ボクは名探偵?

Mr.M

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十章 キミとボク

第61話 生贄

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「アナタはスケープゴート。
 ただ大人しく耐えるだけの存在。
 それなのに。
 こんな陳腐な小説まで書いて。
 おまけに。
 名探偵、風来山人ですって?
 笑わせないで」
霧の中の声が笑った。

ボクは激しく頭を振った。
それから彼女の言葉を反芻した。
『こんな陳腐な小説まで書いて?』
何を言ってる・・?
これは・・
『詠夢が書いた小説だ!』
ボクは心の中で叫んだ。
その時、
背後の崖から突風が吹いて
ボクはぐらりとふらついた。

「はぁ・・」
霧の中から深い溜息が聞こえた。
「まだわからないの?
 ・・これは。
 アナタが書いたのよ?」

「リーリー。リーンリーン」
美しくも悲しげな虫の音が聞こえた。

「その証拠に。
 最初に姫様の前に呼ばれたあの時。
 アナタは遺言状の内容を暗唱できた」
「そ、それはボクが事前に読んでいたからだ!」
「一度読んだだけの文章を
 一言一句間違えることなく?
 随分、すごい記憶力なのね」
ボクの反論にも彼女はまったく動じなかった。
「読んだんじゃなくて書いたのよ。
 ア・ナ・タ・が」

「リーリー。リーンリーン」
ふたたび虫が鳴いた。

彼女はボクを煙に巻こうとしている。
この霧の立ち込める夜の闇の中で。

「ち、違う・・。
 そ、そんなはずはない・・」
ボクは心の底から怯えていた。
それはこの濃い霧のせいかもしれなかった。
相手の姿が見えないことが
これほど不安を煽るとは思ってもいなかった。

「記憶力に自信のある割には
 ワタシの正体には気付かなかったのね」
彼女の声がボクを責めた。
「そ、それは・・」
ボクが五代の正体に気付かなかったのは
化粧と前髪、それに見慣れない和服のせいで
記憶力とは関係ない。
ボクは心の中でふたたび叫んだ。

「リーリー。リーンリーン」
美しくも悲しげな虫の音と共に風が流れた。
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