛んで、出そうになる悪態を堪える。
私の嘘を信じた王妃様が、まあ! と大きな声を上げた。
「ダメじゃないの、ライナス! 体調の悪い中そんなことさせて!」
王妃様に叱られ、冤罪をかけられたライナスは心外とばかりに目を開く。
ただ、下手に言い訳するのは見苦しいと思ったのか、ライナスは反論しなかった。
ものすごく不服そうな顔はしていたけれど。
王妃様は申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんなさいね、うちの息子本当に気が利かなくて。無愛想だし、絶対アイヴィさんに不愉快な態度取ったでしょう?」
「いえ、そんなことは……」
どちらかと言えば私の方が不愉快な態度をライナスに取ってしまっていますだなんて、口が裂けても言えない。
今も嘘をついたせいでライナスが悪者になってしまっているし……。
ちくちくと罪悪感の棘が私を刺す。
王妃様は口元を指で隠し、たおやかに振る舞う。
「いいのよ、遠慮しなくて。息子が何か失礼なことをしたらすぐに言って頂戴ね。態度を改めるまで私が何度でも説教するわ! 私ね、ずっと娘が欲しかったのよ。こんなに可愛らしい子がお嫁に来てくれるなんて、本当に嬉しいのよ」
王妃様は私の手を握って、今度はご機嫌な少女のように身体を揺らす。
先程までの気品漂う貴婦人からのギャップに、私は随分と戸惑った。
そしてここまで自分に対して好意的な人に出会うのは久しぶりすぎて、どう対応していいのかわからない。
ただ困惑してされるがままになっていると、国王様が助け舟を出してくれた。
「これ、王妃。聖女殿が困っているだろう」
「あっ、そうね! ごめんなさい。つい嬉しくって」
王妃様は慌てて私の手を離す。ニコニコと笑みを浮かべながら距離を取るように下がっていった。
可愛らしい王妃様に国王様の口元が緩んでいる。そんな優しい表情が、私に向いた。
「聖女殿。我が息子との婚姻の話を強引に決めて申し訳なかった。だが貴女の身の安全の為でもある。どうか理解して欲しい」
「いえ、陛下のご配慮ありがたく存じます。ハイルドレッド王国の為に身を尽くして参りますわ」
「それは願ってもないことだ。ライナス、聖女殿をくれぐれも頼んだぞ」
「はい、父上」
ライナスは胸に手を当てながら国王様に頭を下げる。
「ではそろそろ会議の時間なのでな。もう少し聖女殿と話したかったが、別の機会にしよう」
国王様から謁見終了を告げられ、安堵する。
……ああ、良かった。これで挨拶は終わりね。
国王夫妻の前で失態を犯す羽目にはならなかったわ。
今日も私の首は守られたのね。あなたが無事で良かったわ、首。
ふう、と浅く息を吐いて、ライナスの方を見る。偶然目が合って、不愉快そうに睨まれた。
ああ……随分と嫌われてしまったものだわ。
自分が蒔いた種とはいえ、悲しいわね、アイヴィ。
これ以上の長居は無用と、私は陛下に別れの挨拶をして、謁見の間から退散した。
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