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14話 優しいところもある①

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 夜空の中央に堂々と鎮座した満月が、上空に浮かぶ二人の影を映し出す。
 風はほとんどなく、静寂の中に僅かなさざめきだけが響いている。

 シゼルは飛行に慣れているから恐怖心などないが、シンデレラは落ち着かない様子で遥か遠くにある地面をじっと見つめていた。
 意外にも高いところが苦手だったのかと、シゼルは腕の中にいる彼女に声をかける。

「シンデレラ……? まさか怖いのか?」

「はい……少し」

 ──ちゃんと女の子らしいところもあるんだな。
 割と失礼なことを内心思いながら、シゼルは飛行速度を弱める。

「そうか……じゃあなるべくゆっくり飛ぼう」

「そうしてください。あなたの弱い魔法で落ちたら怖いので」

「信用ないな! てかさりげなく弱いって言ったな!?」

 彼女の恐怖が高さではなく自身の魔力の信頼のなさから来ていると理解し、シゼルは吠える。
 そんな彼らの前に、突然巨大な黒い影がバサバサと風を切る羽音と共に現れた。

「は!? 今度は何だ!?」

「カラスの大群ですね」

 冷たい鋼のようにギラリと光る無数の黒い瞳が、シンデレラとシゼルを捉える。その視線が一切逸れることはない。
 少しでも隙を見せたら、一斉に襲ってくる緊張感があった。

「いや、大丈夫だ。カラスは強い光に弱いから……!」

 シゼルが片手で光魔法を使う。
 稲妻のような一閃が彼の手のひらから放たれるが、カラスの大群は全く動じない。

 シゼルの魔法が効かないことは予想通りだったらしい。シンデレラはわざとらしく驚いたフリをしている。

「大変です! シゼルさん渾身の魔法が効かないなんて……! もう私たちは終わりですね」

「くそ! 何でだよ!」

「きっとお相手の魔法使いがあなたより強──」

「言うな! それ以上言うんじゃない!」

 精神的ダメージを負う前に、シゼルはシンデレラの言わんとしたことを止める。
 相手の魔力の強さは一旦置いといて、カラスが光で散らないなら実力行使に出るしかない。
 しかしシンデレラを抱えたままでは派手な攻撃魔法は使えず、シゼルはどうするべきか焦っていた。

 そうこうしている間に、カラスは容赦なく二人を囲ってしまう。

「……囲まれたな」

 ──シンデレラだけでも何とか守らなければ。……しかし、どうやって?

 状況を打破できる一手を考えるシゼルを、シンデレラは何やらじっと見つめる。
 そしていたずらを思いついたような無邪気さを伴って、彼女の唇の端がうっすらと上がる。

「仕方ありませんね」

「えっ──う゛っ!?」

 シンデレラはシゼルの胸元に容赦ない蹴りを入れて空中に跳ぶ。
 不覚を取られたシゼルは、彼女の身体を離してしまった。

 魔法を持たない彼女は、地へと落ちていく。

 シンデレラを追ってカラスが一斉に群れを作って飛んでいく。シンデレラはカラスの標的が自分だとわかっていてシゼルから離れたのだ。

「バッ……!」

 シゼルは動転しながら反射的に火の魔法を使う。
 ゴオッと重たい風と激しく燃え盛る炎の帯がカラスを直撃した。
 黒い羽を焦がされたカラスたちはグア! と潰れたような鳴き声を出して遠くへ逃げていく。

 カラスの群れがなくなってクリアにシンデレラの姿を視界に捉えたシゼルは、凄まじい勢いで飛んでいく。

 魔力の消耗が激しく、時間や彼女を止める高度な魔法はすぐに使えない。

 地面に背中を向けて落ちるシンデレラは、シゼルが自分を救いに来ていることに気付いて手を伸ばした。

「シンデレラ!」

 肩が外れそうになるほど手を伸ばして、シゼルはシンデレラの手を掴む。力任せに引き寄せた。

「……っぶねえええ……」

 シンデレラと地面の間は僅か数センチ。
 ギリギリのところで二人は抱き合う形でピタリと止まった。

 間一髪、紙一重。
 あと一秒でも遅れていたらシンデレラは確実に死んでいた。

 間に合った、最悪の事態は免れたのだと、シゼルが半ば放心状態でいるのに、助けられたシンデレラはシゼルの腕の中で呑気に笑っている。

「ふふ、死ぬかと思いました」

「こっちの方が死にそうだ色んな意味で! 今俺が助けなかったら君は死んでたんだぞ! 一体何を考えてんだよ!!」

 文字通り命を投げ捨てる行動だったのにも関わらず、それを理解していないような能天気な発言にシゼルは怒号を放つ。
 しかしそれでもシンデレラの笑みが崩れることはなかった。

「魔法使いさんなら、きっと助けてくださるって信じていましたから」

 シゼルは浮遊魔法を解くと、そのまま地面に背中をつけたシンデレラを組み敷いた。怒りに任せて地面を強く叩く。

「その信頼が裏切られたらどうするつもりだったんだよ!? もっと命を大事にしてくれ、頼むから!!」

「……」

 シンデレラは微動だにせず彼の目を捉えて離さない。沈黙の中で、二人の間に張り詰めた緊張が漂い、時が止まったかのような静寂が広がった。

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