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三章 Renewal

六月 <課題> 8

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気付いたら葉山の姿が屋上から消えていた。
そしてその時、
俺は葉山実果の自殺に関して
一つ重要なことを思い出した。

葉山実果は
六年二組の教室のベランダから身を投げたのだ。
俺は彼女が夏休みの学校を
死に場所に選んだことに
何か重要な意味がある気がした。

「・・どうしたの?あっくん」
茜の声で我に返ると
三人が探るような目を俺に向けていた。
「そ、それよりさ、
 誰か相馬の家庭の事情を知らないか?」
俺は咄嗟に話題を変えた。

「え?」
「何で相馬なんだ?」
「私は相馬さんとはあまり親しくないから。
 でもそれは他の子も同じはずよ」
三人は顔を見合わせてから、
すぐにもう一度怪しむような目で俺を見た。
「いや、相馬って変わってるだろ?
 だからどんな家庭で育ったのかなって
 気になったんだ」
俺はそう言って惚けた。

「まあ、たしかに変わってるよな」
洋の意見に翔太も「うんうん」と頷いた。
「そういえば、
 相馬さんのお母さんって
 家を出ていったのよね?」
「ああ、それなら僕も聞いたことがあるよ」
「それなら知ってるぜ。
 ママが電話で話してたのを聞いたことがあるぜ」

洋が言うには、
相馬の両親は相馬が生まれてすぐに
離婚したらしい。
沙織と姉の紅香は母親の南陽に引き取られた。
南陽は娘二人を養うために必死で働いた。
忙しい中でも二人の娘と過ごす時間を大切にし、
貧しかったが笑顔の絶えない家庭だったらしい。
そんな生活が一変するのが今から六年前。
しばらく前から母の南陽は
昼の仕事を辞めて夜の仕事を始めていた。
その方が稼ぎが良いからだ。
しかし朱に交われば赤くなるという諺の通り、
徐々に南陽の生活が乱れてくる。
ある日、
南陽が一人の男を家に連れてきたことから
四人での生活が始まった。
沙織と紅香は戸惑いつつも
この生活を受け入れるしかなかった。
男は仕事をしてなかった。
夜は遅くまで酒を飲み、朝は遅くまで寝ていた。
そんな男だが沙織と紅香には優しかった。
沙織と紅香が学校から帰ってくると、
南陽の代わりにいつも男が夕食の支度をしていた。
そして男の作った料理を四人で食べてから、
母の南陽は仕事に出かけるというのが
日々のルーティンだった。
しかし、そんな生活も去年になって崩壊する。
突然、
母の南陽が紅香を連れて家を出ていったのだ。
きっと新しい男ができたに違いない
と噂好きの主婦達は話していた。
沙織は男のもとへ残された。
そして現在に至る。

つまりあの夜俺が見た男は
相馬とは血が繋がってない
赤の他人ということになる。
「そういえば、
 相馬さんって家でいじめられてるって
 噂があったよね?」
「それな。うちのママもそんなこと言ってたな」
「それって『虐待』っていうのよ」

三人の話に耳を傾けていると
自然と、
雨の日に一人教室で涙を流していた彼女の姿が
頭に浮かんで、
俺は堪らず空を見上げた。

もう少し。
もう少しだけ様子を見よう。
相馬が学校から姿を消すのは卒業式の前。
まだ時間はある。
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