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3話 悪役令嬢からの転生③
しおりを挟む「……君は記憶を失っているのか」
男性が私に尋ねる。
記憶を失っている……のとは少し違う気はする。
似たようなものではあるから、否定はしないことにするけれど。
実は前世で処刑されてまた転生したみたいなんですー、なんて言ったら、間違いなく頭のおかしい奴認定を受けてしまうわね。
私が黙っていると、男性は近くで控えていた、従者のような雰囲気の別の男性に視線を移し、何やら目配せをした。
……ああ、そういえばさっき「レグラン」とか言っていたような……。
あの従者っぽい人がレグランという人かしら。
その従者らしき男性は一度頷くと、私に近付いて屈む。目線を私に合わせた。
「失礼。あなたの身元がわかるまで、私共で保護させて頂きます」
「ほ、保護ですって……?」
「ご安心を。私共はハイルドレッド王家に関わる者ですので、警戒される必要はありませんよ」
ハイルドレッド……?
全く聞いたことがないわ。
やっぱり私の好きな小説の世界ではなさそうね。
──というか、今。王家って言った?
言ったわよね? 王家って、あの王家よね。
王の家って書く、あの王家よね。
王家に関わる者って、つまり、つまりは……。
恐る恐る水を飲ませてくれた黄色の髪の男性を見る。
その視線ですぐに悟ったのか、男性は淡々と私の頭の中の疑問に答えてくれた。
「ハイルドレッド国王太子、ライナス・ハイルドレッドだ」
「!」
私は反射的に王太子サマから距離を取る。
見た目通り本当に王子だった──!
最悪、最悪!
王太子に保護されるなんて冗談じゃない!
もう王子とかその辺の面倒そうなのに関わるのは絶対嫌!
一体私がどこの世界の誰に転生したのかは知らないけれど、小説のジェナは演じ切ったのだから!
今世は穏やかに、慎ましく、大人しく! 生きたいのよ!
頭を抱える私に、王太子は少し呆れを混ぜた眼差しを向ける。
「驚くのもわかるが……そこまで距離を取らなくてもいいだろう」
「いいえ! 王太子様に対して失礼でしたわ! 保護だなんて大層なこと、して下さらなくて結構です! この通り私はもう元気ですし、その辺の街や村に、自力で! 助けを求めますわ!」
手のひらを向けて拒否のジェスチャーをしつつ、必死に自力でどうにかするとアピールする。
どうやら逆効果だったらしい。王太子とその従者は、より一層私の態度に不信感を抱いたようだった。
それでもとにかく私は王太子に関わりたくなかった。
どれだけ変な奴と思われようが疑われようがどうでもいい。
私はジェナの処刑……首をはねられたのがトラウマになっていた。
小説の話通りとは言え、ジェナを処刑した王子という肩書きを持つ者は私にとって疫病神でしかないの!
だから私の前から去れ、王太子!
「しかし……近郊の街まではかなり距離がある。徒歩で向かうなら一日は掛かるし、魔物に襲われる危険もあるが」
王太子の言葉に、私は固まる。
ま、魔物……?
この世界には魔物もいるの? 一体どんな世界観?
武器も何もない状態で徒歩で一日、街に辿り着くまで無事でいられるのかしら。
魔物がどんな感じのブツなのか見ていないからわからないけれど、多分無理そう。丸腰の人間なんて格好の獲物じゃない。
……いえ、それでも王太子に関わるよりは絶対にマシだわ。
「一日ぐらい余裕ですわ。そう、きっと私はここで疲れて眠っていただけなのです」
「記憶を失くしているのに?」
「記憶を失くすほど、相当疲れていたのかもしれません。だからその内思い出せますわ。ええ、思い出せる気がします」
「そんな訳ないでしょう。殿下、やはりこの女性は保護した方が良いかと」
私と王太子の会話に割って入った従者が、探るような目付きを遠慮なくぶつけてくる。
さすがに言い訳に無理があると自分でも当然思っていたけれど、この流れはまずいわ。無理矢理にでも連れて行かれそう。
──ならもう、私だって逃げるしかないわ。
「助けて下さってありがとうございました。本当に私はもう大丈夫で──ああっ!?」
あたかも王太子の後ろに何かがいると思わせるように指を差して声を上げれば、思惑通り王太子と従者は後ろを振り向く。
私はその隙に立ち上がって逃げようとする。──はずだった。
「あ、ら……?」
私の身体は、限界を迎えていたらしい。
走り出すどころか、立ち上がることが精一杯で、すぐに力が抜けてぐらりと視界が歪む。
……ああ、ダメだわ。これ、倒れるやつ──。
そう自覚しながら、私は地面に近付く景色を最後に眺めて意識を失った。
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