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四章 神無月
十月四日(火曜日)4
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一人残された僕は、
今話したことをもう一度頭の中で整理した。
・生贄は安倍瑠璃
・決行日は次回の彼女の予約日
・場所は稲置市の東
場所については自分の中でほぼ答えが出ていた。
そのとき気配を感じて僕は顔を上げた。
コーヒーを手にしたもしほが
僕の向かいに座っていた。
「も、もしほちゃん・・」
「もう。
八木さんったら全然気が付かないんだもん」
そう言ってもしほは頬を膨らませた。
もしほは「お腹が空いた」と独りごちた。
どうやらバイト時間は終わったようだ。
「もしほちゃん、何か食べるかい?
僕がご馳走するよ」
もしほはその言葉を待ってましたとばかりに、
カウンターに向かって叫んだ。
「マスター、私も親子丼。
八木さんの驕りだって」
マスターはやれやれといった表情を浮かべて、
僕の方へ申し訳なさそうに頭を下げた。
僕はもしほにコーヒーのお代わりを頼んだ。
もしほの食事に付き合って、
他愛もない世間話に華を咲かせていたら、
時計は二十一時を回っていた。
僕ともしほはどちらからともなく腰を上げた。
僕が会計を済ませている間に、
もしほは僕達のいたテーブルを片付けていた。
マスターに挨拶をしてから
僕が店の扉に手を掛けると自然と扉が開いた。
目の前にあの男が立っていた。
独身貴族。
いや正確な名前は名詮か。
一瞬、目が合った。
僕は彼が通れるように一歩だけ後ろに下がった。
名詮は軽く頭を下げてから僕の前を通った。
入れ替わるように、
もしほが先に外へ出た。
その時、僕は何か引っかかるモノを感じた。
もしほがこちらを振り返り
不思議そうな顔をしていた。
僕は慌てて外に出た。
店の前で僕は一度大きく背伸びをした。
裏に自転車をとめていたもしほが
自転車を押して表に出てきた。
そういえば彼女がどこに住んでいるのか
僕は知らなかった。
一人暮らしなのか家族と住んでいるのか。
彼氏はいるのか。
僕は彼女について何も知らなかった。
僕達はそのまま大通りの方へ並んで歩き出した。
僕達は無言だった。
僕は先ほど店を出る時に感じた違和感が
何だったのかを考えていた。
その違和感が名詮に起因するモノなのか、
それとも別の何かなのか
判明しないまま気付けば大通りに出ていた。
歩行者信号は赤だった。
隣を見るともしほは夜空を見上げていた。
その横顔を見た時、
初めて僕はもしほに女を意識した。
胸が熱くなった。
もしほに気付かれないように
僕はそっと生唾を飲み込んだ。
手を伸ばせばもしほに触れることができる。
その細いうなじに後ろから腕を絡ませたら、
もしほはどんな反応をするだろう。
驚くだろうか。
抵抗するのか。
叫ぶだろうか。
しかしその一瞬後には意識を失っているだろう。
次に目を覚ました時、
もしほは自分の置かれた状況をどう思うだろう。
僕に襲われたと理解するのに
どれくらいの時間がかかるだろう。
「な、何?どうしたの?八木さん」
その声で僕は現実に引き戻された。
もしほが僕を見つめていた。
「あ、い、いや、な、何でもない。
そ、それより、
もしほちゃんの家ってどの辺り?
夜道は危ないし送っていくよ」
僕のような男がいるかもしれないからね、
とは口が裂けても言えなかった。
その時、もしほが突然笑い出した。
僕は首を傾げた。
「ごめんなさい、八木さん」
もしほは口に手を当てて必死に笑いを堪えていた。
「だって、
私いつもこの時間に一人で帰ってるのよ?
それに大通りを通るから、
危ないことなんてないわよ」
たしかにもしほの言う通りだったが、
彼女はわかっていない。
危険は常に気付かぬうちに迫っているのだ。
『もし僕がほんの少しの気まぐれで
行動を起こしたら、
君は死ぬかもしれないんだよ。
僕に全裸にされて体を弄ばれた挙句、
正体不明の殺人鬼の手によって
命を奪われるんだ。
それでも危険はないと言えるのかい?』
そう教えてあげたかった。
代わりに僕は
「そ、そうだね。ははは」
と笑って話を合わせた。
今話したことをもう一度頭の中で整理した。
・生贄は安倍瑠璃
・決行日は次回の彼女の予約日
・場所は稲置市の東
場所については自分の中でほぼ答えが出ていた。
そのとき気配を感じて僕は顔を上げた。
コーヒーを手にしたもしほが
僕の向かいに座っていた。
「も、もしほちゃん・・」
「もう。
八木さんったら全然気が付かないんだもん」
そう言ってもしほは頬を膨らませた。
もしほは「お腹が空いた」と独りごちた。
どうやらバイト時間は終わったようだ。
「もしほちゃん、何か食べるかい?
僕がご馳走するよ」
もしほはその言葉を待ってましたとばかりに、
カウンターに向かって叫んだ。
「マスター、私も親子丼。
八木さんの驕りだって」
マスターはやれやれといった表情を浮かべて、
僕の方へ申し訳なさそうに頭を下げた。
僕はもしほにコーヒーのお代わりを頼んだ。
もしほの食事に付き合って、
他愛もない世間話に華を咲かせていたら、
時計は二十一時を回っていた。
僕ともしほはどちらからともなく腰を上げた。
僕が会計を済ませている間に、
もしほは僕達のいたテーブルを片付けていた。
マスターに挨拶をしてから
僕が店の扉に手を掛けると自然と扉が開いた。
目の前にあの男が立っていた。
独身貴族。
いや正確な名前は名詮か。
一瞬、目が合った。
僕は彼が通れるように一歩だけ後ろに下がった。
名詮は軽く頭を下げてから僕の前を通った。
入れ替わるように、
もしほが先に外へ出た。
その時、僕は何か引っかかるモノを感じた。
もしほがこちらを振り返り
不思議そうな顔をしていた。
僕は慌てて外に出た。
店の前で僕は一度大きく背伸びをした。
裏に自転車をとめていたもしほが
自転車を押して表に出てきた。
そういえば彼女がどこに住んでいるのか
僕は知らなかった。
一人暮らしなのか家族と住んでいるのか。
彼氏はいるのか。
僕は彼女について何も知らなかった。
僕達はそのまま大通りの方へ並んで歩き出した。
僕達は無言だった。
僕は先ほど店を出る時に感じた違和感が
何だったのかを考えていた。
その違和感が名詮に起因するモノなのか、
それとも別の何かなのか
判明しないまま気付けば大通りに出ていた。
歩行者信号は赤だった。
隣を見るともしほは夜空を見上げていた。
その横顔を見た時、
初めて僕はもしほに女を意識した。
胸が熱くなった。
もしほに気付かれないように
僕はそっと生唾を飲み込んだ。
手を伸ばせばもしほに触れることができる。
その細いうなじに後ろから腕を絡ませたら、
もしほはどんな反応をするだろう。
驚くだろうか。
抵抗するのか。
叫ぶだろうか。
しかしその一瞬後には意識を失っているだろう。
次に目を覚ました時、
もしほは自分の置かれた状況をどう思うだろう。
僕に襲われたと理解するのに
どれくらいの時間がかかるだろう。
「な、何?どうしたの?八木さん」
その声で僕は現実に引き戻された。
もしほが僕を見つめていた。
「あ、い、いや、な、何でもない。
そ、それより、
もしほちゃんの家ってどの辺り?
夜道は危ないし送っていくよ」
僕のような男がいるかもしれないからね、
とは口が裂けても言えなかった。
その時、もしほが突然笑い出した。
僕は首を傾げた。
「ごめんなさい、八木さん」
もしほは口に手を当てて必死に笑いを堪えていた。
「だって、
私いつもこの時間に一人で帰ってるのよ?
それに大通りを通るから、
危ないことなんてないわよ」
たしかにもしほの言う通りだったが、
彼女はわかっていない。
危険は常に気付かぬうちに迫っているのだ。
『もし僕がほんの少しの気まぐれで
行動を起こしたら、
君は死ぬかもしれないんだよ。
僕に全裸にされて体を弄ばれた挙句、
正体不明の殺人鬼の手によって
命を奪われるんだ。
それでも危険はないと言えるのかい?』
そう教えてあげたかった。
代わりに僕は
「そ、そうだね。ははは」
と笑って話を合わせた。
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