ストーカー

Mr.M

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二章 葉月

八月十六日(火曜日)3

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二十一時五十五分。
闇が世界を支配していた。

僕は自転車で「クリーンマート」まで来た。
ここは十字路の角にあるため、
張り込むにはうってつけの立地だった。
空を見上げると今夜もまた満月だった。
もしかしたら。
これまでの犯行日は
すべて満月の日だったのではないか。
やはり満月には
人を狂わせる何かがあるのかもしれない。

これまで僕は生活圏内での犯行は避けてきた。
が、灯台下暗しという言葉がある意味、
的を射ているのかもしれない。
もし、僕のこれまでの犯行のいくつかが、
警察の知ることとなっているとすれば、
その犯行のすべてが
稲置市を除く周辺の市で起きている
という不自然さが、
逆に注目を集めることになるのではないか。
このことに思い至ったのは
つい先ほどのことだった。
つまりここでメシモリを襲えば、
これまでの犯行から
不自然さが取り除かれることにもなる。


そんなことを考えていると
制服姿のメシモリが店から出てくるのが見えた。
「私立傾城学園」
の制服は白と青が基調のブレザーだが、
夏服の今は
首元に青いリボンの付いた白のシャツに
鮮やかな青一色のスカートというデザインで
そのシンプルさが高校生の瑞々しさを
引き立てていた。

メシモリは自転車の籠に鞄を入れると、
サドルに腰掛けてからイヤフォンを耳につけた。
都合が良かった。
これならかなり接近しても
こちらの音に気付かれる心配がない。
僕は帽子を目深にかぶった。

暗闇に紛れると尾行は容易だった。
しかも今回は生活圏内ということもあり、
ある程度の地理的な情報は頭に入っていた。

メシモリは稲置駅の方へ自転車を漕いでいた。
後を尾けながら僅かな不安が頭を掠めた。
メシモリが駅周辺に住んでいるとしたら
襲えるような場所は少ない。
さすがにこの時間でも人はいるし、
周囲の建物から見られている可能性もある。

駅の北側の入り口にはまだ人が多かった。
それに人待ちのタクシーも数台とまっていた。
僕の不安はより大きくなっていった。
稲置駅の南側は近年開発が進んで、
マンションがあちらこちらに建設されていた。
もしもメシモリが
駅の南側に住んでいるとしたら絶望的である。
その時、
メシモリが駅前で東へと進路を変えたのが見えた。

彼女の自転車は駅から離れていく。
僕の願いが通じたのか、
メシモリはそのまま真っ直ぐ走り続けて
稲置川に架かる橋を渡った。
この辺りからは街灯も人も
目に見えて少なくなった。
相変わらず
メシモリは軽快に自転車を走らせていた。
この先は稲置市の中でも
特に坂のきつい地域に入る。
高台に位置するから
明野という地名が付けられたのだろうか。

メシモリは明野の坂の手前まで来ると、
自転車から降りてゆっくりと押し始めた。
後ろを振り返る気配はなかった。
僕も自転車を降りて一度周囲を確認した。
僕達二人以外には誰もいなかった。
車道を走っている車はチラホラ目に入るが、
走っている車内からでは、
街灯の疎らな歩道の様子を確認することは
困難なはずだ。
おまけに歩道に並ぶ街路樹が
運転手の視界を遮っている。

・・ここしかない。

この先に今は廃墟となっている建物がある。
昔は市営住宅として使われていた建物だ。
敷地が外壁によって囲まれていることも
都合が良かった。

僕は自転車に跨って全力でペダルを踏んだ。

あっという間に前を歩くメシモリに追いついて、
そして追い抜いた。
僕はそのまま自転車を漕ぎ続けた。
息が上がって太ももが痙攣し始めた。

視線の先には暗闇に聳える廃墟が
月光を浴びてその不気味な姿を堂々と晒していた。

あと少し。
そこでついに僕の足が限界を迎えた。

僕は自転車から降りて坂の下を振り返った。
小さな灯りが一つ見えた。
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