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六章 Return

十一月 <因果> 4

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屋上には誰もいなかった。
やはりこの日を選んで正解だった。
仮に他の生徒がいたとしても、
そこは適当に言いくるめて追い出す予定だったが、
その手間が省けたのは有難かった。

風が少し冷たかった。
俺はフェンスへ近づいて校庭に目を向けた。
校庭にも子供達の姿はなかった。
目撃者もいない。

ここまではすべてが順調だった。
あとはシミュレーション通りに
ボス猿をフェンスの向こうへ誘導して・・。

何かがおかしかった。

俺はゆっくりと
六年二組の教室の真上にあたる場所まで歩いた。
そして目を凝らしてもう一度周囲を見回した。

俺が仕掛けたはずの罠がなかった。

嫌な予感がした。

放課後ここへ来た子供達の誰かが
封筒に気付いて
面白半分に回収したのかもしれない。
だが、フェンスを越えて
そんな危険な真似をするだろうか。
子供ならやりかねない。

封筒を餌に
ボス猿をフェンスの外に誘導するつもりだったが、
これではその作戦は使えない。
あと数分もすればボス猿がやって来るだろう。
今から新しいモノを用意する時間はない。

どうする。

考えている暇はなかった。
俺はフェンスを乗り越えた。
俺自身が餌になる。
ボス猿だってまさか俺が脅迫の主だとは思うまい。
仮に万が一、
俺が封筒の送り主だと考えたとしても
子供ということで油断するだろう。
俺に殺意があるとは想像すらできないはずだ。
そこに隙が生まれる。
俺は無防備になったボス猿の背中を
押すだけでいい。
何の問題もない。

俺は膝を付いて屋上の縁へ近づいた。
そして確認のため顔を出して下を覗き込んだ。

ほんの数時間前、
ここに封筒を置いた時の光景とは
明らかに違う景色が眼下に広がっていた。

花壇にうつ伏せで倒れている人間の姿が
目に飛び込んできた。
その人間の周囲の花弁達が
鮮やかなマゼンダ色に染まっていた。
そしてその人間こそ、
俺がこれから殺そうとしていたボス猿だった。
それはあの旧日本陸軍のような服装からも
間違いなかった。
俺はしばらくその光景から目を離せなかった。

そしてようやくこの状況が
俺にとって好ましくないことだと理解した。
俺はすぐにフェンスを乗り越えて扉へ走った。
階段を駆け下りて教室へ戻った。

席に座って大きく深呼吸をした。
先ほど見た光景が頭の中で再生された。
ボス猿は恐らく、屋上から転落したに違いない。
しかしそう考えると疑問が出てくる。
俺は何も書かれていない黒板をじっと見つめた。
考えようとしたが思考に集中できなかった。

どれくらいそうしていただろう。
俺はふと我に返った。
今はボス猿のことを考えている暇はない。
それよりも。
誰かに見つかる前に
急いで学校から出なければならない。

俺は極力音を立てないように
静かに廊下を走って靴箱へ向かった。

靴箱まで来たところで、
玄関に佇んでいる少女を見つけて俺は足を止めた。
少女がこちらを振り向いた。

茜だった。
茜は俺に気付くと小さく手を振った。

「ど、どうしたんだ?
 『楽園』に行ったんじゃないのか?」
俺は動揺を悟られないよう
努めて冷静に話しかけた。

「行こうと思ったんだけど、
 やっぱり待ってることにしたの」
そう言って茜は無邪気に笑った。
俺は無理に笑顔を作ってから
急いで靴に履き替えた。
「俺達も早く行こう」
そう言って俺は茜の手を引いて
校舎から飛び出した。

夕日に染まった空の色が、
ボス猿の血によって染まった花壇の花を
連想させた。
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