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七章 Revenge
十二月 <断罪> 5
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夕闇の空をゆっくりと雲が包み込んでいった。
俺はコンクリートの地面に大の字になって
倒れていた。
心臓が早鐘を打っていた。
そんな俺を男が見下ろしていた。
「危ないな。
こんな物を振り回したら大怪我をするだろう」
男は俺から奪った彫刻刀を
フェンスから投げ捨てた。
「お前のような人間が
何食わぬ顔で教壇に立っていることは
この国の汚点の一つだ」
「先ほどから気になっていたんだが、
目上の人に『おまえ』と言うのは
いかがなものかな。
君は大人に対する口の利き方が
なっていないようだ」
俺の挑発にも男はどこ吹く風だった。
「この国の汚点の二つ目は年功序列の制度だ。
引き際を知らない老害は国を腐らせる。
儒教の思想が根付いているどこかの国も
二十年後にはその内情はボロボロだ」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「君の考えには
手放しで賛成することはできないが、
君がチェリーのことでムキになっていることは
よくわかった」
「今後その名前で相馬を呼ぶな!」
俺は腹の底から声を出した。
「彼女は従順で頭のいい子だよ。
私に逆らうとどうなるかきちんと理解している」
男は笑った。
男は敢えて俺を挑発していた。
俺がかつて大吾の前で奥川を口説いた時のように。
この男は俺の反応を見て楽しんでいる。
俺は大きく息を吸った。
そしてゆっくりと吐き出した。
激しく波打つ鼓動が徐々に静まっていった。
この八か月あまり、
子供達との触れ合いを通じて
俺は随分と丸くなったようだ。
今も男の挑発に心を乱している。
「風が冷たくなってきたね。
私はあと少し仕事が残っているから、
そろそろ戻ることにするよ。
君は『けいやく』に同意した、
ということでいいんだね?」
男はそう言ってオールバックの白髪に手を当てた。
「『契約』は相対する当事者の合意によって
成立する。
俺はまだお前の素顔を知らない。
そのサングラスを外して素顔を見せろ。
話はそれからだ」
左目が義眼なら伊達。
そうでなければ織田だ。
「もう一度言う。サングラスを外せ!」
俺の言葉に男はニヤリと口元を歪めた。
「はっはっは。
秘密は秘密だからこそ価値がある。
それに手品の種明かしはルール違反だ」
男はどこかで聞いたことのあるセリフを口にした。
それからくるりと背を向けて
ゆっくりと歩き出した。
「本当のことを言うと!」
俺は男の背中に向かって叫んだ。
「もしお前に後悔や慙愧の念が少しでも見えたら、
俺は法に委ねてもかまわないと考えていた」
男は俺の言葉を無視して歩き続けていた。
「葉山が残した手紙がある!」
俺はもう一度男に向かって叫んだ。
「葉山は子供を産んで育てる決心をしていた。
名前こそ書かれてなかったが、
当然お前のことが書かれている」
男の足が止まり、静かにこちらを振り向いた。
「なぜ俺が
警察に手紙を渡さなかったか知りたいか?
お前の為じゃない。
俺は葉山の名誉を守りたかった」
男の口元がピクリと動いたのが見えた。
「お前は葉山の意志、
そしてその思いを知らなくてはならない。
あそこの封筒が見えるか?」
そう言って俺は西の方を指さした。
男の目が
フェンスに挟まれた封筒を捉えたのがわかった。
「つまり、
あれがイチジクが残した証拠というわけか」
男が封筒に向かってゆっくりと歩き出した。
男は警戒しつつ俺の横を通り過ぎた。
同時に俺は男とは反対の方向へ駆け出した。
あの日、
ボス猿が手にするはずだった封筒と同じように
あの中身は空だ。
そして男があれを手にしたときすべてが終わる。
俺が屋上の入口へたどり着いた時、
向こうで男が何か喚いていた。
男の声は吹きすさぶ風に掻き消されて
ここまでは届かなかった。
俺は扉を開けて校舎の中へ戻ると、
掃除用具入れからゴミ袋を取り出した。
そしてそれを扉の外へ投げた。
男が走ってくるのが薄暗い中でも確認できた。
俺が扉を閉じようとしたとき、
「・・待ちなさぁぁぃぃ」
と叫ぶ男の声が聞こえた。
俺はそれを無視して扉を閉めた。
風の音が遮断され、
校舎の中に静寂が広がった。
俺はポケットから鍵を取り出して施錠した。
『Good night』
俺はコンクリートの地面に大の字になって
倒れていた。
心臓が早鐘を打っていた。
そんな俺を男が見下ろしていた。
「危ないな。
こんな物を振り回したら大怪我をするだろう」
男は俺から奪った彫刻刀を
フェンスから投げ捨てた。
「お前のような人間が
何食わぬ顔で教壇に立っていることは
この国の汚点の一つだ」
「先ほどから気になっていたんだが、
目上の人に『おまえ』と言うのは
いかがなものかな。
君は大人に対する口の利き方が
なっていないようだ」
俺の挑発にも男はどこ吹く風だった。
「この国の汚点の二つ目は年功序列の制度だ。
引き際を知らない老害は国を腐らせる。
儒教の思想が根付いているどこかの国も
二十年後にはその内情はボロボロだ」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「君の考えには
手放しで賛成することはできないが、
君がチェリーのことでムキになっていることは
よくわかった」
「今後その名前で相馬を呼ぶな!」
俺は腹の底から声を出した。
「彼女は従順で頭のいい子だよ。
私に逆らうとどうなるかきちんと理解している」
男は笑った。
男は敢えて俺を挑発していた。
俺がかつて大吾の前で奥川を口説いた時のように。
この男は俺の反応を見て楽しんでいる。
俺は大きく息を吸った。
そしてゆっくりと吐き出した。
激しく波打つ鼓動が徐々に静まっていった。
この八か月あまり、
子供達との触れ合いを通じて
俺は随分と丸くなったようだ。
今も男の挑発に心を乱している。
「風が冷たくなってきたね。
私はあと少し仕事が残っているから、
そろそろ戻ることにするよ。
君は『けいやく』に同意した、
ということでいいんだね?」
男はそう言ってオールバックの白髪に手を当てた。
「『契約』は相対する当事者の合意によって
成立する。
俺はまだお前の素顔を知らない。
そのサングラスを外して素顔を見せろ。
話はそれからだ」
左目が義眼なら伊達。
そうでなければ織田だ。
「もう一度言う。サングラスを外せ!」
俺の言葉に男はニヤリと口元を歪めた。
「はっはっは。
秘密は秘密だからこそ価値がある。
それに手品の種明かしはルール違反だ」
男はどこかで聞いたことのあるセリフを口にした。
それからくるりと背を向けて
ゆっくりと歩き出した。
「本当のことを言うと!」
俺は男の背中に向かって叫んだ。
「もしお前に後悔や慙愧の念が少しでも見えたら、
俺は法に委ねてもかまわないと考えていた」
男は俺の言葉を無視して歩き続けていた。
「葉山が残した手紙がある!」
俺はもう一度男に向かって叫んだ。
「葉山は子供を産んで育てる決心をしていた。
名前こそ書かれてなかったが、
当然お前のことが書かれている」
男の足が止まり、静かにこちらを振り向いた。
「なぜ俺が
警察に手紙を渡さなかったか知りたいか?
お前の為じゃない。
俺は葉山の名誉を守りたかった」
男の口元がピクリと動いたのが見えた。
「お前は葉山の意志、
そしてその思いを知らなくてはならない。
あそこの封筒が見えるか?」
そう言って俺は西の方を指さした。
男の目が
フェンスに挟まれた封筒を捉えたのがわかった。
「つまり、
あれがイチジクが残した証拠というわけか」
男が封筒に向かってゆっくりと歩き出した。
男は警戒しつつ俺の横を通り過ぎた。
同時に俺は男とは反対の方向へ駆け出した。
あの日、
ボス猿が手にするはずだった封筒と同じように
あの中身は空だ。
そして男があれを手にしたときすべてが終わる。
俺が屋上の入口へたどり着いた時、
向こうで男が何か喚いていた。
男の声は吹きすさぶ風に掻き消されて
ここまでは届かなかった。
俺は扉を開けて校舎の中へ戻ると、
掃除用具入れからゴミ袋を取り出した。
そしてそれを扉の外へ投げた。
男が走ってくるのが薄暗い中でも確認できた。
俺が扉を閉じようとしたとき、
「・・待ちなさぁぁぃぃ」
と叫ぶ男の声が聞こえた。
俺はそれを無視して扉を閉めた。
風の音が遮断され、
校舎の中に静寂が広がった。
俺はポケットから鍵を取り出して施錠した。
『Good night』
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