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七章 Revenge
十二月 <断罪> 1
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十二月二十二日。金曜日。
澄み渡る冬の朝空だった。
朝食を食べながらテレビを見ていると
天気予報が始まった。
若くて可愛らしい女性の気象予報士が
日中は十五度まで気温が上がると言っていた。
深夜から明日の朝にかけては
多少寒さが増すでしょうとも言っていた。
しかしそれは多少どころの話ではない。
天気は夕方から崩れ、
夜になれば雪が舞う。
玄関で靴を履いていると、
俺の足元のゴミ袋に母が訝しむような目を向けた。
二十年後では多くの自治体で禁止になっている
中の見えない黒いゴミ袋だ。
俺は母に探りを入れられる前に立ち上がった。
そして傘立てから傘を取って家を出た。
後ろから
「今日は雨は降らないわよ」
という母の声が聞こえた。
校門の前で茜と会った。
「おはよう、あっくん」
そう言って茜は俺の持っている黒いゴミ袋を
不思議そうに見つめた。
俺達は並んで校舎に向かった。
靴箱までくると茜が俺に目で訴えてきた。
俺は茜を玄関の脇へ連れ出した。
「入ってたんだな?」
茜はこくりと頷いてポケットから紙と鍵を出した。
計画通りだった。
昨日も茜は男から呼び出しを受けている。
その時、俺は緊急時の連絡方法に従って、
茜に靴箱へメッセージを書いた紙を入れるように
指示した。
内容はこうだ。
『今日は家の用事で
放課後すぐに帰らないといけません。
明日なら大丈夫です』
男はまんまとその餌に食いついた。
今日は今学期最後の授業。
つまりそれは男にとって
冬休み前の最後の機会ということだ。
男はこの誘いに必ず乗ってくると思っていた。
一番の問題は鍵のことだったが、
どうやらそれも解決したようだ。
「・・あっくん?」
「大丈夫。
今日で終わらせるから。
茜は何も心配しなくていい」
そう言って俺は茜から紙と鍵を受け取った。
「あとは俺に任せろ」
不安そうにこちらを見つめる茜に
俺は笑顔を向けた。
そして茜を先に教室へ行かせた。
俺はその足で屋上への階段を上がった。
そして扉の手前に置かれた掃除用具入れを開けて
中にゴミ袋を隠した。
屋上が封鎖されている今、
ここに近づく者はいない。
もっとも安全な隠し場所だった。
教室へ行くと茜は机に座っていた。
茜は俺に向かって不安そうに小さく手を振った。
俺と茜の様子に気付いた翔太と洋が
俺のところへやってきた。
俺は二人に茜のストーカー問題は解決した
と伝えた。
「解決って?犯人が捕まったってこと?」
「一体どんな奴だったんだよ?」
「真っ黒な長髪に度の強い眼鏡をかけた
見るからに怪しそうな男だよ。
捕まるのも時間の問題だ」
そうこうしていると
チャイムが鳴ってナカマイ先生が現れた。
朝の挨拶が終わっても
ナカマイ先生はしばらく口を開かなかった。
子供達がざわつき始めると、
ナカマイ先生は大きく息を吐いてから
出席をとり始めた。
昼休みはナカマイ先生の提案で
クラス全員で大縄跳びをすることになった。
今日は相馬も池田も参加するようで、
教室に残っているのは俺だけだった。
俺は翔太と洋に後から行くと伝えていた。
俺はベランダに出た。
天気予報の通り十二月にしては暖かかった。
校庭では子供達が元気に走り回っていた。
六年三組の子供達を探すと、
砂場の横に集まっているのを見つけた。
そこへ駆けていくナカマイ先生の姿も見えた。
俺は朝、茜から受け取った紙を広げた。
『十七時三十分』
ただそれだけが書かれていた。
俺は紙を破ると空へ投げた。
いつもと変わらぬ帰りの会が終わり、
皆が一斉に教室を飛び出した。
結局この日、
ナカマイ先生は自分の進退について
何も話さなかった。
子供達は来週の終業式の日に
知らされることになるのか、
それともナカマイ先生は何も話さずに
子供達の前から姿を消すつもりなのか。
茜が俺の所へ来た。
「あっくん・・?」
心配そうな表情の茜に俺は
「心配するな」
と笑った。
翔太と洋もやって来た。
「どうしたの?」
「『楽園』に行こうぜ」
俺は二人に用事があると嘘を吐いた。
「三人で行ってこいよ」
翔太と洋は渋々納得したが、
茜は最後まで不安そうな視線を俺に向けていた。
そんな三人を俺は笑顔で教室から送り出した。
「サヨナラ」
ふと背後の声に振り向くと
そこには相馬が立っていた。
相馬はすぐに目をそらすと
一度もこちらを振り返らずに廊下へ消えていった。
教室には俺一人が残された。
いや、もう一人いた。
池田圭。
池田は俺の視線に気付くと、
急いで荷物を鞄に入れて立ち上がった。
「さ、さようなら・・」
「ああ、またな」
教室の入口で池田は足を止めると
こちらを振り返った。
「あ、朝の天気予報だと暖かいって言ってたけど、
す、すごく寒くなってきたね」
池田はそんなことを言った。
「こ、今夜は天気が崩れそうだね」
「そうだな」
俺は適当に相槌を打った。
「し、終業式の日は、
ね、念のために雪に気を付けた方がいいね」
そう言うと
池田は俺の返事を待たずに教室から出ていった。
今度こそ俺だけが教室に残された。
時計を見ると十六時を少し過ぎていた。
澄み渡る冬の朝空だった。
朝食を食べながらテレビを見ていると
天気予報が始まった。
若くて可愛らしい女性の気象予報士が
日中は十五度まで気温が上がると言っていた。
深夜から明日の朝にかけては
多少寒さが増すでしょうとも言っていた。
しかしそれは多少どころの話ではない。
天気は夕方から崩れ、
夜になれば雪が舞う。
玄関で靴を履いていると、
俺の足元のゴミ袋に母が訝しむような目を向けた。
二十年後では多くの自治体で禁止になっている
中の見えない黒いゴミ袋だ。
俺は母に探りを入れられる前に立ち上がった。
そして傘立てから傘を取って家を出た。
後ろから
「今日は雨は降らないわよ」
という母の声が聞こえた。
校門の前で茜と会った。
「おはよう、あっくん」
そう言って茜は俺の持っている黒いゴミ袋を
不思議そうに見つめた。
俺達は並んで校舎に向かった。
靴箱までくると茜が俺に目で訴えてきた。
俺は茜を玄関の脇へ連れ出した。
「入ってたんだな?」
茜はこくりと頷いてポケットから紙と鍵を出した。
計画通りだった。
昨日も茜は男から呼び出しを受けている。
その時、俺は緊急時の連絡方法に従って、
茜に靴箱へメッセージを書いた紙を入れるように
指示した。
内容はこうだ。
『今日は家の用事で
放課後すぐに帰らないといけません。
明日なら大丈夫です』
男はまんまとその餌に食いついた。
今日は今学期最後の授業。
つまりそれは男にとって
冬休み前の最後の機会ということだ。
男はこの誘いに必ず乗ってくると思っていた。
一番の問題は鍵のことだったが、
どうやらそれも解決したようだ。
「・・あっくん?」
「大丈夫。
今日で終わらせるから。
茜は何も心配しなくていい」
そう言って俺は茜から紙と鍵を受け取った。
「あとは俺に任せろ」
不安そうにこちらを見つめる茜に
俺は笑顔を向けた。
そして茜を先に教室へ行かせた。
俺はその足で屋上への階段を上がった。
そして扉の手前に置かれた掃除用具入れを開けて
中にゴミ袋を隠した。
屋上が封鎖されている今、
ここに近づく者はいない。
もっとも安全な隠し場所だった。
教室へ行くと茜は机に座っていた。
茜は俺に向かって不安そうに小さく手を振った。
俺と茜の様子に気付いた翔太と洋が
俺のところへやってきた。
俺は二人に茜のストーカー問題は解決した
と伝えた。
「解決って?犯人が捕まったってこと?」
「一体どんな奴だったんだよ?」
「真っ黒な長髪に度の強い眼鏡をかけた
見るからに怪しそうな男だよ。
捕まるのも時間の問題だ」
そうこうしていると
チャイムが鳴ってナカマイ先生が現れた。
朝の挨拶が終わっても
ナカマイ先生はしばらく口を開かなかった。
子供達がざわつき始めると、
ナカマイ先生は大きく息を吐いてから
出席をとり始めた。
昼休みはナカマイ先生の提案で
クラス全員で大縄跳びをすることになった。
今日は相馬も池田も参加するようで、
教室に残っているのは俺だけだった。
俺は翔太と洋に後から行くと伝えていた。
俺はベランダに出た。
天気予報の通り十二月にしては暖かかった。
校庭では子供達が元気に走り回っていた。
六年三組の子供達を探すと、
砂場の横に集まっているのを見つけた。
そこへ駆けていくナカマイ先生の姿も見えた。
俺は朝、茜から受け取った紙を広げた。
『十七時三十分』
ただそれだけが書かれていた。
俺は紙を破ると空へ投げた。
いつもと変わらぬ帰りの会が終わり、
皆が一斉に教室を飛び出した。
結局この日、
ナカマイ先生は自分の進退について
何も話さなかった。
子供達は来週の終業式の日に
知らされることになるのか、
それともナカマイ先生は何も話さずに
子供達の前から姿を消すつもりなのか。
茜が俺の所へ来た。
「あっくん・・?」
心配そうな表情の茜に俺は
「心配するな」
と笑った。
翔太と洋もやって来た。
「どうしたの?」
「『楽園』に行こうぜ」
俺は二人に用事があると嘘を吐いた。
「三人で行ってこいよ」
翔太と洋は渋々納得したが、
茜は最後まで不安そうな視線を俺に向けていた。
そんな三人を俺は笑顔で教室から送り出した。
「サヨナラ」
ふと背後の声に振り向くと
そこには相馬が立っていた。
相馬はすぐに目をそらすと
一度もこちらを振り返らずに廊下へ消えていった。
教室には俺一人が残された。
いや、もう一人いた。
池田圭。
池田は俺の視線に気付くと、
急いで荷物を鞄に入れて立ち上がった。
「さ、さようなら・・」
「ああ、またな」
教室の入口で池田は足を止めると
こちらを振り返った。
「あ、朝の天気予報だと暖かいって言ってたけど、
す、すごく寒くなってきたね」
池田はそんなことを言った。
「こ、今夜は天気が崩れそうだね」
「そうだな」
俺は適当に相槌を打った。
「し、終業式の日は、
ね、念のために雪に気を付けた方がいいね」
そう言うと
池田は俺の返事を待たずに教室から出ていった。
今度こそ俺だけが教室に残された。
時計を見ると十六時を少し過ぎていた。
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