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六章 Return

十一月 <因果> 7

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翌日もナカマイ先生は学校を休んだ。
昨日と同じく校長がやってきて出席をとった。

俺は休み時間にそれとなく
六年二組の教室を窺った。
隣のクラスは葉山に続き
担任のボス猿を失ったわけだが、
子供達の様子に変わったところはなかった。
最も関係の深いはずのクラスメイトでさえ
この様子なのだ。
全く関係のない
他のクラスや学年の生徒にしてみれば
別世界の出来事だろう。
その証拠に昼休みには
多くの子供達がグランドを駆け回っていた。
俺はベランダからぼんやりと
その様子を眺めていた。

昼休みが終わって教室に戻ってきた翔太と洋が、
慌てた様子で俺のところへ駆けてきた。
「あっくん、ニュースだよ」
「聞いたらびっくりするぜ」
二人は興奮していた。
子供は何に対しても素直に驚く。
それは大人に比べて経験が少ないからだ。
今日は一体どんなネタを仕入れてきたのだろう。
俺は一先ず二人を落ち着かせた。


午後の最初の授業は国語だった。
挨拶の後、校長は徐に髪をかき上げた。
注意して見ると
たしかに校長の髪には違和感があった。
年齢の割に白髪の一つもなかったし、
常に同じ髪型というのも不自然だ。
これまで誰一人として
怪しく思わなかったことが不思議だった。

いつの間にか
校長の話は教科書の内容から脱線していた。
それは校長が教師になったばかりの頃の
話のようだった。
「むかぁし、
 受け持った生徒に問題児がいましてねぇ」
と校長は言った。
俺は校長の言葉にぼんやりと耳を傾けながらも、
頭の中ではつい先ほどの翔太と洋の話を
考えていた。


「ボス猿が葉山を殺して、
 それがバレるのが怖くて自殺したんだってさ」
二人は口を揃えてそう言った。
「だ、誰が言ったんだそんなこと?」
二人は顔を見合わせて首を捻った。
「誰って、
 僕は体育館の前で五年生の女の子達が
 話しているのを聞いたんだけど・・」
「俺は砂場にいた四年の男子三人から聞いたぜ」
どうやら今日の昼休みは「警泥」だったようだ。

一体誰がそんな噂を流したのだろう。
噂というものは必ずそれを発信した人間がいる。
俺が葉山の死は自殺ではないと流したように。
そして気になることは他にもある。
噂の広まり方と
そのスピードが
あまりにも不自然なのだ。

翔太や洋が知る前に
他の学年の生徒が知っていたことが不思議だった。
ボス猿や葉山との繋がりを考えれば、
噂の出所は六年二組、
最低でも六年生でなければならない。
それから兄弟や知り合いを通して
他の学年に広まっていく。
それが自然な流れだ。
さらにボス猿の死について
校長から全校生徒に話があったのが昨日。
にもかかわらず今日の昼休みの時点で
この有様である。
噂の広まるスピードがあまりにも早すぎる。

そして一番気になるのはその内容だった。

・ボス猿が葉山を殺して、
 それがバレるのが怖くて自殺した

自殺。
俺はその可能性を見落としていた。
もし噂が本当で、
ボス猿を殺した犯人など存在しないのであれば、
ボス猿の自殺をもって
葉山の件は完全に幕を閉じたことになる。

あのボス猿が自殺・・。

俺は窓の外に目を向けた。 
先ほどまでの晴天が、
いつの間にか雲に覆われていた。
今朝の天気予報では雨とは言われてなかったが、
自然現象を完全に予測するのは
二十年後でも不可能だから仕方がない。

校長が熱心に子供達に語り掛けていたが、
その内容は俺の頭にはほとんど入ってこなかった。
そんな中でも
「ドグラ・マグラ」
「虚無への供物」
という単語が不思議と耳に残ったが、
一体どんな話をしたら
そんな単語が出てくるのかは謎だった。

「この世にはただ一つ、
 生きているすべての人間に
 平等に与えられたモノがありまぁす。
 それは命でぇす。
 富める者も貧しき者も
 命は一つしかありませぇん。
 当然、
 一度失った命は取り戻すことはできましぇ~ん。
 だからこそ命は尊く貴重なのでぇす。
 しかし命の価値となると話は変わってきまぁす。
 時と場所、
 そして個人によってその価値は違うのでぇす。
 そしてもっとも大切なことはですねぇ、
 命を奪うことは簡単だということでぇす」
校長は授業の最後にそんな話をした。
きっと校長はボス猿と葉山の立て続けの死で
子供達に命の尊さを説きたかったのだろう。
だが俺はどうしても校長の話に
違和感を抱かざるを得なかった。
たしかに校長の話は正しい。
それでも。
子供達に誤解なく伝えるためにも
もう少し話の順序に気を遣うべきである。
しかし子供達の顔を見ると、
不思議なことに
校長の狙いはうまくいったように思えた。

窓の外は今にも雨が降り出しそうな曇り空だった。
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