ストーカー

Mr.M

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エピローグ 神在月

十月二十二日(土曜日)13

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男は店内を見回してから、
黒いドレスの女を見つけると
小走りで彼女の席へ向かった。
そしてさっきまで女が座っていた席に
腰を下ろした。
「今、彼女とすれ違いましたけど
 話は終わったんですか?
 彼女、何か顔色が優れないようでしたけど?」
黒いドレスの女は頬杖をついて
窓から外を眺めたまま興味がなさそうに、
「ふーん」
と呟いた。
黒いドレスの女の態度に男は嫌な予感がした。

「まさか彼女に何かしたんじゃないでしょうね?」
黒いドレスの女はそれには答えずに、
ぼんやりと物思いに耽っていた。
「確たる証拠もなく
 彼女を犯人と決めつけて罰することは
 この国の法律では認められていません。
 それは正義ではありません」
男は周りを意識して
少し声のボリュームを落とした。
そこでようやく黒いドレスの女は
男へと向き直った。
「ふん。
 法律なんて極一部の権力者が
 大勢の国民を縛るために作り出したモノ。
 自分達の勝手な都合で作り出し変えていく。
 時と場所によっては
 その罪が称賛に価することもあるのよ?
 正義も同じ。
 権力者に都合のいいモノがメディアを通して
 正義と呼ばれているだけのこと」
「それでもここは法治国家です。
 人が人を裁くことはできません」
男は毅然とした態度で答えた。
「人が人を裁かなくて一体誰が裁くっていうの?」
黒いドレスの女の問いに男は言葉を詰まらせたが、
ここで引き下がるわけにはいかないと身構えた。
黒いドレスの女は
真っ直ぐに男の目を見つめていた。
男の顔に緊張が走り、
何か言おうと口を開きかけたが、
先に口を開いたのは黒いドレスの女だった。

「心配しなくても変なことはしてないわ。
 軽く世間話をしただけよ。
 事実に多少の刺激的なスパイスを振りかけてね」
そう言って
黒いドレスの女は男に向かってウインクをした。
「知りませんよ、どうなっても」
男は大きな溜息を吐いた。
「さあね。
 でも彼女の業は深い。
 それは簡単に償えるようなモノじゃない。
 一生かかっても背負い続けなければならない
 その十字架の重さに、
 普通の人なら押しつぶされて当然だけど、
 彼女の場合は違う。
 全く罪の意識がないんだから。
 そんなのって不公平じゃない?
 だから私は十字架の代わりに
 足枷をプレゼントしたの。
 大烏亜門が彼女にはめた
 すぐに外れるような足枷とは違って、
 自分からは一生外すことのできない足枷をね」
黒いドレスの女はふたたび窓の外に目を向けた。
その横顔を
男は苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。

その時、
ふたたび黒いドレスの女が男の方へ向き直った。

女の笑顔に男は固まった。
滅多に見せないが極稀に、
女が心からの笑顔を見せる時がある。
この笑顔に引き込まれない人間はいないだろう。
黒いドレスの女が、
この笑顔を自分以外の人間には
見せることがないことを男は知っていた。
この笑顔のためなら、
いつまでもこの女の傍にいたいと男は思った。

「それより武、お腹が空いたわ。
 ここのホットプレスサンドを
 食べてから帰りましょう。
 あなたにはこれをあげるわ。
 少し冷えてるけど大丈夫よ。
 私は手を付けていないから
 安心して食べなさい」
「え、いいんですか?
 ではありがたく頂きます。
 じゃあ食事をしながら、
 巷を騒がせている連続猟奇殺人事件について
 話をしましょうか」
黒いドレスの女が
プレートを男の方へ押したところで、
マスターが水とおしぼり、
そしてメニューを持ってやってきた。
黒いドレスの女はにこりと微笑んで、
「マスター、
 ホットプレスサンドセットをお一つ。
 あと、彼にはゲイシャを一つ」

 完
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