68 / 148
四章 Reappearance
七月 <会談> 6
しおりを挟む
ある日の放課後、
探偵団の皆と揃って校舎を出たところで、
俺の目は校門とは違う方向へ歩いていく
一人の少女の姿を捉えた。
俺は前を歩く三人に後から行くと伝えて
少女の後を追った。
少女は体育館の前の階段に腰を下ろしていた。
何か思い詰めているような、
それでいて寂しげな表情だった。
「葉山!」
少女は俺の声にビクッと体を震わせた。
それから恐る恐るこちらへ目を向けた。
声の主が俺だとわかると少女は目を丸くした。
当然、
彼女は隣のクラスの
それも今年になって転校してきた
俺のことなど知るわけもない。
そんな男がどうして自分に声をかけたのか。
彼女の表情には微かな戸惑いが見えた。
「あなた暁子ちゃんと付き合ってた
転校生でしょ?」
その言葉に今度は俺の方が戸惑う番だった。
「・・あ、ああ。奥川から聞いたのか?」
自己紹介の手間が省けたのは好都合だった。
それに俺と奥川の関係を知っているのであれば
話も進めやすい。
「ええ。
少し前だけど久しぶりに
暁子ちゃんと話したから」
「俺と奥川は残念な結果になったけど、
君はどうなんだ?
彼氏がいるんだろ?」
俺は鎌をかけた。
「暁子ちゃんに聞いたんだ?」
一瞬だが彼女が笑ったように見えた。
「その相手と上手くいってないんじゃないのか?」
俺の問いに少女は困ったような表情を浮かべた。
「・・どうしてそう思うの?」
しばらくして葉山は口を開いた。
「君くらいの年齢の子の悩みと言えば
やっぱり恋だろ?」
俺がそう言うと彼女は「ぷっ」と噴き出した。
「変な人ね」
そして彼女は腕を組んだ。
その仕草は奥川に似ていた。
「それを言うなら
『女の子の悩みと言えば』でしょ?」
どちらでも大した違いはないような気がしたので
俺は首を捻った。
そんな俺を見て彼女は
「あはは」と声を出して笑った。
「同級生に対して
『君くらいの年齢』
なんて言わないでしょ?普通」
なるほど。
たしかに俺の失言だった。
そして葉山のその的確な指摘が可笑しくて
俺も頬が緩んだ。
「・・妊娠してるの、私」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは
きっと今の俺の顔のことを指すのだろう。
それほどまでに
目の前の少女の口から発せられた言葉は
非現実的だった。
俺は言葉を失った。
「ぷっ。あははは」
少し遅れて葉山が噴き出した。
俺はそんな彼女をただ呆然と見つめていた。
「ごめんなさい。冗談よ。少し揶揄ってみたの」
そう言われても何が冗談で、
そしてなぜ俺を揶揄う必要があるのかが
理解できなかった。
「変な顔しないで。
あなただって暁子ちゃんと
そういう経験はしたんでしょ?」
「い、いや俺達は・・」
葉山の直球すぎる質問に俺は困惑した。
この時代の小学生はもっと幼いと思っていたが、
どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。
子供の成長は大人が考えているよりも早い。
それはいつの時代も変わらない。
「ねえ。暁子ちゃんとどうして別れたの?
彼女はまだあなたのことが好きなのよ。
私のことよりも彼女のことを気にしてあげて」
葉山の悩みを聞き出すつもりが
いつの間にか俺と奥川の恋愛相談になっていた。
「・・俺たちはもう終わったから」
俺は多少強引に話の流れを断ち切った。
「・・そう」
小さく頷いた彼女はどこか悲しそうに見えた。
「暁子ちゃんに何を聞いたのか知らないけど
私は何でもないから」
そして葉山は笑った。
俺にはその笑顔が無理をしているように見えた。
何でもないのに自殺する人間はいない。
それでも今はこれ以上聞き出すのは無理だと
俺は判断した。
押してダメなら。
「葉山。
俺で良かったら何でも話してくれよ、
相談に乗るからさ。
友達や親のように近すぎる人間よりも、
ある程度距離のある人間の方が
話し易いことってあるだろ?
それが俺かどうかは別にしてもさ。
とにかく、一人で悩むよりは良いと思うんだ。
子供が一人で出した結論って
大抵悪い方に転ぶからさ」
「あなただって子供じゃない」
そう言って彼女は小さく笑った。
「あ、う、うん。
でも・・とにかく俺も奥川も君の味方だから」
「・・変な人。でもありがとう」
そして葉山はふたたび笑った。
別れ際、俺は葉山に家の電話番号を教えた。
話したいことがあればいつでもかけてくれ
と言葉を添えて。
葉山は笑っていたが、
それでももう一度
「ありがとう」と言って帰っていった。
彼女の後姿は、
どこにでもいる普通の小学生の女の子だった。
とても何かに悩んでいるようには見えなかった。
俺に対して
二度も「変な人」と言って笑った彼女の笑顔を、
俺は夏休みが終わってからも
見ることができるだろうか。
葉山の抱えている問題を
聞き出すことはできなかったが、
それは奥川の言うように
恋に関する悩みのような気がした。
そして葉山の恋は
すでに終わっているのかもしれない。
彼女が俺と奥川の話を持ち出したのは、
それが今の自分に重なったからではないか。
つまり奥川がまだ俺のことを好きだ
と葉山が断言したのは、
葉山自身がまだ彼に未練があるからではないか。
そして失恋が彼女の自殺の原因であるなら、
それを解決するのは困難だと言わざるを得ない。
失恋の特効薬があるとすればそれは時間しかない。
俺は若干重い足取りで三人の待つ
「Paradise Garden 中之島」へ向かった。
煙草を燻らせながら、
俺は以前に洋が目撃したという葉山の涙と
その場にいたボス猿の話題を出した。
そして葉山の彼氏の存在を仄めかしたうえで、
葉山の涙の原因は
ボス猿から交際を反対されたことによる
可能性が高いと説明した。
俺は葉山の彼氏もしくは
元彼氏が誰なのか調べることを提案した。
三人はあまり乗り気ではなかったが、
俺の説得に根負けして
最終的には調査することに同意した。
探偵団の皆と揃って校舎を出たところで、
俺の目は校門とは違う方向へ歩いていく
一人の少女の姿を捉えた。
俺は前を歩く三人に後から行くと伝えて
少女の後を追った。
少女は体育館の前の階段に腰を下ろしていた。
何か思い詰めているような、
それでいて寂しげな表情だった。
「葉山!」
少女は俺の声にビクッと体を震わせた。
それから恐る恐るこちらへ目を向けた。
声の主が俺だとわかると少女は目を丸くした。
当然、
彼女は隣のクラスの
それも今年になって転校してきた
俺のことなど知るわけもない。
そんな男がどうして自分に声をかけたのか。
彼女の表情には微かな戸惑いが見えた。
「あなた暁子ちゃんと付き合ってた
転校生でしょ?」
その言葉に今度は俺の方が戸惑う番だった。
「・・あ、ああ。奥川から聞いたのか?」
自己紹介の手間が省けたのは好都合だった。
それに俺と奥川の関係を知っているのであれば
話も進めやすい。
「ええ。
少し前だけど久しぶりに
暁子ちゃんと話したから」
「俺と奥川は残念な結果になったけど、
君はどうなんだ?
彼氏がいるんだろ?」
俺は鎌をかけた。
「暁子ちゃんに聞いたんだ?」
一瞬だが彼女が笑ったように見えた。
「その相手と上手くいってないんじゃないのか?」
俺の問いに少女は困ったような表情を浮かべた。
「・・どうしてそう思うの?」
しばらくして葉山は口を開いた。
「君くらいの年齢の子の悩みと言えば
やっぱり恋だろ?」
俺がそう言うと彼女は「ぷっ」と噴き出した。
「変な人ね」
そして彼女は腕を組んだ。
その仕草は奥川に似ていた。
「それを言うなら
『女の子の悩みと言えば』でしょ?」
どちらでも大した違いはないような気がしたので
俺は首を捻った。
そんな俺を見て彼女は
「あはは」と声を出して笑った。
「同級生に対して
『君くらいの年齢』
なんて言わないでしょ?普通」
なるほど。
たしかに俺の失言だった。
そして葉山のその的確な指摘が可笑しくて
俺も頬が緩んだ。
「・・妊娠してるの、私」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは
きっと今の俺の顔のことを指すのだろう。
それほどまでに
目の前の少女の口から発せられた言葉は
非現実的だった。
俺は言葉を失った。
「ぷっ。あははは」
少し遅れて葉山が噴き出した。
俺はそんな彼女をただ呆然と見つめていた。
「ごめんなさい。冗談よ。少し揶揄ってみたの」
そう言われても何が冗談で、
そしてなぜ俺を揶揄う必要があるのかが
理解できなかった。
「変な顔しないで。
あなただって暁子ちゃんと
そういう経験はしたんでしょ?」
「い、いや俺達は・・」
葉山の直球すぎる質問に俺は困惑した。
この時代の小学生はもっと幼いと思っていたが、
どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。
子供の成長は大人が考えているよりも早い。
それはいつの時代も変わらない。
「ねえ。暁子ちゃんとどうして別れたの?
彼女はまだあなたのことが好きなのよ。
私のことよりも彼女のことを気にしてあげて」
葉山の悩みを聞き出すつもりが
いつの間にか俺と奥川の恋愛相談になっていた。
「・・俺たちはもう終わったから」
俺は多少強引に話の流れを断ち切った。
「・・そう」
小さく頷いた彼女はどこか悲しそうに見えた。
「暁子ちゃんに何を聞いたのか知らないけど
私は何でもないから」
そして葉山は笑った。
俺にはその笑顔が無理をしているように見えた。
何でもないのに自殺する人間はいない。
それでも今はこれ以上聞き出すのは無理だと
俺は判断した。
押してダメなら。
「葉山。
俺で良かったら何でも話してくれよ、
相談に乗るからさ。
友達や親のように近すぎる人間よりも、
ある程度距離のある人間の方が
話し易いことってあるだろ?
それが俺かどうかは別にしてもさ。
とにかく、一人で悩むよりは良いと思うんだ。
子供が一人で出した結論って
大抵悪い方に転ぶからさ」
「あなただって子供じゃない」
そう言って彼女は小さく笑った。
「あ、う、うん。
でも・・とにかく俺も奥川も君の味方だから」
「・・変な人。でもありがとう」
そして葉山はふたたび笑った。
別れ際、俺は葉山に家の電話番号を教えた。
話したいことがあればいつでもかけてくれ
と言葉を添えて。
葉山は笑っていたが、
それでももう一度
「ありがとう」と言って帰っていった。
彼女の後姿は、
どこにでもいる普通の小学生の女の子だった。
とても何かに悩んでいるようには見えなかった。
俺に対して
二度も「変な人」と言って笑った彼女の笑顔を、
俺は夏休みが終わってからも
見ることができるだろうか。
葉山の抱えている問題を
聞き出すことはできなかったが、
それは奥川の言うように
恋に関する悩みのような気がした。
そして葉山の恋は
すでに終わっているのかもしれない。
彼女が俺と奥川の話を持ち出したのは、
それが今の自分に重なったからではないか。
つまり奥川がまだ俺のことを好きだ
と葉山が断言したのは、
葉山自身がまだ彼に未練があるからではないか。
そして失恋が彼女の自殺の原因であるなら、
それを解決するのは困難だと言わざるを得ない。
失恋の特効薬があるとすればそれは時間しかない。
俺は若干重い足取りで三人の待つ
「Paradise Garden 中之島」へ向かった。
煙草を燻らせながら、
俺は以前に洋が目撃したという葉山の涙と
その場にいたボス猿の話題を出した。
そして葉山の彼氏の存在を仄めかしたうえで、
葉山の涙の原因は
ボス猿から交際を反対されたことによる
可能性が高いと説明した。
俺は葉山の彼氏もしくは
元彼氏が誰なのか調べることを提案した。
三人はあまり乗り気ではなかったが、
俺の説得に根負けして
最終的には調査することに同意した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さな別れは、淡く儚い恋を呼ぶ
桐生桜月姫
青春
久遠心菜は惰性的に学校生活を送っていた。
けれど、中学3年生の秋、初恋を自覚して学校生活に晴天が訪れる。
初恋の男の子は不器用だけれど優しい子で、面倒くさがりでコミュニケーションが苦手な心菜には憧れの存在だった。3年生の終わりが近づき、好きな男の子と高校が絶対に分かれてしまう心菜は、初恋の男の子、立花颯に卒業式で告白することを決意する。
けれど、颯は卒業式を目前に唐突に引っ越してしまうことに。
迷いに迷いながらも、幼馴染の高梨優奈に背中を押された心菜の告白は颯に届くのか………!?
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
光のもとで1
葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。
小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。
自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。
そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。
初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする――
(全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます)
10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。
【完結】愛してないなら触れないで
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「嫌よ、触れないで!!」
大金で買われた花嫁ローザリンデは、初夜の花婿レオナルドを拒んだ。
彼女には前世の記憶があり、その人生で夫レオナルドにより殺されている。生まれた我が子を抱くことも許されず、離れで一人寂しく死んだ。その過去を覚えたまま、私は結婚式の最中に戻っていた。
愛していないなら、私に触れないで。あなたは私を殺したのよ。この世に神様なんていなかったのだわ。こんな過酷な過去に私を戻したんだもの。嘆く私は知らなかった。記憶を持って戻ったのは、私だけではなかったのだと――。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※2022/05/13 第10回ネット小説大賞、一次選考通過
※2022/01/20 小説家になろう、恋愛日間22位
※2022/01/21 カクヨム、恋愛週間18位
※2022/01/20 アルファポリス、HOT10位
※2022/01/16 エブリスタ、恋愛トレンド43位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる